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24. フェルナン・ヴァレット3


「――という状況だ」

「フェル、ありがとう。わかったよ」


 僕は生徒会室でシャルルとアレクシスの三人で打ち合わせをしていた。僕からは、ローラの現状を彼らに伝えたところだ。


「ひとまず状況は落ち着いたということか。だが、学院生活はまだ一年以上ある。気を引き締めていこう」


 シャルルが真面目な顔で言うと、アレクがたずねた。


「国王陛下は何かおっしゃっていたか?」

「いや、父上たちの願いは昔からずっと変わっていない。そうだよな? フェル」

「ああ」


 シャルルの言った“父上たち”には、陛下に加え、陛下の妹でもある僕の母も含まれる。彼らの願い――それは、ローラが平穏で幸せな人生を送り、その生を全うすること。


 するとアレクが誰にともなくつぶやいた。


「しかし……。ローラの過去を知っている私でさえ、彼女と話していると隠しきれない高貴さのようなものをひしひしと感じてしまう」


 彼は続けた。


「ローラがクラスの中で浮いて嫉妬されてしまったのも、不幸なこととはいえ、理屈としてはわかるような気がするのだ」

「そうだな……」


 シャルルはため息をついた。僕は彼のやるせなさの理由がわかったような気がした。


 このヴェルナーサ学院には、貴族と平民に歴然とした身分差がある。そして、貴族間には爵位による明確な格差がある。生徒全員がそれを不文律のものとして受け入れている。


 転校してきたローラは、無意識のうちに男爵令嬢以上の気品と抜群の才能を周囲に示してしまった。ゆえに、事情を知らない貴族の生徒たちは、面白くないというレベルを超えて、彼女のことを脅威に感じてしまったのではないだろうか?


 それもこれも、この国の伝統的な、いや、悪しきと言うべき、身分を至上とする価値観が背景にある。まるで、アヒルたちの中に混ざった白鳥。異質さゆえに、疎まれる存在――。


「ローラのあの才気。努力の賜物でもあるのだろうが――さすがは、あの王弟殿下が唯一残した御息女。君たちの従兄妹というべきか」

「……」


 アレクの言葉にシャルルが黙り込む。


 ローラの実父である王弟殿下は、国王陛下と私の母の実の弟だ――正確には、そう「だった」。もうこの世におられないのだ。王弟殿下は天才肌の才気煥発な御方だったと聞く。ローラもその才覚を受け継いでいるのだろう。


「……性格は似ていないように思えるけどね」


 シャルルは苦笑した。


 王弟殿下は上昇志向も極端に高かったらしく、一部の奸臣に付け込まれ反乱に担ぎ上げられた挙げ句、自害したという過去があった。


 事件は当時、公には伏せられた。国家転覆の重罪として、関わったものは尽く極刑。忘れ形見のローラも修道院行きという、実質の幽閉処置にされたことになっている。


 しかし、実弟の死を嘆き悲しんだ国王陛下は、ローラのことを密かに保護し平民として穏やかな人生を送らせることを決めたのだった。


「もう過去のことさ。……ローラの人生は、ローラだけのものだよ」

「そうだな。それに彼女にはもう家族もいる」


 しんみりと言ったシャルルに、僕は同意した。ローラは今やサヴィーア男爵家の養子。ちなみにサヴィーア家は彼女にまつわる過去を知らず、彼女が男爵家に引き取られたのは全くの偶然だ。


 サヴィーア家には年配の当主と妻がおり、彼らは篤実な夫妻としてよく知られている。


 ローラが貴族の養子になると知って国王陛下は慌てたらしいが、サヴィーア家の名を聞いた後は、彼らなら任せられるとむしろ安心したらしい。ローラも夫妻を慕っており、良好な家庭環境のようだ。


