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38. 夕暮れの学院祭


 閉会式は誰もが予想しなかった形で幕を下ろし、学院祭のすべての催しは終了した。


 すっかり夕暮れ時だ。仮設テントに戻った私は、もはや愛着を感じている案内席にぽつんと座っていた。


 ちなみにローラは誘拐の件で、騎士団から事情聴取を受けている。シャルル会長がずっと彼女のそばについていたので、きっと大丈夫だろう。


「……」

「もう、エミリーったら! なにぼーっとしているの?」


 振り返るとナタリーが立っていた。


「さっきからずっとそこに座ってるじゃない?」

「え? だって、みんなまだ他の用事で忙しそうだし……。ナタリーはもう落ち着いた?」

「うん。一段落したわ。残りの仕事は明日ね」


 ナタリーの顔にも充実感を滲ませる笑みが浮かんでいる。本格的な後片付けは、明日にボランティアの生徒たちと一緒に行う予定だ。


(学院祭、もう終わっちゃうんだな……)


 なんだかさみしくなってしまう。


「ねえ、エミリー」

「なあに?」

「まだ時間があるのだし――あ、ちょうどいいところに!」


 フェル様だ。彼は軽く手を振りながらこちらに向かってきた。


「フェルナン。さっきの件は?」

「こちらでできることは終わったよ。あとは騎士団に任せることになった」

「そう……。お疲れ様ね」


 フェル様も一仕事を終えたからか、ホッとした様子だ。ベアトリス様の件はどうなるのかな……? そんなことを思っていたら、ナタリーが言った。


「ならフェルナン、それにエミリーも。どこか行きたいところがあるなら、今のうちに行ってきなさいよ。ほらほら、エミリー! どいてどいて。そこ、私が座るから!」

「ちょ、ちょっ」

「ナタリー、すまないね」

「いえいえ、ごゆっくり」


 ナタリーに追い立てられて席から立ち上がった私に彼が微笑む。


「エミリー」

「はい」

「バザー、見に行こうか?」




「――あ、フェル様! ご覧ください!」


 つい声を上げてしまった。そこには、お菓子や軽食を出すお店をはじめ、雑貨店や骨董店、さらには王都の有名店による出張店舗まで実に様々なお店が軒を連ねていた。


「そこのお二人! いま半額セール中だよ! 見ていきなよ!」


 帰り掛けのお客さんたちに少しでも買ってもらおうと、どのお店も最後の呼び込みに精を出していた。


「まだ結構やっているみたいだ。よかったね、エミリー」

「はい!」


 私たちは一緒にお店を次々と見て回っていった。


(――あ)


 アクセサリーが並ぶお店が目に入った。看板には「レークリー・アグリー」の文字。そこは、王都の有名店だ。


 そういえばこのお店は、出店リストを見た時から気になっていたんだよなぁ。


「あの……フェル様」

「なんだい?」

「あちらのお店、寄ってもよろしいですか?」

「うん! 行こう行こう!」


 さっき衝動買いしてしまったクレープをお互い行儀悪くも急いで食べ終え、お店のテントに足を踏み入れた。店内は思ったよりもスペースがあった。ネックレス、イヤリング、ブレスレットなど……様々なものがずらりと並んでいた。


「うわ~! 素敵!」


 バザーの模擬店ゆえ、お手頃な品が多く陳列されていた。それでも、多彩なアクセサリーたちが放つ美しい輝きに興奮が抑えきれない。


「あ、これ、いいな……」


 順番に見て回っていたら、ひとつのアクセサリーに心を奪われ、思わず足を止めた。


「あら? エミリーさん?」

「あ! ロアナさん!」

「お久しぶりです!」


 声をかけてきたのは、店員のロアナさんだった。学院祭の準備をやり取りする中で、偶然仲良くなった方だ。普段は王都の直営店にお勤めらしい。


「あら? もしかして、何かお気に召されたものがありましたか? 今日はあまり売れてないんです。このままだと私、上司に怒られちゃいますから、どうぞたくさんお買い上げなさってください!」

