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19. 同じ人間


「おかえりなさい。エミリー」


 帰宅したらお母様が待っていた。


「ただいま戻りました。こちら、買ってきましたの」


 お母様にお土産を渡す。


「あら! これ『ピエール・カレナ』のじゃない?」

「お父様の分はご調整のほどを」

「うん、わかっているわ」


 私の意図が通じたらしく、お母様はニヤリと笑う。お父様の分は少なくなりそうだ。


「それにしても、エミリーったらずいぶんと良いお店に連れていっていただいたのねぇ。その様子だと、とっても楽しかったみたいね」

「え、ええ……。あ、そういえば、アメリはどこかしら?」


 ニコニコしているお母様から追求されないよう、私は妹を探した。


「アメリなら午後から習い事に行っているわよ」


 どうやらアメリは、他の貴族の家に勉強のため出かけているらしい。いつも元気な妹は、来年からヴェルナーサ学院に入ることをとても楽しみにしている。


 そのためアメリは、今から科目の予習やマナー学習など、色々と凄く頑張っているのだ。


 昔はわがままで、やんちゃだったのに。もうすっかり大きくなったんだなぁって思う。


「じゃあ次は階段をお願いね! 私は食堂の方をするわ!」


 お母様と話しているとメグミの声が聞こえた。バリバリ働いていて忙しそうなので、メグミにお土産を渡すのは後にしよう。


「じゃあエミリーはお昼はいらないわね?」

「はい、大丈夫です」


 これ以上食べたら本当に牛になってしまう。私は大人しく自室に戻った。




「ねぇメグミ、いま大丈夫?」

「あ、お嬢様」


 使用人たちのおやつ休憩の時間を見計らってメグミに声をかける。


「あらあら、お嬢様ったら、そんなに楽しそうにされて」

「え? き、気のせいよ」


 ……私の顔はさっきから、そんなにニヤけているのだろうか。


「デートはいかがでしたか?」

「生徒会の用事よ。無事に終わったわ」

「それはよろしゅうございました」


 メグミは嬉しそうに続けた。


「フェルナン様を初めてお見かけしましたけど、とても紳士的で、誠実そうなお方でしたね」


 メグミはさっき、馬車から降りたフェルナン様のことを近くで見ている。


「もちろん御主人様たちは例外ですが……。私、貴族の方って、プライドがやたらと高くて、どこか高慢というか、近づきづらいというか、そんなイメージを勝手に持っていました」


 メグミは語る。


「でも、フェルナン様のような素敵な方もいらっしゃるのですね。私、認識を改めました」

「フェルナン様はただの貴族じゃないわ。筆頭貴族の、あのヴァレット公爵家のご令息なのよ」

「ええ、ならば尚更。お立場だけでなく、才徳兼備の御方なのでしょうね。お嬢様が夢中になってしまうのも致し方なしかと」

「もう、何言ってるのよ!」


 あ、そうそう。メグミのペースにつられて本題を忘れていた。


「メグミ。今日は朝早くからどうもありがとう」


 買ってきたお土産を渡した。


「まあ、ありがとうございます! うわー! とっても素敵なお菓子ですね。嬉しいです!」

「ねぇメグミ、今から休み時間よね? 一緒に食べない?」

「かしこまりました。お部屋にすぐ準備いたしますね」


 主人と使用人は本来、食事を共にするものではない。


 しかし、わが家に長年勤め、私にとって家族のような存在であるメグミとは、時々こっそりお茶などをしているのだ。


 メグミは私の部屋のテーブルにお茶の準備をしてくれた。


「お嬢様、お待たせいたしました」

「ありがとう」


 お皿には茶、赤、白、黒などの色とりどりの焼き菓子が並べられていた。椅子に座ると、香ばしい小麦粉と甘い砂糖の香りがほんのり漂う。


「あ、メグミ。このクッキー食べてみて。すっごく美味しかったから」

「では早速。いただきます。……んふぅ。わぁ! これはたまらないです!」


 二人でわいわいと茶菓子を楽しみながら、私はメグミに今日の出来事を話した。


「フェルナン様って、あまり女性とお付き合いとかされてないのかしら?」

「そうかもしれませんわね。それだけのお立場ですと、周囲の注目も大きいでしょうから。私から見ても、軽率なことをされるような御方ではないように思えました」

「うん」

「ちなみに、フェルナン様には婚約者はいないのですよね?」

「いないと思うわ」


 私が二年生になってから、「婚約者が決まった」と嬉しそうに話す周囲の声をよく耳にするようになった。三年間の学院生活も、折り返しを過ぎたからかな。


 だけど学院の憧れの的三人衆こと、シャルル会長に、ふぇ、フェル様、そしてアレクシス様には、そんな話を聞かない。


 まあ、やんごとなき方々なので、実は水面下で話が進んでいたりするのだろうか?


「お嬢様。お話を聞く限り、フェルナン様は脈ありなのではないでしょうか?」

「えっ?」


 手に持っていたお菓子から粉がパラリと落ちた。


「そんなはずないでしょ……。私はただの一般クラス、フェルナン様はエリートの特別クラスだし……。そもそも、公爵家と男爵家じゃお話にならないわ」


 自分で言っていて悲しくなるけど、しがない「貴族もどき」の一生徒としては、正しい認識のはず。


「爵位についてはそうかもしれません。そのことについて、お嬢様のご意見に反対しようがありません。でも……」

「でも?」


 メグミは私のことをまっすぐに見つめた。


「私は、フェルナン様からエミリー様と同じく……年齢相応というか、普通の学生らしさのようなものも感じましたよ。確かにとても知的で、大人びた方だとは思いました。あんな見目麗しい男性も私、見たことはございません。でも……とても真面目で優しそうな普通の若者だな、とも思った次第です」

「そうなんだ……」


 メグミの意見は意外だった。彼女は確か二十五歳のはずだけど、時々、もっと年を重ねた人のような、どこか深みのある発言をすることがある。


 でも、私にとってフェル様は、多少親しくなったとはいえ、相変わらず雲の上の存在だと感じてしまう……。


「何を言いたいかと申しますと、お嬢様もフェルナン様も、同じお年頃の同じ人間。家格とか、そういったものを越えて、わかりあえるものがきっとあるはずです」


 同じ人間、かぁ。学院の憧れの的と、つい最近まで完全ぼっちだった地味な私とでは、全然違うと思うんだけどな……。


 それでも、私のことを励まそうとしてくれるメグミの優しさが、凄く嬉しかった。




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