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15. はじめてのおつかい


 生徒会室で、シャルル会長が私たちに告げた。


「学院祭のバザーの打ち合わせのため、今週末に商業ギルド本部を訪問したい」


 学院祭はチャリティーイベントを兼ねていて、その名物の一つがバザーだ。生徒有志の出店に加え、王都の業者による臨時販売店も並ぶ。仕入れをはじめとする運営は、学院と商業ギルドが協力して行う本格的なものだ。当日は一般開放もされるので、バザーを心待ちにしている王都の人びとも多いという。


「二名で訪問すると商業ギルド本部には伝えてある。私の都合で休日になってしまってすまないが――」

「ちょっと待ってくれ、シャルル」

「フェル、どうした?」

「君が行くつもりなのか?」

「ああ、そうだが」

「僕が代わりに行くよ。王太子である君が出向いたら、先方も気後れしてしまうだろうからな」


 い、いや~。


 筆頭貴族であるヴァレット公爵家の彼が行っても、気後れされちゃうんじゃないかしら……。


「ハハハ。なるほど、わかった。フェルの予定は大丈夫なのか?」

「問題ないよ」

「なら――」


 シャルル会長はなぜか私の方を向いた。


「実は、可能ならローラかエミリーに同行してもらおうかと思っていた。フェルが行くなら、今回はエミリーだな!」

「え!? 私ですか?」

「そうだ。生徒会は普段の福祉活動などでも商業ギルドとはよく関わる。今の内に顔合わせをしておいた方が、君とってもいいと思う。休日になってしまうが、予定はどうだい?」

「だ、大丈夫です」

「すまないね」


 こうして私は、週末にフェルナン様と一緒に王都の商業ギルドを訪問することになった。




 ――ぱちり。


 週末の早朝。目を覚まし窓の外をのぞくと、空はよく晴れ渡っていた。


「……」


 今日のフェルナン様との予定を思い出し、身体が早速緊張し始めていた。いや実は、昨日から緊張していてあまりよく眠れなかった……。


「お嬢様、おはようございます」

「おはよう」


 侍女のメグミがモーニングティーを用意して現れた。


「よく眠れましたか?」

「ううん、あんまり」

「あらあら。こちらをお召し上がりください」

「ありがとう」


 目覚めの紅茶をベッドの上で飲む。胃に温かいものが入り、気持ちがホッとして目も徐々に覚めてくる。


「さあお嬢様! 戦支度と参りましょう!」


 メグミはやたら張り切っていた。


 いや今日は、戦場じゃなくて商業ギルドに行くだけなんだけど……。


 しかし、有無を言わさず風呂に放り込まれ、入念に全身を洗われた後はマッサージ、そしてフェイシャルエステへ。メグミは昔から美容技術が高いのだ。


 とっても気持ちいいんだけど……。


 きょ、今日は、その。


 デ、デートとかではなくってよ。


「ね、ねえ、メグミ。ちょっと気合入り過ぎじゃない?」

「なにをおっしゃいますこと。美容は女の武器ですわ」


 メグミは手を止めない。さりげなくいつもと違う髪型にセットされる。前髪を下ろしたままにすることだけは死守した。お化粧も自然だけど入念にさせられる。


「お嬢様はお肌が白くて、メイクのしがいのあるお顔ですわ!」


 ……肌が白いと言われるのは嬉しいのだけれど、化粧しがいのある顔って誉め言葉なのかしら? 


 お気に入りのワンピースを着て鏡の前に立つ――。


「お嬢様! よくお似合いですわ!」

「そ、そう?」


 一応は清楚風な、感じ、にはなったかな?


 地味さは拭えないとはいえ、気持ちが上向いた。


「ささ、こちらをお召し上がり下さい」

「ありがとう」


 パンにハムとチーズ、そして野菜を挟んだものをメグミは用意してくれていた。休日はいつもお父様たちとゆっくり朝食をとるのだけれど、商業ギルドでの打ち合わせはお昼前なので部屋で簡単に済ませた。


 筆記用具がバッグに入っていることを確認し、部屋を出る。廊下を歩いていたら、お父様と妹のアメリにばったり出くわす。


「おはようございます。これから出かけてまいります」

「そうか。気を付けてな。ん? ……おや、一体どうした? そんなにおめかしして?」

「お姉さま素敵! どちらにお出かけなさるの?」

「ま、ま、まさか……!」


 怪訝そうな顔をしていたお父様が、急に絶望の表情を浮かべた。


「わ、わかったぞ!」

「えっ?」

「あ、あ、逢引だな、逢引だろう!?」

「ええっ!?」

「絶対に逢引だ! 逢引なんて、父は聞いていないぞぉぉぉ!」

「え!? お姉さま、これから逢引なのですか!?」

「逢引なんて! 父は許さん!」


 ちょ、ちょっと二人とも。朝から逢引なんて言葉を連呼しないで。


「いかん! いかんぞ、エミリー!」

「……」


 勝手に狼狽するお父様。娘の私が言うのもなんだけれど、お父様は少し親バカなところがある。


 去年、ジェレミの家から一方的に許嫁を解消されたときも、「……エミリー、いいんだ。これでいいんだ。これからはもう、ずっと家にいなさい」なんて言っていたし、それ以来、婚約の話などは一切私に持ち出さなくなっていた。


「――なんです? 騒々しいこと」

「お母様」


 わが家の冷静担当の母が現れたのでホッとする。


「あれっ?」


 お母様は私を見て目を丸くするとつぶやいた。


「逢引?」


 お母様……。


「……違いますわ。これから生徒会の所用で出かけてまいります」

「あらそうなの。そういえば昨日、そんなこと言っていたわね。ほらほら、あなた、アメリ。朝ご飯を食べましょう」


 子供は早く帰ってくるんだぞ~!とか叫んでいるお父様たちを追い出したお母様たちに見送られる。


「お嬢様! ふぅぅあいとぉ~! っいっぱぁ~つ!」

「エミリー、素敵よ。頑張ってね!」


 メグミは拳を力強く突き上げながら聞いたことのない不思議な掛け声で激励し、お母様はニコニコと微笑んでいた。


 ……だから、生徒会活動だってば。




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