02. 孤独だった少女
(お弁当、ローラに喜んでもらえるといいな)
友だちとの待ち合わせ場所まで急いだ。華やぐキャンパスでは、ランチタイムを迎えた生徒たちが楽しげに歩いていた。
私は、エミリー・ランベーヌ。十七歳。このヴェルナーサ学院に通う二年生だ。
――私は、入学してからずっとひとりだった。
このヴェルナーサ学院には、貴族も平民も通っており、平等が理念として掲げられている。だけど、それは虚しい建前にすぎないことを、学院生活を通して嫌というほど思い知らされてきた。
ここでの身分の格差は、とても厳しい。貴族と平民の間には明確な線引きがあり、貴族同士でも家格の差が歴然と存在した。
実家が男爵家の私は、本来なら貴族の友人グループに入るはずだった。しかし、入学して早々にその輪から弾き出されてしまった。なぜかというと、クラスのみんなが、急に私のことを“貴族もどき”と嘲笑うようになり、やがて無視するようになったからだ。
私の家は元平民で、祖父の代に前国王陛下から功績を認められ叙爵された新興貴族。歴史の浅ささゆえに、“貴族もどき”と蔑まれるのだろう。
かといって、平民の友人の輪にも入れてもらえなかった。
つまり、私はこの学院でずっと空気みたいな存在だった。いるのに、いないものみたいに扱われて――。
無視され続けるのも身に沁みたけど、女子たちから平然と悪口を浴びせられたり、男子からさっきみたいな暴力を振るわれたりすることもあった。
しかも、それだけでは終わらなかった。
将来の結婚の約束を交わしていたジェレミの家から、突然一方的に許嫁解消がわが家へ突きつけられた。
理由は、両家の事業の方向性の違いということになっていた。でも実際には……。
ジェレミは強い選民思想の持ち主だった。名門校の特別クラスに籍を置く彼が、一般クラスで孤立し立場を失っていた私を、足手まといだと判断したのは明白だった。彼に恋心はなかったけれど、露骨に切り捨てられたことはやるせなくて堪らなかった。
空気のように存在を消して過ごす学院の日々は、ただ苦痛でしかなかった。
貴族もどきの自分など、誰の目にも映らない。
――なぜなら私は、「いらない」存在だから。
そんな思いに時折押し潰されそうになって、ひとり涙をこぼすこともあった。
でも……。家族に余計な心配をかけたくなくて、誰にも打ち明けられなかった。
私の願いは一つだけだった。
それは――友だち。
そんな私の前に現れたのは、今学期に突然転校してきた、ローラ・サヴィーア。
彼女と仲良くなれたのは、本当に偶然だった。
まるで、素敵なお話に出てくる「ヒロイン」みたいに魅力的な女の子――。
ローラと初めて出会ったとき、私はなぜか「この子に会うために自分は生まれてきたんだ」と、雷に打たれたような衝撃を受けた。それは、まるで天から啓示を授けられたかのような、不思議な感覚だった。
彼女の素敵な笑顔を見ながら楽しくおしゃべりできるようになっただけで、通学するのが憂鬱ではなくなった。それは私にとって、救いそのものだった。
(だいぶ待たせちゃったかな?)
待ち合わせ場所の旧校舎を見上げた。活気にあふれる学院では珍しく、この辺りは落ち着いた雰囲気の漂う場所だ。
近くには、ひときわ大きな木が一本そびえている。キャンパス内で最も樹齢を重ねた木かもしれない。旧校舎の階段を上る。そこの三階には素敵なバルコニーがあって、座りながら季節の花々が楽しめるのだ。
ここは、入学して以来、休み時間を持て余していた私が見つけた穴場だった。なのに――。
「あんた! 聞いてんの!」
三階に着いた途端、突然響いた剣呑な大声にびくりと身を震わせた。
(えっ……。なに……?)
恐る恐るバルコニーをのぞく。そこには四人の女子生徒たち――ローラのことを、三人の生徒が取り囲んでいた。
な、なんで!?
ここには誰も来たことなんて無かったのに!
「調子に乗りすぎなんじゃないの!?」
「元平民のくせに、なに偉そうに貴族気取りしてんのよ!?」
友だちが今、いじめられている――そのことを理解した瞬間、私の心臓は早鐘を打ち鳴らし始めた。
実はローラは転校して早々に、学年試験でトップの成績を叩き出した。そのため、一部の生徒たちから激しい嫉妬を買い、嫌がらせを受けるようになっていた。
「おい! 澄ましたツラで黙ってんじゃねぇぞ! 何か言えよ!!」
暴漢のように凄んだ生徒を見れば貴族の令嬢だった。その声には、いじめが日常と化したこの学院でさえ聞いたことのない異様な荒々しさがあった。
もう一人がローラの肩を強く押した。しかし、彼女はうつむいたままだ。
ローラは優しい子だ。やり返すなんてできない。でも今の彼女はとてもつらそうで、胸が苦しくてたまらなる……。
押された肩が痛むのか、手を当てて顔を伏せたままの彼女の姿があまりにもかわいそうで、私は震える足を無理やり前に進ませようとした、けれど――。
『邪魔なんだよ!』
さっきお弁当を乱暴に蹴飛ばされたときのことが脳裏をよぎり、怖くてどうしても身体が動いてくれない。
ガサッ。
突如、足元で物音が響いた。その瞬間、一人が急にこちらへ振り向き、狂気の光を帯びた瞳で私を睨みつけた。
異常な、突き刺さるような殺気に頭が真っ白になった。




