37. 断罪の閉会式
「ふう……」
思わず額の汗を拭った。時刻はすでに夕方近くとなり、学院祭のために設けられた特設舞台の前には多くの人びとが詰めかけていた。
「閉会式を開催します!」
司会を担当する学生が舞台に上がり、閉会式のスタートを勢いよくアナウンスした。それと同時に、中央の広場に集まっていたボランティアの学生たちがキャンプファイヤーに明かりを灯し、たちまち大きな歓声が沸き起こった。
このキャンプファイヤーは、火を使うものではなく、魔力を流すことで光を放つ魔道具で作られた大きなオブジェだ。赤、青、白……とオブジェは様々な色に美しく移り変わっていき、まぶしい光を放つ。最終日の恒例イベントを見ようと、生徒たちだけでなく外部の人々も集まり、辺りは凄い熱気だった。
「……」
アレクシス様たちと一緒に舞台下の最前列にいる私は、熱気に再び汗を拭った。
「閉会の挨拶――生徒会副会長、フェルナン・ヴァレット!」
一人の長身の生徒が凛とした姿を舞台の上に現した。
「フェルナン様―!」
「キャー!」
「素敵!」
フェル様の登場に周囲の女子たちから黄色い声が物凄い勢いで上がった。壇上に立った彼は静かに一礼をすると、魔道具の拡声器に顔を近づけ、お世話になった方々の名を挙げながら淀みなく感謝の言葉を述べていった。
「――学院祭をサポートしてくださった方々、どうもありがとうございました。皆さま、どうか最後までこの学院祭をお楽しみください」
涼やかにフェル様が挨拶を終えると、大きな拍手が沸き起こった。
「続いて表彰式となります――生徒会長、シャルル・ミッドラウンド!」
「王太子殿下よ!」
「キャー!」
「おお! なんとご立派なお姿だ!」
聡明な若者として知られ、「パルシアラ王国の未来」と国民からの期待も高い彼の登場に、会場は大いに沸き立った。
「本日はヴェルナーサ学院の学院祭に来てもらい、心から感謝する。また、学院祭の運営に関わった全ての人々に、私からも感謝の意を示したい」
周囲にゆっくりと顔を向けながら、にこやかに挨拶をするシャルル会長に大きな歓声が上がった。
それから、学院祭で催された競技プログラムなどへの表彰式が行われた。壇上でシャルル会長から表彰された生徒たちは、みな誇らしげだったり、嬉しそうな表情をしたりしていた。表彰の都度、大きな拍手が起こった。
「……さて。この場を借りてもう一つ、私から話したいことがある」
――始まった。
密かに手を握った。一方、進行予定にないシャルル会長の突然の発言に、司会たちは意表を突かれた表情をしていた。
「ベアトリス・ルーレアン!」
シャルル会長が高らかに叫ぶ。
「おられるか? ――ああ、そうだ、うん、貴女だ。こちらに上ってきてもらえるかな?」
ニコニコとした顔で呼びかけるシャルル会長。すると、ベアトリス様が群衆から姿を現す。困惑した様子だった彼女も、舞台に上がる頃には表情をほころばせていた。
「貴女がここに呼ばれた理由はおわかりか?」
「あの、もしや……。私の家がこの度、孤児院を設立したことについてでしょうか?」
自分も表彰されると思ったのか、ベアトリス様はとても嬉しそうだ。
「ん? 孤児院? ああ……その件ね。君の家がしている慈善事業は素晴らしいと思う。この国に貢献してもらっていること、王族の一人として感謝したい」
「まあ! 王太子殿下! とんでもございませんわ!」
「……ところで。その孤児院は、どんなところだい?」
「えっ? どんなところ、とは?」
「例えば、そこで預かるお子さんの数とか、職員の数とか、そこで行われる子どもたちへの支援の内容とかは?」
「え、えっと……」
「まるで、君が設立したかのように聞こえたからさ。後学のために知りたく思ってね。なんでもいいよ」
「えっと……」
「……」
「えっと、えっと……」
「……何一つ答えられないんだね。君という人間は」
突然様子がおかしくなったシャルル会長に、周囲からはざわつきの声が上がり始めていた。なにしろ彼からは――微笑みが消えていた。
