21. ジャン・ルカ1
俺の名はジャン・ルカ。
あのヴェルナーサ学院の特別クラスの二年生だ。みんな憧れの生徒会に所属して会計を担当している。さらにわが家は由緒ある伯爵家。しかも俺は、子供の頃から周りよりも勉強ができた。地元では神童だなんて言われて、ずいぶんモテたものさ。
フッ、すごいだろう?
……なんてね。冗談だよ。
自分なんか凄くともなんともないんだ。
学院に入るまで調子に乗っていたのは本当。でも俺は、入学早々に鼻っ柱を見事にへし折られた。
まず同級生に、シャルル王太子殿下がいた。
あの、王太子殿下だ。
見た瞬間に平伏したくなるようなやんごとなきオーラを漂わせ、しかも噂通りに俊才で明るくて、さらに徳まで兼ね備えていらっしゃいやがる。
しかも凄いのは、王太子殿下だけじゃないときた。
筆頭貴族ヴァレット公爵家、現宰相様の嫡男のフェルナン。
あいつはこれまで、学年テストで一位か二位以外を取ったことがない。でも、一位をとっても全然嬉しくないのか、いつも無表情な、よくわからないやつ。
最後に、武の名門と誉れ高いアーランド侯爵家のアレクシス。
とんでもなくデカくてガタイがいい。しかも、学院の歴代競技記録をいくつも更新する天才的な運動能力を持っていた。その迫力に俺は最初、ビビり散らかしたもんだ。
入学して早々、女子たちの人気は彼らに三分された。
よりによって、なんでこんな奴らと同級生になっちゃうかなぁ……。俺なんて、その他大勢ですよ、大勢。
でも嫉妬の気持ちなんて、そもそも彼らと住む世界が違うというのもあるけど、即消えた。だって、三人ともメチャクチャ良い奴らだったから。
特にフェルナン――。
俺は一年生の頃、苦手な科目に手を焼いていた時があった。クラス内は競争が激しい。だから、焦っている俺のことを周りの奴らは楽しそうに見てたもんだ。そしたら、頼んでもいないのにフェルナンだけは気にかけ、さりげなく助けてくれた。
フェルナンに助けられた生徒は俺だけじゃない。あいつは困っているやつを目敏くみつけると、そっと助ける。生まれながらに全てを手にしているような奴なのに、なんでそんな優しいのかな……。
俺が「自分には生まれつき才能がない」って愚痴っていたら、フェルナンは一度だけこんなことを言った。
『人は血だけで決まるわけじゃない』
――俺は次第にあいつと一緒にいるようになった。
あいつは作り笑いばかりで本当は無表情だから、気持ちを読み取るのが難しいんだけど、嫌がられているわけでもなさそうだったから、いいかなって。
フェルナンと過ごしている内に、二年生になった。そしたらあいつは、学院の象徴たる生徒会に入るっていう。あいつのことを手伝いたくて、当時の生徒会の諸先輩方に掛け合って、なんとか生徒会に入った。
そんなある日。最近のことだ。生徒会にメンバーが二名、突然加入した。
一人はローラ・サヴィーア。
彼女は最近転校したばかりなのに、学年テストでいきなりトップを取ったバケモンだ。噂は聞いていたのでどんなガリ勉なのかと思っていたら、華奢で可愛らしい女の子だったので拍子抜けした。
ローラと一緒に生徒会の仕事をして、俺は驚いた。とにかく理解が早い早い。たぶん頭の出来が違う。覚えたての会計の仕事をとんでもないスピードでこなしていく。計算の速さなら誰にも負けないつもりだったけど。また敗北を知る俺。
でもいいんだ。上には上がいることなんて、もうとっくに知っているからね。
それに上手く説明できないけど、ローラからは「高貴さ」っていうのかな? ただの貴族を超越するような独特のオーラがある。彼女はシャルル会長と話している時も、気品を保ちながら自然に堂々と接している。シャルル会長も対等に話してくれる女子がいることが嬉しいのか、二人の仲はいい。まるで彼らが昔からの知り合いだったかのような錯覚を覚える。