「のぞいているだけですってば! でも、こちらのアクセサリー、とっても素敵だなって……」


 そう言いながらロアナさんに指差したものは――見たことのない花らしきものをモチーフにした髪飾り。それは、花びらのようなパーツを小さな銀のビーズが囲み、微細な加工が施されていた。


 反射する光が優雅にきらめき、まるで夜空に星が輝いているようだった。その特徴的なデザインに、まるで運命の出会いをしたみたいに思わず目を奪われてしまったのだ。


「まあエミリーさん! お目が高い! こちらは、伝説の『王国の聖乙女』にインスピレーションされてデザインされたものです。特にこちらの花の意匠は、『乙女の花』と呼ばれる――」


 ロアナさんが滔々と語る「王国の聖乙女」とは、我が国に古くから伝わるおとぎ話の一つだ。


「――ですので、有名ブランド品にも引けを取らないクオリティに仕上がっております!」


 ここぞとばかりにロアナさんはその髪飾りを褒めちぎった。わが家は宝飾品を取り扱っていないのでアクセサリーに詳しくないけど、素人目でも凄くよく出来ているように思えた。これなら、有名なブランド品と言われても驚かないだろう。


「本当に素敵ですね! でも……お高いんでしょう? 高名なデザイナーの方が作られたのかしら?」

「ふふっ! そちらの製作者は何を隠そう、この私です!」


 ロアナさんはいたずらがかった笑みからのドヤ顔を見せた。


「ロアナさんが!?」

「はい! 私は元々デザイナー志望なのです。まあ、職場では下っ端なので、直営店で自分のものを出せるような立場じゃないんですけどね……」

「いいえ。ロアナさん、凄いです!」

「ありがとうございます。これが一番の自信作なんですけど、なかなか売れなくて……。いやぁ、物を売るのって本当に難しいです。作るのなら、いくらでもできるつもりなんですけどねぇ」


 苦笑しながらおどけるロアナさんなのだった。


 ――正直、物凄く欲しかった。


 でもバザーに来た目的は、ぶらぶらと見て回って雰囲気を楽しむことだったし、フェル様をあまり待たせたくなかった。結局購入は控え、ロアナさんと今度は王都のお店で会うことを約束してテントを出た。


 その後も幾つかお店を回り、私たちはバザーの散策を終えた。さらに、入場時間ギリギリで展示会なども見ることができた。


「――最後に飾られていた絵ですけど、同じ学生の人が描いたとは思えませんでした。すごかったですね!」

「うん、そうだね。あれを描いた人は本当に才能があると思う。彼は、卒業後はどうするのかな? 貴族だったら絵画の道に行くのは難しいからね……。だとしたら残念だな。エミリーは絵を見るのが好きなのかい?」

「はい。好きですわ。ただ、描くのはちょっと……」

「……くっ!」


 なぜかフェル様が突然吹き出す。え? なんで? 私が授業で描いたチャレンジングな絵は、彼には見られたことはないのに。


「……いや失礼。あ、そうだ。いつか王都の王立美術館に一緒に行かないか? あそこは季節ごとにラインナップをよく変えていて、何度行っても新しい発見があるんだ」

「ええ! ぜひ行きましょう!」


 楽しげなフェル様の笑顔につられ、ついうなずいてしまった。


 それにしても、短い時間ながら色々と回ることができて、とっても楽しかった。なんだか夢中で歩き回ってしまった。すると彼が急に声を上げた。


「あっ」

「どうかなさいましたか?」

「少し用事があってね。エミリー、すぐに済ませてくるから。ここで休んでいてもらえるかい?」


 彼が向いた方にはベンチがあった。


「ここにいて」

「はい」

「すぐに戻って来るからね。待っててね!」


 彼は私の肩に手を添えて諭すように言うと、走り去っていった。


「……」


 遠ざかっていく彼の背中を見つめながら――去年、校庭で怪我をしてうずくまっていたら彼が助けてくれた時の記憶が鮮やかに蘇っていた。


 フェル様はすぐに戻ると言った。なら、必ず彼はすぐに帰ってくる。待っていればいい。


 ただ、ベンチに一度座ってしまうと、さっきまで感じていなかった疲れがじわじわと足に伝わってきた。


「……」


 夢見心地なまま、帰路につく人たちをぼんやりと眺めた。




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