「質問を変えよう。君は、ローラ・サヴィーアという生徒のことについて知っているか?」
「えっ!?」
「――みんな。こっちに来てもらえるか」
シャルル会長の指示に従い、私たちも壇上に登る。視点が一気に高くなり、群がる人々に一斉に見られているような気がして怖くなる。
でも、お腹と足に力を込めた。これから大事な話をするのだから。
そしてフェル様も舞台裏から再び姿を現した。
――ローラを連れて。
「な! な! なんで!?」
ベアトリス様が目を見開く。無理もない。実はローラを救出したその後――。
シャルル会長は、犯人の生徒たちを罰の若干の軽減を約束に一度解放した。彼らからベアトリス様に、誘拐は成功してローラが倉庫にいまだ監禁中であること、生徒会はそのことに気づいていないことを伝えさせたのだ。
さらに、この閉会式が始まる前から、アランの手によってベアトリス様の所在は把握されていた。
そう。シャルル会長は、この場を使って彼女を断罪するつもりなのだ――。
「君にとって、この学院の生徒を害することも、ボランティアの一環なのかな?」
皮肉な笑みを浮かべた彼は、朗らかな王太子のイメージをかなぐり捨て、黒いオーラと怒りを滲ませていた。
「そ、そんなことは! で、でも! た、ただ……えっと、そう! 学院の風紀を乱す生徒がおりましたので、問いただそうとしただけですわ!」
「――ベアトリス」
隣のアレクシス様が怒気を込めた。
「君がローラ・サヴィーア嬢にしようとしたことは、すべて明らかだ。魔法の行使、誘拐、監禁、そして、それらの指示。これらは、問いただすなどという範疇を超え、悪質で、極めて卑劣な犯罪行為だ!」
「そんな! ただ私は、この学院の秩序を守りたいと思っただけだわ!」
(……)
学院の秩序、ね。
そう言えば、あのカトリーヌ・グラヴィエ様も、そんなことをみんなに向かって言っていたっけ……。
(……)
脳裏に、林の中でぽつんと一人で佇んでいたローラの後ろ姿が浮かんだ。彼女のつらそうな表情、ご両親への想い、滂沱の涙――。
友だちが、そんなよくわからないものにどうして責められなくてはならないのか、あのときの私は納得できなかった。
学院の理念と現実。貴族と平民。いじめと無関心――。
私はローラと出会うまで、ずっと一人ぼっちだった。誰からも無視され、馬鹿にされ、空気のように過ごしてきた。
そんな私から言わせれば、ヴェルナーサ学院は、そもそも最初から秩序立ってなんかいやしない。しきたり、いや、ただの束縛が張り巡らされているだけだ。それに従わなければ、馴染めなければ、輪から直ちに外される。私はそうだった。そしてローラも。
「――ベアトリス様」
何かに突き動かされるように、ベアトリス様の前に立っていた。
「な、なによ!」
「……」
「あんただって不正してたんでしょ!? わかってるのよ!」
「不正?」
「あのローラとかいう女とグルになって!」
「……」
熱くなっていた頭の中に、まるで油を放り込まれたような気持ちになった。
「いいかげんにしてください!」
思わず叫んでいた。
「そこまでおっしゃるなら! 何か証拠はおありですか!?」
「だ、だって! 聞いたんだもの!」
「……どなたに?」
「ふん! 聞いて驚きなさい! あの、か、か、かと――」
「……?」
「あ、あれ? え、えっと……だれ、だっけ……?」
急に勢いを無くした彼女は頭を抱えだす。一方私は、もう一度息を吸う。
「言い逃れなんて聞きたくありません! 罪を償ってください……ローラのために!」
「な、なんですって! 貴族もどきのくせに! 公爵家の私にそんな口をきいてただで済むと思っているの!」
学院で一、二を争うほどの美しい顔立ちが、焦燥と憎しみで醜く歪んだ――でも、どれほど強く睨まれても、怯む気が起こらなかった。友だちの侮辱を晴らしたいという思いと、強い怒りにただ突き動かされていたから。再び彼女に言い返そうとした、そのとき。
「ベアトリス」
私の横に立っていたのは、フェル様だった。
