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08. セルジュ・グラヴィエ1


 俺の名前はセルジュ――家はグラヴィエ侯爵家だ。一応、ね。


 だから公の場では、俺は「セルジュ・グラヴィエ」と名乗る。ちなみにグラヴィエ家といえば、この国の貴族の中でも名門中の名門だ。


 だけどこんな家は……俺の家なんかじゃない。ただ寝泊まりしている場所に過ぎない。


 養子だということもあるけれど、今の「両親」に対して俺は何の感情も抱いていない。今日もただ、「あいつ」のオモチャになっている二人を見て、親だと思うほうが難しいってもんだ。ちなみに本当の両親は、どちらもとっくにこの世にいない。俺の本当の家族は、たった一人だけ――。


 カトリーヌ?


 冗談はよしてくれ。血の繋がりでは一応、親戚だけどね。だけど、あいつには嫌悪感しかない。


 ――俺の姉さんは、ローラ姉さんだけだ。


 俺は、王弟と今の「母」……の妹との間に生まれた不貞の子だ。父は俺を認知しなかった。なので、幼い頃は親戚の子ということにされ育てられた。


 このことを知っているのは、片手で数えるほどしかいない。叔父にあたる現国王ですら、ローラ姉さんのことは知っていても、俺の存在は知らないだろう。


 ローラ姉さん――。


 ただ一人の俺の家族。


 みじめな俺の人生で、唯一俺に手を差し伸べてくれた人。ローラ姉さんと生きていくこと。それだけが、子供の頃から人生の拠り所だった。


 そんなある日、父が死んだ。それから間もなく、ろくに顔を見たことのなかった母もまた死んだ――。


 それは別にどうでもよかった。しかし、ローラ姉さんと離れ離れになったことには、気が狂いそうになった。


 俺は当時の家中の者に密かに匿われ、ひっそりと市井に紛れて暮らすようになった。生活は貧しく、つらかった。生き延びるためには、言うことが憚られることだって、何でもしてきた。


 ローラ姉さんを自分の手に取り戻したいという気持ちだけをバネにして。


 そんなある日、母の実家だったグラヴィエ家が、俺のことを養子にしたいと言い出した。なぜいまさらと不審がる俺の前に、「あいつ」は現れた――。


『セルジュ、はじめまして。カトリーヌよ。これからは私が、あなたのお姉さんよ』

『……』


 初見からして胡散臭いやつだと思った。俺が何も言わずに立っていると、あいつは醜悪な笑みを浮かべた。


『ねえ、あなた』

『……』

「“姉さん”を取り戻したいのでしょう?』

『……!』


 あいつは俺の正体を知っていた。それは親戚筋なのだから、わからないでもない。でもなぜこいつは、俺の本心まで知っている?


『お前は何者だ?』

『私ね、予言の力があるの。この世界でこれから何が起こるか、全部知っているんだから』


 あいつの傲岸不遜な笑みを見ながら思った。こいつ、頭がおかしいんじゃないかと。そして、あいつはこうも言った。


『私ね、本当は『王国の聖乙女』なのよ』


 聖乙女――それはわが国に伝わるおとぎ話だ。しかし、カトリーヌは本当に不思議な力を持っていた。あいつの「予言」は、今まですべて当たっている。あいつは一体何者なんだ?


 ただ、あいつが「聖乙女」だなんて、ちゃんちゃらおかしい。むしろあいつは――。


 稀代の悪女だ。


 カトリーヌは、両親や使用人たちを何やら怪しい力で洗脳し、グラヴィエ侯爵家を完全に掌握していた。薄気味悪いなんてもんじゃなかった。俺はある日たずねた。


『お前の狙いは何だ?』

『お前なんて、およしになって。お姉様、でしょう』

『……』


 込み上げる吐き気と怒りを抑えるのが大変だった。


 ふざけるな! お前なんかが、俺の姉さんであってたまるか……!


『私ね、あなたにも幸せになってほしいんだから。ところで私、また予言を授かったのよ』


 まるで聖女のような微笑みを浮かべながら、あいつは楽しそうに囁いた。


『あなたの“前の”お姉さんが、そろそろヴェルナーサ学院に転校してくるはずだわ』

『!』

『ローラさん、とある男爵家の養子になっているらしいの。さて……国王はどう動くかしらねぇ?』

『……』


 ――そのとき、強烈な焦りを覚えた。


 いつか迎えに行こうと思っていた姉さんが、王族として王家に連れ去られてしまうのではないかと思ったから。


『シャルル王太子やフェルナン・ヴァレット公爵令息たちは、あなたのお姉さんの過去をもちろん知っている。だからきっと、彼女を保護しようとするはずだわ』

『……』


 カトリーヌはニヤニヤした笑みを浮かべながらそう言った。ああいう表情を見るたび、俺は吐き気を催してしまう。


『年頃の男女同士……そこから恋に落ちる、なんてこともあるかもしれないわねぇ』

『……』

『それって、あなたは困らない?』


 燃え上がる殺意を抑えきれず、俺はあいつと手を組んだ。カトリーヌは、なぜかローラ姉さんを学院から退学させたいらしかった。それはこちらも望むところだ。


 それに、あいつが「聖乙女」になりたいのなら別に好きにすればいい。人の道を外れようがどうしようが、勝手にすればいい。


 ……俺は本当の父に似たのか、生まれつき破壊衝動が強い。だから、あいつがこの世界を好き勝手にメチャクチャにしようが、どうでもいい。


 俺が望みはただ一つ――。


 ローラ姉さんを、手に入れることができれば。




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