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18. フェルって呼んで


「ナタリー様!」


 休日に思いがけない人に会って驚く。生徒会メンバーであるナタリー様は、今日も美しい笑顔を浮かべていた。


「もう、エミリーったら、様付けはやめてって、前から言ってるでしょ」

「あ、つい癖で……」

「私たち同級生だし、何より友だちじゃない?」


 ――友だち。


 えへへ。


 けれどナタリーにはつい、まだ様付けしてしまう。彼女とは同い年だけど、生徒会の在籍期間では先輩だし、きっぷがよくて、とても頼れる姉御肌だから。


「ナタリーはこれからお食事?」

「そうよ。エミリーは確か、今日は商業ギルドに行くのよね。おつとめはこれから?」

「さっき無事終わったわ!」

「よかったわね、さすがエミリー! お疲れさま」


 ナタリーに褒められて嬉しくなる。ちなみに彼女は、細身のデザインの私服を素敵に着こなしていた。やっぱり美人だなぁ。


「ナタリー、こんにちは」

「あらフェルナン。あ、エミリー、紹介するわ」


 ナタリーの隣にいる男性が会釈をした。


「私の婚約者、ルイゾンよ」

「はじめまして」

「は、はじめまして、二年生のエミリー・ランベーヌと申します」

「よろしく」


 ルイゾン様はとても優しそうな人だった。そういえばナタリーには、一歳年上の婚約者が学院にいると、以前聞いたことがあった。


「ルイゾン先輩、お久しぶりです」

「おお、フェルナン君、久しぶりだ。生徒会は順調かい?」

「はい、おかげさまで。先輩からいただいた引き継ぎ資料にも、大変助けられております」

「とんでもない。学院一の秀才にかかれば簡単なことだろう」

「いえいえ」


 フェルナン様たちは親しげに話している。


「ねえルイゾン。エミリーは最近生徒会に入ってくれてね、私たち、とても助かっているのよ」

「そうか、ありがとう。ナタリーのことを頼むよ」

「は、はい」


 恐縮してしまう。むしろ、ナタリーにはいつも助けてもらってばかりだ。


「エミリー。そのワンピース素敵ね、とても似合ってるわ」

「あ、ありがとう、ナタリー」


 服装を褒められ、今日の自分が全力でおめかししていることを思い出し、急に恥ずかしくなる。


「エミリーはこのお店はよく来るの?」

「いえ、今日が初めてよ」

「どう? お店は気に入った?」

「うん! とっても美味しかったわ!」

「よかったわ。私はこのお店が好きで、よく来ているの」


 ナタリーはフェルナン様の方を向いた。


「それにしても、フェルナンがこのお店に来ているのを私、初めて見たわ。ましてや女性を連れているところなんて」


 えっ? フェルナン様もこのお店は初めてだったの?


「いや、ね……」


 フェルナン様はちょっと恥ずかしそうに言った。


「僕はあまり、こういうお店に詳しくないんだ。ナタリーがここの話をよくしていたものだから、今日行ってみようと思い立ってね」

「もう。どうせフェルナンのことだから、休日も家で勉強しているか、宰相様のお手伝いばっかりしてるんでしょ? たまには羽を伸ばさなきゃダメよ」


 私は驚いた。自分の妄想は誤りだったらしい。よく考えてみれば、フェルナン様はめちゃくちゃ真面目だ。


 前に私にかけてくれた治癒魔法だって、才能だけじゃなく、裏で相当努力していなければできない代物だったと思う。


 まして、宰相様のお手伝いまでしているなら、女性と豪華絢爛で愛憎入り交じったなんちゃら……なんて、やっている暇はないはずなのだ――。




「今日はどうもありがとうございました」

「どういたしまして。こちらこそ、ありがとう」


 お店を出た私は、フェルナン様にお別れの挨拶をした。胃も「満足であります!」といわんばかりに満たされている。徒歩でのんびり家までと帰ろうかなと思った矢先。


「こっちだよ」

「え?」


 フェルナン様が指差した先には、やたら豪奢な馬車が停まっていた。


「送るよ、エミリー」

「け、結構ですわ」

「遠慮しないで。せっかくお店の前まで呼んだのだから、乗っていきなよ。あ、それとも、君の家の馬車をもう用意してある? だったらそこまで送るよ」

「いえ、歩いて帰ろうかと……」

「僕のことを、若い女性を一人で帰らせる男にしないで。ね?」


 う……。


 フェルナン様に可愛らしく首をかしげてお願いされたら、断れない……。


 それにしてもいつの間に。フェルナン様は、中央広場の近くに停めておいた公爵家の馬車を、お店の人に頼んで呼び寄せておいたみたいだ。


 馬車のドアには公爵家の家紋らしきものものが、黄金で飾られていた。わが家は男爵家の中では比較的裕福な方なのだけど、グレード感が全く違う……。


 馬車の扉が開く。優しげに微笑むフェルナン様から差し伸べられた手を、めちゃくちゃドキドキしながら掴む。さっき食事のとき、彼のオーラにようやく慣れたような気がしていたけど、やっぱり気のせいじゃないか……。


 公爵家の馬車は内装も素晴らしかった。感じる振動の少なさも違った。


「お菓子はエミリーのご家族に渡すの?」

「はい。ただ父は最近、節制が必要でして……。渡すかどうかは、ちょっと悩みどころです」

「ハハハ。御父君がさみしがってしまうんじゃないかい?」


 そんな風に話している内に、馬車はあっという間にわが家のすぐ側まで来ていた。


 もう着いちゃうのか……。


「フェルナン様。それではまた学院で」

「……」


 あれ? フェルナン様から返事がない。なんか不味いこと言っちゃったかな? 慌てて彼を見ると、その瞳にはわずかな不満のようなものが浮かんでいた。


「……エミリー。僕は君と同級生だよね?」

「ええ」

「しかも毎日のように一緒に、生徒会の仕事もしている」

「はい」

「ナタリーよりも僕の方が、君と過ごした時間は長いはずだ」

「ナ、ナタリー? まあ、そうかもしれませんわ」


 フェルナン様は物凄く真面目な顔で言った。


「フェルナン様、ではなくフェルでいい」

「えっ?」

「僕のことはフェルって呼んで。ね? エミリー。君には、そう呼んで欲しい」

「ええぇー!?」


 そ、それはちょっと……!


 フェルナン様のことをフェルと呼ぶ人は、私の知る限り、シャルル会長とアレクシス様だけだ。


 難色を示す私と、私を説得しようとするフェルナン様との攻防がしばらく続いたところで、馬車が止まった。わが家に着いたのだ。メグミたちがこちらに向かってくるのが見えた。


「また来週ね」

「……はい。ふ、ふぇ、ふぇぇ、フェル様……」

「ふふっ。またね、エミリー」


 馬車に再び乗り込み去っていくフェルナン……もといフェル様を、私はずっと見送ったのだった。




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