「貴族とは本来、規範を示すべき存在であるはずだ。君は、血は貴族かもしれない。でもね――」
彼は冷たい口調で続けた。
「君なんて、ガワだけの、中身の無い、いらない貴族だ」
「そ、そんな……! 私たちはこれから婚約をする仲ではありませんか!?」
「違うね」
「私たちは公爵家同士です! 必ず決まりますわ!」
「……いいや」
彼は私のことをじっと見つめてから、ベアトリス様に言い放った。
「僕の生涯の人は、自分で決める!」
辺りはしんとした静寂に包まれ、わなわなと震えるベアトリス様の乱れた呼吸だけが聞こえた。
「――フェルナン様のおっしゃる通りですわ」
突然、凛とした声が響く。人混みの中に一筋の道ができ、一人の美しい女子が現れる。堂々とした佇まいで舞台に上がり人々の前に立ったその人は――カトリーヌ・グラヴィエ様だった。
「私にも、ベアトリス様の行いは貴族にふさわしいとは思えませんわ。高潔なる学院の秩序と風紀を守るため、ふさわしくない生徒は行いを正すべきでしょう」
切なげな瞳でカトリーヌ様はベアトリス様を見つめた。
「ベアトリス様……。どうか、ご自分の非を認め、罪を償いなさって……」
「……」
ベアトリス様はなぜか、カトリーヌ様に向かって口をぱくぱくとさせた。でも、気が動転し過ぎているからか、さっきまで叫んでいた彼女の喉はひゅーひゅーと鳴るだけで、ひと言も発せられなかった。
――それは、名門のルーレアン公爵家の令嬢と呼ぶには、あまりにも哀れな姿だった。一方カトリーヌ様は、神秘的な紫の瞳でベアトリス様のことを見定めるようにじっと見た後、ローラの方を向いた。
「ローラ様、本当に危険な目に遭われたのですね……。ご無事で何よりですわ」
ローラの手を取った彼女の痛ましげな表情は、見る者すべての胸を締めつけるような感覚を与えるほど、儚く美しかった。
「姫……なんとお優しい……」
「やはりカトリーヌ様こそ、淑女の鑑ですわ!」
「さすが“学院の聖純姫”だ!」
称賛する声が相次いで聞こえる中、彼女はシャルル会長に向かって凛と言った。
「しかるべき処置をお願いいたします」
「別に君にいわれるまでもないよ」
シャルル会長が控えていた騎士たちに合図を送る。急に大人しく、うつろになったベアトリス様を彼らが連行していく。
「まったくなんて酷い話だ!」
「ああ、カトリーヌ様と大違いだ。ああいう貴族は、本当に許せん!」
「ざまをみろ!」
……今日学院にいる人たちは、いつも以上に平民が圧倒的に多い。日頃から貴族に面白くない感情を抱いている人たちは胸がすく思いしたのか、うなずいたり満足そうな顔をしたりしていた。
「みなさん、見苦しいところを見せ、すまなかった。この場を借りて今回の件を決行したことは、全て私の責任だ。許して欲しい」
シャルル会長のよく通る声に、周囲のざわめきはまた静まっていく。彼はローラの横に立った。
「ただ、これだけは最後に言わせてもらいたい。もし彼女――ローラ・サヴィーアに今後よからぬことを企むものがいるとしたら。我々生徒会は全力で立ち向かい、叩き潰す!」
温厚なイメージを持つ彼らしからぬ発言に、しんとする周囲。
「未熟な私を支えてくれた、ここにいる生徒会のメンバーたちに感謝したい。みんな、ありがとう」
再びにこやかな笑顔を浮かべたシャルル会長に促されるように、まばらに拍手が起こり始める。すると会長は、なぜか私のところに来て肩にポンと手を置くと、大きな声で叫んだ。
「特に彼女! エミリー・ランベーヌ男爵令嬢は、機転を持って今回の事件を解決してくれた! みなさん! 彼女に拍手を!」
「えっ!?」
大きな拍手と歓声が沸き起こる。こんな大勢の人々から拍手を浴びるなんて、生まれて始めてだ。思わず挙動不審になりかけた、そのとき。
「エミリー! ありがとー!」
とりわけ大きな声を挙げている生徒が見えた。
アランだった。
すると肩に手が触れた。振り返るとフェル様やローラ、生徒会のみんなが微笑んでいた。
拍手と歓声、そして笑顔に包まれながら――。
私は胸がいっぱいになった。




