03. 最初の選択肢
「ひ……あ……!」
気づけば、強張った指先から荷物が音を立てて滑り落ちていた。
その物音でこちらに気付いた令嬢の顔に、私は震え上がっていた。彼女の表情には狂気が色濃く宿り、まるで悪霊に取り憑かれたような、常軌を逸した憎悪と殺気が溢れていた。
「もっと痛い目に遭いたいってことね!?」
一方、もう一人の女子は、ローラのことを憎々しげに掴んで激しく揺さぶると突き飛ばし、何やら念じ始めた。
(えっ!?)
ローラの目の前で風が突然渦を巻き始めた様子に、私は目を見開いた。
(か、風魔法!? ありえない!)
この学院では魔法の私用は禁止されている。そもそも、未熟な学生が魔法を無造作に使うなんてあまりにも危険だ。
――そしてローラは、バルコニーの手すりを背にして立っていた。
(このままじゃ、ローラが!)
さっきまで止まらなかった震えが消えていた。
自分でも理由はわからなかった。ただ。
――このままでは、何か大切なものが壊れて、二度と戻らなくなる。
天啓のような、確信めいた強い焦燥感が烈火のように私の胸を焼いていた。
その熱が、喉を突き破るような叫びを引き出す――。
「待って!!!」
目をつむったまま飛び出す。
――やめて!
どうか!
どうかお願いだから!!
私の友だちにひどいことをしないで!!!
飛び込んだ私の全身に放たれた風魔法が直撃し、激しい衝撃が走る。背中が硬い手すりに叩きつけられ、一瞬、息が詰まる。次の瞬間、空中へと弾き飛ばされる。
「あ、あ、あ……!」
このままじゃ、頭から落ち――首が折れ――そして――。
(いやだ! 死にたくないよ! 誰か! 誰か助けて!)
その時だった。
ふわりとした柔らかな力が、下から私の身体を押し上げる。全身がまるで柔らかなシルクに包まれたみたいに優しく覆われる。
……落下の衝撃がいつまで経っても来ない。その代わり、肩と背中に温かな感触が伝わってくる。
「――間に合った」
(えっ?)
聞く人全員の心を安らげてくれるような、低くて深みのある声に、恐る恐る目を開ける。何度も瞬きをして、至近距離に映る映像を理解しようとする。
その男子生徒は息を少し切らせ、彫刻のように整い過ぎた顔を心配そうに歪めていた。
透き通るような美しい碧眼が私を見つめ、艶やかな黒髪が風に揺れていた。
この人は――。
フェルナン・ヴァレット様。
私の同級生。けれど、そんな表現はあまりにもおこがましい。
わが国の筆頭貴族たる公爵家、そして現宰相様のご子息であり、このヴェルナーサ学院生徒全員の憧れの的。
「遅くなってしまってごめんね。怖かったよね? でも、安心して――」
私の身体をしっかりと抱きかかえながら彼は言った。
「僕がついてる」
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