02. 燻る火種
「――そうか。事情はわかった。エミリー、話してくれてありがとう」
生徒会では、昨日起きた貴族と平民の揉め事が話題に挙がっていた。シャルル会長から詳しい話を聞きたいと仰せつかり、私はみんなにあらましを話し終えたところだ。
「ちなみに、助け舟を出してくれたその生徒は、誰なんだい?」
「えっと、セルジュさん――一般クラスの二年生です。あの有名なカトリーヌ・グラヴィエ様の弟君ですわ」
「えっ?」
隣にいたローラはなぜか小さな声を上げた。彼女の方を向くと「あ、なんでもないわ」と小声で返された。
「最近は、諍いごとが特に増えているな……」
シャルル会長はため息をついた。
「生徒会に寄せられた相談の件数を見ても……。うん。確かにそういうトラブルは増えてきているな。だいたいが貴族と平民の生徒同士のケンカだね」
ジャンが生徒会の資料を眺めながら同意した。
「でもこれって別に、学院に限った話ではないわよね? そもそもこのパルシアラ王国の近年の問題、なのじゃないかしら?」
「……ああ、そうだね。ナタリー」
シャルル会長が苦笑すると、ローラが発言した。
「この王国はずっと貴族至上主義が続いてきたけど――もう、そういう考え方は、時代遅れになっているのかもしれないわね」
――ローラの言う通り、近年は経済の発展とともに平民の発言力が徐々に増し、その存在感は日に日に高まっている。わが家が平民から叙爵されたという過去を抜きにしても、私自身も肌でそう感じていた。
「……」
「あ、ごめんなさい……生意気なこと言って」
黙り込んだみんなに、ローラは慌てて謝った。彼女もまた、平民から貴族へと立場が変わった過去がある。色々と思うことがあるのかもしれない。
でも……彼女のように、どちらの立場にも関わった人なんてまずいない。貴族は自分たちが一番だと相変わらず思っているし、平民は自分たちが王国を支えているという自負がある。両者が折り合うのは難しいだろう。
「難しい問題であるな……」
アレクシス様がつぶやいた。
この燻る問題がいずれ大きな問題を引き起こすのではないか――残り一年を切った学院生活だけれど、胸の奥に強い不安が芽生えた。
「ええと……」
その後、私は書類のチェック作業に没頭していた。事前にしっかり整理しておけば、フェル様の最終確認も効率的になるというものだ。ただ、彼はいま学院の上層部との打ち合わせに出かけていて、長引いているのかまだ戻ってきていない。生徒会室には私一人だった。
――コンコン。
集中していたら、ノックの音が響いた。ハッと顔を上げると、いつの間にか外は暗くなり始めていた。
「どなたかいますか? 三年生のアランです」
よく知る声に、生徒会室の扉をそっと開けた。
「こんばんは」
「お、エミリーじゃないか? 遅くまでお疲れさま」
いつもの童顔で微笑むアラン。彼は同級生だけど、その正体はシャルル会長を護衛するため密かに派遣されている騎士団員だ。
「フェルナンはいるかい? 今日は仕事の約束があってね」
アランは普段、学生になりすましている。しかし私の前ではそのことを隠さなくなった。
「もう少ししたら戻ると思うわ」
「じゃあ、このまま待っていてもいい?」
「はい、そちらにおかけください」
「ありがとう。……ん? あれ? エミリー、何やっているの?」
「え? お茶を出そうかなって」
「本当? 君は貴族の令嬢じゃないか? お茶なんて、むしろ淹れられる立場じゃない?」
「ええとね、生徒会に入ったばかりの頃、自分ができることはないかなって探していたら、たまたま思いついたの。給仕の方とも相談して、フェル様の分は私が淹れているのよ」
私が言った“給仕の方”というのは、日中に生徒会室の隣に控えている使用人さんのことだ。フェル様の公爵家から派遣されている。
ちなみにわが家の事業では茶葉も取り扱っていて、一応私にもお茶の知識はある。淹れ方はメグミからの直伝だ。
「そうか……。フェルナンは、君が淹れたお茶は飲むんだね……」
なぜかアランは感慨深げだった。不思議に思いながらお茶を出した。
「どうぞ」
「ありがとう。……お、凄く美味しいじゃないか!」
「あらよかった」
「わかった。さては、茶葉がいいんだな!」
「もう、アランったら! そうなのよ。素材さえよければ、たいていのものは美味しく仕上がるものよ」
「ふふっ! 冗談だよ。上手に淹れられている」
「ありがとう。あ、そういえば、フェル様と何か約束があるの?」
「いや、定例でやっている打ち合わせなんだけど、今日は遅いし、どうしようかな――」
彼は外を見ながら何やら考え込んでいた。するとノックの音が聞こえた。フェル様が部屋に入ってくる。
「遅くなりました――お、エミリー、まだ帰ってなかったのか? 叔父上、お疲れ様です。大変お待たせしました」
「お疲れ様、フェルナン。そんなに待っていないよ。美味しいお茶も飲めたしね」
アランはカップを掲げながらウインクした。
「ふふっ、そうですか。エミリーの淹れるお茶は、とても美味しいですからね」
フェル様は優しげに微笑んだ。彼にも褒められて嬉しくなりながら帰り支度を始めたら、アランが言った。
「あ、エミリー、帰ろうとしてる?」
「うん」
「フェルナン、今日の打ち合わせだけど、スキップしようよ?」
「よろしいのですか?」
「今日は大きな話題はないから大丈夫。それよりも――」
アランは私たちをじっと見ながら続けた。
「もう遅い時間だ。若い子たちは帰りなさい。どうせ大人になったら、もっと忙しくなっちゃうんだから」
年長者みたいなことを言ったアランは、「じゃあまたね」と言って去っていく。彼は実は二十七歳……いや今年で二十八歳か。本当に年長者なんだよなぁ。あの見た目だとやっぱり信じられないけど。
アランこそ、メグミが前に言っていた――えっと、なんだっけ? そう、確か「ばぐってる」ってやつではないだろうか?
そんな風に思った。




