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11. 乙女ゲーム


「――ただいま戻りました」


 不安と緊張の生徒会初日は結局あっという間に終わり、私は帰宅した。


「おかえりなさいませ」


 侍女のメグミに迎えられながら自分の部屋に着くと気持ちがほぐれ、喉の乾きを感じた。お父様が仕事から帰ると、いつもすぐにお酒を一杯飲みたがる気持ちが、ほんの少しわかってしまったような気がした。


 もしかすると、これが「大人の階段」ってものなのかしら?


「ねぇメグミ、何か飲めるものをいただける?」

「かしこまりました」


 メグミが持ってきてくれたハーブ入りの特製オレンジジュースをコクコクと飲んだ。


 ぷはー。


 喉を潤して気持ちが落ち着いてくると、思い浮かぶのはフェルナン様のこと。


「……」


 ……おっと。ぽやっとばかりしてはいられない。勉強しなくては。生徒会メンバーなのに落第なんてことになったら、目も当てられないからね。


 復習や課題をしばらくしていると夕食の時間になる。食堂に行き、両親や妹たちといつも通り食事をとる。


 お父様が使用人に声をかけた。


「ワインをもう一杯もらえるか?」

「いけません。あなた、最近少しお太りになっているでしょう」


 おおっと。今日もお母様のブロックが光る。


 好きなものを食べたり飲んだりし続けたら、いずれ太る。


 この世の悲しい摂理である。


 シュンとしているお父様と、そんなお父様に容赦なくお水を飲ませたお母様に向かって、私は話し始めた。


「お父様、お母様、ご報告があります」

「ん? どうした? エミリー」

「私、生徒会に入りましたの」

「は?」

「えっ?」


 お父様は危うく水のグラスを落としそうになり、お母様のフォークからレタスがはらりと落ちた。


「エ、エミリー、そ、その生徒会って、あの生徒会のこと?」


 お母様がよくわからない聞き方をしてきた。まあ言いたいことはわかるけど。


「はい」

「まあ!」

「エ、エミリー! 本当か!?」

「お姉さま! 凄いわ! 凄い凄い!」


 お父様たちは歓喜の声を上げ、妹のアメリはおおはしゃぎし始めた。生徒会に入ることは昨日の時点でわかっていたのだけど、自分でも信じられない状態だったので、事後報告になってしまった。


「あなた……!」


 お母様が感極まった顔でお父様を見つめ、お父様はがばりと席を立ち、お母様の席まで歩み寄って行く。


「エミリーったら、すっかり立派になって……」

「そうだな、そうだな……。私もエミリーはできる子だとずっと思っていたよ」

「ああ……!」


 お母様がなんと泣き出し、お父様はお母様を抱きしめた。


 あのですね、今回の件は偶然が重なっただけです……。


「ああ神様! なんということだ! 感謝いたします! いや、でも待てよ……。生徒会にはあのシャルル王太子殿下もいらっしゃるのだろう? 大変名誉なことだが、これは大変だ」

