06. これからのこと
生徒会室でシャルル会長がみんなに述べた。
「今日の議題は、引き継ぎについてだ。我々の退任の時期も近づいてきた。色々と進めなければならない」
ああ、いよいよか――。
私たちの任期は、今学期である一学期まで。後任は現生徒会員が学院へ推薦することで実質的に決まる仕組みだ。その後は引き継ぎを済ませなければならない。
――私の生徒会生活はもう終わってしまうのだ。
去年生徒会に誘われたとき、私は大いに迷った。けれど今は、安堵よりむしろ胸に広がるさみしさの方が大きかった。
「後任の候補について、意見がある者はいるか?」
「う~ん、そうねぇ。ボランティアで会った生徒の中に、任せられそうな子が何人かいたかしらね。でも、本人の意思も確認しないといけないわ」
ナタリーには目星がついているようだ。
「今日決めようという訳ではないのですよね?」
「そうだ。まず意識し始めてもらえればいい」
他のみんなも特定の誰かを推薦することはしなかった。すると、シャルル会長が口を開いた。
「私の考えを話そう。今後の生徒会メンバーは、貴族だけでなく平民からも選ぶべきではないかと考えている」
「えっ!?」
その場にいた全員が一斉に驚きの声を上げた。
「ルールを変えようというのですか? ……不文律のようなものですけど」
「そうだ」
「さすがに学院の承認が必要となろう」
「その認識だ」
「いくらシャルル会長のご意見とはいえ、学院の上層部が認めるでしょうか……?」
「ふっ。創設以来の伝統を変えるのは、大変だろうね」
皆が質問をシャルル会長にぶつけた。彼は微笑みながら答えていたが、その目には真剣さが宿っていた。
「もしルールを変えられたとしても、運用を始めるのは早くて再来年以降。よって、今回の後任選びは例年通りとなる。先ほどのものはあくまで私の意見だが――将来の生徒会のあるべき姿を、残りの期間で皆と議論したい」
「……」
最初は難色を示していたみんなも、やがて口々に意見を交わし始める。
ジャンが冗談を言って、みんなが笑う――。
「……」
この心地良い空間も、あと僅か。
私はさみしくなった。
「それにしても、昨日のシャルル会長のお話には驚いたわ」
「私も」
翌日の放課後。ローラと一緒に帰ろうと、校舎の出口で外用の靴を取り出した。今日は生徒会がないので、彼女と寄り道をしながら帰る予定だ。
「でも、長年のしきたりを変えることなんてできるのかしら?」
「うん……」
「会長も色々と深く考えているのね」
「そうね」
昨日のシャルル会長の言葉には、思いつきではない真剣さが感じられた。あと一年も経たずに私たちは卒業してしまうけれど、学院は本当に変わっていけるのだろうか?
そんなことを考えていたら、不意にどこかから声をかけられた。
「――エミリー」
あれ?
フェル様? どこ?
木の陰から彼がそっと手を振っていた。
「フェル様!」
おっと。慌てて口を閉じる。他の女子が気づいてしまったら大変な騒ぎになってしまう。小声でたずねる。
「あの……どうされましたか?」
「今、少し時間はあるかい?」
「えっと……」
「あ、エミリー、私のことは大丈夫よ」
ローラは微笑むと「じゃあ、また明日ね」と言って先に帰ってしまった。
「なんだかごめんね、エミリー」
「い、いえ」
「じゃあ旧校舎の裏で待ち合わせね」
彼は小さな声でそう告げると、足早に立ち去った。
……お話ってなんだろう?
人気のない旧校舎の裏のベンチで一人待っていると――。
「お待たせ」
フェル様が両手に飲み物の容器を持って現れた。わざわざ用意してくださるなんて。
「どうぞ」
「ありがとうございます。いただきますわ」
生徒会でいつも飲んでいる美味しいお茶を口にして、ホッと息をついた。しばらく二人でしばらく雑談を交わしたあと、そっと問いかけた。
「今日は何かお話があるのですか?」
「うん……」
お茶を一口飲むと、彼は真剣な顔をして私の方を向いた。
「実はね、今学期に卒業試験を受けようと考えている」
――卒業、試験。
「そ、それって……」
「学院を今学期で卒業するつもりだ」
「今学期……」
そんな……。
フェル様と、もうお別れなの……?
ショックのあまり、手に持っていたカップを落としそうになる。
「おっと」
フェル様がとっさに私の手を支えてくれたおかげで、カップは落とさずに済んだ。
私の手はそのまま彼の両手に包まれていた。
「驚かせてしまってごめんね」
「……」
至近距離でフェル様と見つめ合った。
(どうしてフェル様は、前倒しで卒業しようとしているのだろう?)
学院一の俊才である彼なら、今学期の卒業ですら問題なくできるだろう。彼は次期宰相なのだ。卒業したら、すぐに王宮の中枢で働き始めるのだろうか。
一方、私は。
卒業後はどうするのだろう? どうしたいと思っているのだろう?
なんにも決めていない自分のことが急に情けなくなってくる。
声を絞り出した。
「……卒業後はどうされるのですか?」
「王宮で働こうと思っている」
「……」
予想通りの答えだけど……。
でも、どうしてそんなに急ぐの?
彼の御父上様、つまりヴァレット公爵家当主にして現宰相様はご健在のはずだ。彼が卒業を急ぐ理由が思い当たらない。
だから、そのことをもっと詳しく聞きたかった。でも、彼の家にも何かやんごとなき事情があるのかもしれない。立ち入ったことを聞くのは失礼かもしれないと思って、口をつぐんだ。
すると彼は私の肩にそっと手を置いた。
「……まだ決まったわけじゃない。でも先に、君だけには話しておきたかった」
「ありがとう、ございます……」
彼の心遣いは嬉しい。けれど――。
胸の奥に、重たい石が沈み込むような感覚が広がっていく。
それはただ、静かに心を塞いでいくだけだった。