「この学院においてローラを護る。我々はただそれだけに専念すればいい」

「いや、シャルル。君はローラのことを護衛対象ではなく、異性として想っているのではないか?」

「はぁ!?」

「違うのか?」

「な、な、な……!」


 いきなりぶっこまれた質問に、動揺するシャルル。まあ僕も、彼がローラに好意を抱いていることは気づいている。


「お、お前、何を言っているんだ!」

「何を言っているもなにも、君たちはとても仲が良いではないか? 単なる同級生の域を超えておるぞ」

「な、何を根拠に……!」

「君がいつも楽しそうにローラと話している間、私は遠慮して話しかけないようにしておるのだぞ」

「か、勝手に気を使うな!」

「きっとナタリーたちもそうしているはずだ」

「ぐっ……!」


 朴訥に我が国の王太子をじりじりと追い詰めていくアレク。


 お前な……そういうとこだぞ。まったくこいつは、子供の頃から変わらない。


 まあアレクのそういう実直なところが、昔から一緒にいてとても気が楽なのだけど。


「……アレク。まあそれくらいにしとけよ。シャルルだって一人の男なんだ」


 見かねた僕は、持参の水筒で喉を潤しつつやんわりと助け舟を出した。


 やれやれだ。


「おいフェル! お前こそ、なに澄ました顔しているんだ!」

「ん?」

「お前こそエミリーのことを、どう思っているんだ!?」


 ごふっ。


 流れ弾が急に飛んできたので、水筒の水をむせそうになった。


「エ、エミリーだと?」

「ああそうだ! あんなにいつもイチャイチャイチャイチャしながら、何も思っていないとは言わせんぞ!」

「べ、別にイチャイチャはしていないが」

「嘘つけ! エミリーの前でいつも楽しそうにしているくせに!」


 楽しそうに?


 ……その認識はなかった。


「お前はエミリーのことを、どう想っているんだ?」

「……」


 答えられなかった。


「じゃあ、例えば、だぞ。エミリーが別の家から婚約を打診されたとする。そして彼女が受ける。彼女は卒業後にその男と結婚する。そうなったら、フェル。お前はどう思う?」

「……」


 彼女の笑顔、それが他の男のものになる――。


 その途端、心の中に今まで覚えたことのない強烈な、殺意に近い負の感情がたちまち湧き上がってくるのを感じた。


「……」


 ――そうか。


 僕は彼女とずっと一緒にいたいと思っているのだ。


 なぜなら僕は、エミリーのことを。


 もう――。


 しかしそのとき、ベアトリスとの婚約の話を思い出した。


「……」


 まるで地の底に落ちていくような気持ちになった。


「……おい、フェル。悪かったよ。言い過ぎた」

「いや。そういう話なら、先日出たよ」

「なに?」

「……僕の方にだけどね」

「……」

「父から婚約の話をされた」

「その相手は、もしや……。ルーレアン公爵家のベアトリスか?」

「ああ。そうだ」

「うわぁ~~~!!!」


 僕が重々しくうなずくと、二人は同時に天を仰いだ。


「あの家なら、フェルか私との婚約を真っ先に望むだろうな……!」


 シャルルが苦々しげに言った。


 ベアトリスの実家であるルーレアン家は、歴史ある典型的な貴族。婚約者の候補として、僕が真っ先に上がったのは必然だった。シャルルという可能性もあったのだが、彼の婚約相手については国王陛下もまだ決めかねているらしい。ならば、僕しかいない。


「フェル……どうするつもりだ?」

「自分の生涯の人は、自分で決めたいと思っている」


 自然と口が開いていた。


「でも、エミリーが、僕と……」


 少しずつ言葉を紡いでいく。


「僕と同じように思っているかは、わからない」


 自分の中でまだ整理されていない、こんがらがった糸のような気持ち。それを一本一本、丁寧にほぐすように。


「でも。もしエミリーが僕と同じ気持ちになってくれるなら――」


 顔を上げた。


「僕は何だってするさ」




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