「そうですわね。エミリー、失礼のないようになさいね」

「かしこまりました。ただ、シャルル王太子殿下はお噂通り、とてもお優しく、気さくな御方でございましたわ」

「お姉さま! シャルル王太子殿下とお仕事されるの!? 素敵!」 


 お母様と同じ美しい瑠璃色の髪をした妹のアメリは、その大きな瞳を輝かせた。


「あ~もう! 来年の入学が楽しみ! 早くお姉さまと一緒に学院に行きたいわ!」


 胸の前で手を組んでうっとりしているアメリ。二つ下の彼女は、来年からヴェルナーサ学院に入学する予定だ。


「ねえねえ、お姉さま!」


 興風したアメリから生徒会の様子をたくさん聞かれた。いや、あのね、お姉さまもまだよくわかってないから……。


「何にしろ、目出度い! 今日はお祝いだ! 秘蔵のワインを開けよう!」

「ええ! 私もいただこうかしら?」

「……」


 どさくさに紛れておかわりを確保しましたね、お父様。




「――無事に初日のおつとめが済んで、ようございました」


 寝る前の私の支度をしながら、侍女のメグミが言った。昨日の夜、不安な気持ちでいっぱいだったので、彼女には先に打ち明けていたのだ。


「私の故郷には、『あんずるよりうむがやすし』という格言がございました」


 私の髪をとかしながら微笑むメグミ。聞いたことのない格言だ。鏡越しにたずねた。


「あ、あんず……? それってどういう意味なの? アンズって酸っぱいけど美味しいよね、ってこと?」

「ほほほ。初めてすることは、誰もがとても不安な気持ちになるものですが、実際にやってみればどうにかなる、という意味ですわ」


 そう語るメグミは、どこか懐かしい表情を浮かべていた。


「へぇ~。でも、不安っていうか……。これからみんなの役に立てるのかなって、やっぱりまだ心配なの」

「お嬢様なら大丈夫です。それに、皆さんお優しい方々だったのでしょう? 今は徐々に慣れていけばよろしいかと存じますわ」


 慣れていけば、か。


 フェルナン様も「少しずつ慣れてくれたらいいんだ」と言ってくれたことを思い出した。


「まあ、私の人生では生徒会には縁が無かったので、具体的にどんなことをするのかは詳しく存じ上げないのですが。……お嬢様はどんなお役目になりそうですか?」

「え、えっとね、フェ、フェルナン様のお手伝いをする係になったの」

「フェルナン様?」


 メグミの手がぴたりと止まる。


「たしか……先日お嬢様を助けてくださった殿方ですよね?」

「そ、そうね」

「お嬢様のことを白昼堂々、お姫様抱っこして突然連れ去り、多くの生徒たちがいる中で学院を練り歩いてはお怪我まで治してくださり、お嬢様が好きになってしまい、もう夢中になって仕方がないっていう、あのフェルナン様ですよね?」

「な、なんなのよ! その説明は!」


 鏡に映る自分の顔がみるみる赤くなっていく。一方メグミはしたり顔で、あらあらまあまあなんて言っている。


「フェルナン様のお仕事ぶりはいかがでしたか?」

「それがね、もう凄かったの。自分の仕事が早いだけじゃなくて、生徒会全体の頭脳っていうか、司令塔っていうか。みなさんからとても頼りにされていたの」

「左様でございますか。それでは、もっとお嬢様がお熱になってしまいますね」

「だから、何言ってるのよ!」


 もうやだ、寝る。


 天蓋付きのベッドに飛び込んだ。枕に軽くしがみつきながら、部屋を片付けてくれているメグミをぼうっと見た。


 ……何だかもう眠くなってきた。今日は色々あったからなぁ。


「そういえばお嬢様。明日はいつも通りのご起床の時間でよろしいですか? 生徒会のお役目で、早く登校しないといけませんか?」

「……うん。しばらくはいつも通りで大丈夫みたい。……ありがとう」

「明日の朝からは、お嬢様がもっと素敵になるよう、気合を入れて準備しますわね。何なら、そろそろ髪を巻くのにも挑戦しましょうか?」

「あ、うん、別にいいわ」


 即座に断る。だって、私じゃ絶対に似合わないと思うから。


 ときどき、しっかり髪を巻いてセットしている女子を見かけるけど、朝の支度が大変だろうなぁと思うばかりだ。そういえば、この前会った「聖純姫」ことカトリーヌ・グラヴィエ様の髪型は、さすが「姫」と呼ばれるだけあってバシッと決まっていたなぁ。


 あんな美人だったら、どんな髪型でも負けずに似合うんだよね……。


「ねぇメグミ」

「はい」


 カトリーヌ様のことをぼんやりと思い出していた私は、あのときの不思議な言葉について、何気なく口にした。


「“おとめげぇむ”、って聞いたことある?」




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