――そしてもう一人は、エミリー・ランベーヌ。
エミリーが生徒会に入る直前、シャルル会長の指示で彼女に荷物を届けたことがあった。そのときは、礼儀正しい子だなって印象を持った程度だった。噛みながら自己紹介をしている彼女を見たときも、ちょっと上がり性なのかなって思ったくらいで、特段変わったところのない普通の女の子。
しかし、エミリーが来てから、生徒会に大きな変化が起きた――。
正確には、フェルナンが変わった。
いつも作り物の顔のあいつが、エミリーと話す時だけは、柔らかな表情になる。そして時々だけど、なんと、笑うようになったのだ。それは、キャーキャー言ってくる女子生徒をあしらうときに、あいつがいつも浮かべる作り笑いじゃないんだよ。自然なスマイルなんだ。
フェルナンの変化に驚いているのは俺だけじゃない。
あいつの幼馴染のシャルル会長やアレクシスが、「あそこで笑っているあいつは、どこの誰なんだ?」と困惑しているくらいだ。
エミリーはフェルナンの変化に気づいているのかな?
いや、彼女は以前のフェルナンのことをよく知らないだろうから、気づいていないかもしれない。それに彼女はとにかく仕事を覚えたい、こなせるようになりたいって、必死な感じだし。
ナタリーも言っていたけど、彼女の良いところって、自分の手が空くと今度は他の誰かのために何かできることがないか、探そうとするところなんだよね。
フェルナンとエミリーはいいコンビだ。例えば、こんなシーンをたまたま見かけたことがあった――。
フェルナンが立ち上がろうとしたら、エミリーがすっと書類を差し出す。彼は微笑んで書類を受け取ってうなずき、座り直して仕事を始める。一方彼女はというと、無駄に洗練された無駄に淀みない動作で今度はお茶をそっと差し出す。お茶を微笑みながら受け取ったフェルナンは、仕事に集中しながらお茶を普通に飲む。
エミリーを見ると、ニヤリと笑っていた。
……なんなんだよそのやり取り。思わず吹き出しそうになって、こらえるのが大変だった。
あと、驚きもあった。持参した水筒か、あいつの家から派遣されている使用人のお茶以外は絶対に口にしないあいつが、エミリーが淹れたお茶を何事もなく飲んでいたからだ。
二人の間には、理解と信頼に裏付けられた意思疎通があるんだよな。俺なんか、フェルナンが普段何考えているなんてわからないのに。
だけど俺は、フェルナンが誰よりも努力家だということは知っている。
あいつは学園一の秀才としてみんなから羨ましがられ、本人も当たり前のように難なくこなしているというイメージがある。しかしあいつと一緒にいれば、実は決して器用なタイプではなく、苦手なことは全部努力で乗り越えてきたんだってわかる。
みんな知らないと思うけどね。
とびっきりピカピカで華やかなのに、本当は日陰で一人ぼっちであがいているようなやつ――。
……そこに俺は、強い尊敬の念を感じているんだ。
フェルナンは将来、御父上の後を継ぎ宰相になるのだろう。そのプレッシャーはどれだけのものなんだろうな……。
きっとあいつは、子供の頃からそれをずっと感じながら生きてきたはずだ。最近は家で勉学だけでなく、宰相様の仕事の手伝いも始めているらしい。ちゃんと寝ているのだろうか? 俺は心配でしょうがない。
いつも自分を追い込みがちなフェルナンには、エミリーのような人が絶対必要だと思う。
えっ? 家格の差?
う~ん、それを言われると痛い。この国は家柄にやたら厳しいからなぁ。
何とかならないものかと部外者ながら思う。とにかく、俺は二人の仲を引き続き見守りたい。
生徒会室の二人のやり取りをこっそり見てはまた吹き出しそうになりながら、俺はいつもそう思うんだ。
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