04. 攻略対象フェルナン・ヴァレット5
「――父上、母上。お話があります」
僕は、エミリーとの未来についてずっと考え続けてきた。
その布石のため、夕食の場で両親に対し話をついに切り出した。
「何だ?」
「今学期をもって、学院を卒業したいと思っております」
父はカトラリーを置いて顔を上げると、今日も「鬼宰相」のあだ名に相応しい厳しい顔つきで僕をじろりと睨みつけた。
「まだ三年の一学期だろう。なぜだ? 理由を言え」
「学院で学ぶべきことは、すべて終えたつもりです。生徒会の任期も、今学期までとなります」
「その後はどうするつもりだ?」
「すぐに王宮に出仕したく」
「……」
「父上も人手が足りていないように見受けられます。許可をいただきたく存じます」
僕は学生の身ながら王宮の仕事に関わることを特別に認められ、父の手伝いをしている。父を手伝ってわかったこと。それは――。
仕事量が多すぎる。父でなければ、絶対にパンクしているだろう。
「父上もかかりつけの医者より、仕事を減らすべきと言われ、久しいかと」
今年で五十歳となる父。
文官らしからぬ引き締まった体格を維持し、若々しさを保つ生粋の仕事中毒。そんな脂の乗った父だが、母情報によると実は激務で体調が徐々に悪化しつつあるらしい。
「私にはやらねばならぬことが山ほどある。勝手に引退させようとするな」
父は面白くなさそうにグラスの水を飲み干した。
「そもそも医者なんてな。とにかく休め、養生しろ、というのが仕事みたいなものだ。私はまだまだ現役だぞ」
……別に僕は、父にすぐ引退してほしいわけではないのだが。
すると父は、鋭い眼光で僕を見据えた。
「フェル」
「はい」
「私はさっきからお前に『理由』を聞いておる。お前がなぜ、そうしたいのかの本心を聞いておるのだ。――どうせ想い人が関係しているだろう? 違うか?」
さすが父。
こちらの考えなど全部お見通しだ。
「お前が野心を持つのは大いに結構なこと。宰相、そしてこの家の当主の座。いずれお前に譲るつもりだ。だがな――宰相の責を担う身で、家格に差がある女性はいかん!」
「……」
――いつも通りの父。
だが父は、去年ベアトリスとの件が流れた後、他家との婚約を急くようなことはしてこなかった。おそらく、特定の誰かを僕に押しつけるつもりはないのだろう。しかし、家格についてだけは絶対に譲る気はないようだ。
「父上」
「なんだ?」
「私は、世の中が変わってきていると感じております」
「……変わってきているとは?」
「平民の意識が、です。しかし貴族は従前のまま――。このままではいつか問題が起こりましょう。そうならぬよう、一刻も早く国政に携わりたいと考えております」
「……」
「フェル、いいかしら?」
鈴を転がすように澄んだ、優雅な声がかけられた。
「その認識は正しいと思うけど、そんな簡単な話じゃないわ」
僕と父との火花を散らす会話を悠然と聞いていた母が、ようやく発言した。
母は二十年前に王家からこの家に嫁いできた。ちなみに母は国王陛下の実妹、つまり元王女だ。
「母上、おっしゃることはわかります。しかし変化への対応は必ず必要かと」
「それもあなたの本心なのだろうけど――。本当は早く独り立ちして、“あなたの想い人の未来も守れるようになりたい”っていう気持ちもあるんじゃないのかしら?」
「……!」
「ふふっ、図星なのね?」
母は優雅に笑った。
「でもね。そもそもだけど。あなたがその子を“絶対に一生守り通せて愛せる”っていうのなら――。セディと違って。私は反対する気はないわ」
「お、おい! ジュディ!」
「男女の仲なんてね、好きになってしまったら、もう止まらないのよ? 私の結婚だって、それはもう周りから大反対されたんだから。当時は隣国に嫁ぐ話も決まりかけてたし……」
母は「ねえ、お水頂ける?」と使用人にマイペースに言うと続けた。
「……でもね。私はあなたのお父様のことが、好き好きでしょうがなかったの。今も格好いいけど、若い頃のあなたのお父様は、国一番の貴公子なんて言われてたのよ。ね? セディ?」
「な、な、何を言っておるのだ!」
先ほどまで厳格な表情を浮かべていた父は、今は顔を真っ赤にしていた。
「年の差もあったしねぇ。でも、好きだったから譲れなかったの。もうセディったら、罪なひ・と」
一方的にからかわれ、父は「いい加減にしろ」と言って沈黙した。両親のいつもの惚気を目の当たりにして僕は呆れた。
「それにしてもねぇ。女性に全然関心なかったフェルをここまで執着させるなんて、どんな子なのかしら? うーん、気になるわ……あ、そうだ!」
何か思いついたような母に、猛烈にイヤな予感に襲われる。
「ねえねえフェル。私、その方にお会いしたくなっちゃったわ。セディがいない時に、こっそりその子を家に連れてきて」
「聞えているぞ」
「お断りします」
即反応した父と僕を見て、母は「うふふ」と笑った。
一刻も早く独り立ちし、エミリーのことを守れる立場を築き上げながら、エミリーとの仲を父に認めさせる――それは、僕が絶対に成し遂げなければならないこと。
そして、エミリーをいつか両親に会わせたい。母は「もう会いたい」とか言っているが。
母は勿論悪い人間ではまったくないが、いろいろと型破りだ。
大人しい性格をした僕の愛しい人が、この母に会ったらどうなってしまうのか全く予想がつかない。
だから、エミリーと母を会わせるのはまだ先だ。
――この頃の僕は、そんな風に思っていたのだった。
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