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22. わが家にようこそ


「駄目、無理……!」


 数学の授業が終わった瞬間、私は机に突っ伏した。幾つかある苦手科目の一つが数学だ。前から苦手だったけれど、最近は拍車がかかっている気がする……。記号と数字の嵐が私を苦しめるのだ。


 そういえば、生徒会のジャンは数学が得意らしいんだっけ。本当に羨ましい限りだ。


「もうエミリーったら、大丈夫?」

「次は小テストもあるらしいじゃない? 憂鬱だわ……」


 もう嫌になって誰かに甘えたい気持ちだったので、大袈裟にため息をつきながらチラッ、チラッとローラを見る。彼女は困ったような笑顔を浮かべていた。


「まだ時間はあるじゃない。ねぇエミリーお嬢様、私めが家庭教師をいたしましょうか?」

「え!? 本当ですか!? ローラ先生!」


 私の髪を優しく撫でながら言った彼女の言葉を聞き逃さず、ガバリと顔を上げた。


「先生! 週末のご予定は!?」

「せ、先生って……。大丈夫だけど」

「なら、私の家で勉強会やらない!?」

「えっ? エミリーのお家にご迷惑じゃない?」


 ローラだって自分の勉強があるだろうから、邪魔することになっちゃうかもしれない。しかし今は緊急事態だ。どうしても助けが欲しい。遠慮がちな彼女だけど、嫌がっている気配はない。


 あと一押しで落とせそうな気がした。しかも私には、押す材料があるのだ……!


「あのね。実は最近見つけた美味しいお菓子があるの。ローラにもぜひ食べてほしいなあって」

「えっと、お菓子を食べる話だったっけ?」

「それにね」

「それに?」

「私はついに、学食の例の燻製肉を発見し、買い上げました!」

「えっ!?」

「ローラ様はあの燻製肉、大層お好きでいらっしゃいましたよね~?」


 お肉の件はお弁当にして彼女に食べてもらおうと温存していたのだけれど、出すなら今だ。


「それにしてもエミリー、よくそんなこと覚えてたわね……」

「当然よ! 今ならわが家で食べ放題です! ……いかがかしら?」

「……」


 その後もローラを籠絡せんとあの手この手で説得した。その甲斐あって、次の休日に彼女はわが家を訪れることになった。




「――失礼いたします。ローラ・サヴィーアと申します」

「ローラ!」


 休日にわが家を訪れたローラのことをメグミと一緒に出迎えた。


「ローラ様。いつもお嬢様と仲良くしていただき、どうもありがとうございます」

「とんでもございませんわ。私こそ、いつもエミリーに助けてもらっております」

「本日はどうぞごゆっくりなさってください」

「ありがとうございます」

「お姉さま~。あら、お客様ですか?」


 アメリが姿を現した。


「ローラ。妹のアメリですわ」

「はじめまして、アメリさん」

「はじめまして。アメリ・ランベーヌと申します」


 妹は丁寧にローラに挨拶した。


 おお、マナーの勉強の成果が出ているじゃないか。頑張っているな。お姉さまは嬉しいぞ。


「エミリーったら、こんなに可愛らしい妹さんがいたなんて」

「ローラ様、お会いできて嬉しいです!」

「あら、アメリさん。私のことをご存知ですの?」

「はい、お姉さまったら、いつもローラ様のことばかり話されていますのよ。今日は一緒にお弁当を食べたとか、一緒に魔術の実技をしたとかって。あとは――」

「ちょ、ちょっ!」


 こ、こら、アメリ! お止めなさい!


 姉の日頃の行いをあけすけに語る妹に焦る。


「ふふっ! 嬉しいわ!」

「ローラお姉さまも生徒会役員なのですよね? お忙しいですか?」

「そうね――」


 たちまち懐いたアメリは質問を浴びせ始め、ローラはお姉さんな感じの優しい対応をした。


「……アメリ。いいかしら?」

「はい」

「今日はローラさんにお勉強を教えていただくために、わざわざお時間をいただいて来てもらっているの。私たちはそろそろ勉強するから、ね」

「はい……お姉さま……」

「ほらほら、アメリお嬢様。お部屋にお茶をご用意しますから」


 メグミがしょんぼりしたアメリを連れ出していく。


 まったく……。身内の奇襲には気をつけねば。


「ごめんね、ローラ」

「ううん、いいのよ」

「ローラって、結構お姉さんっぽいのね」

「そう?」

「そういえば、ローラには妹さんや弟さんって、いるんだっけ?」

「あ……うん……」


 彼女はわずかに目を泳がせた。その瞳には、一瞬だけさみしげな色が浮かんだような気がした。


「……」


 聞いちゃまずかったかな……。


「ねぇローラ、私の部屋はこっちよ」

「うん!」


 さあ、勉強勉強。




「――それでね、ここなんだけど……」

「うんうん」


 私の部屋で勉強を始める。理解が怪しい箇所の洗い出しを事前にしておいたのだけど、それだけでも結構な量だった……。私、本当に大丈夫? 


 でもローラは理路整然と解説をしながらポイントを優しく教えてくれた。


「ありがとう! ローラ!」

「どういたしまして」


 彼女の聡明さにあらためて感銘を受けてしまう。おかげで今日の予定をあっという間に半分以上消化した。しかし、脳がさっきから「救援を! 至急救援を!」と叫び始めていた。


 ……そう慌てるでない。今から褒美を授けようぞ。


 そう、糖分という名のね――。


「ねえローラ」

「ん?」

「そろそろお茶にしましょうか?」




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