10. はじめての生徒会
「一般クラス在籍、二年生のローラ・サヴィーアです」
私たちは自己紹介タイムを迎えていた。
放課後の生徒会室のテーブルには、シャルル会長、フェルナン様、そしてアレクシス様に加え、女子生徒と男子生徒が一人ずつ座っていた。
女子生徒の名はナタリー様。特別クラス在籍の伯爵家のご令嬢で、オレンジ色の髪をした闊達そうな印象の華やかな美人だ。アレクシス様と同じく庶務担当とのこと。
男子生徒の名はジャン様。伯爵家のご令息で会計担当らしい。ベージュの髪をした彼は、ぱっと見は少し「チャラい」(侍女のメグミに教えてもらった言葉だ)感じだ。でも、先日私の荷物をわざわざ届けてくれたのはその彼で、今日もニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべていた。
「――どうぞよろしくお願いいたします」
ローラが丁寧に礼をすると、拍手が沸き起こった。
「……」
次に出番を控えた私は今、猛烈に緊張していた。私が一番苦手なことが何かと問われたら、それは人前で何かを話すことだ。たまに、授業で順に指されて答えないといけないことがあるけど、本当に止めてほしいと思う。
あれって拷問だよね……。あと二人で自分、次は自分……と待つ間に緊張がどんどん膨らんでいき、自分の番になる頃には、何を喋るのかすっかり頭から消えていたりする。
「一般クラス在籍、二年生のエミリー・ランベーヌです」
おお。よしよし。やればできるじゃないか、私!
「どぞ、よろしくお願いいてします」
……これはセーフ。
セーフ判定でいいだろう。細かいことはいいんです。伝わりさえすれば。
みんなからの拍手が耳に届き、緊張から急速に解放されていった。頭を上げると、笑顔で拍手するみんなの中で、なぜかフェルナン様だけがうつむいて少し震えていた。
どうして!? アウトですかぁ!?
「ありがとう! 会長として君たちの加入を嬉しく思う」
会長こと、シャルル王太子殿下は朗らかに続けた。
「二人ともよろしくね。では……ローラ」
「はい」
「君には、会計のサポートをお願いしたい。ジャン、彼女のことを頼むよ」
「わかりました!」
ジャン様は元気よく返事した。
「エミリー」
「は、はい!」
「君には、フェルナンのサポートをお願いしたい」
「あらためてよろしくね。エミリー」
ニッコリとフェルナン様が私に笑いかけた。その笑顔はまぶしいどころか、神々しさすらあった。
「か、かしこまりました!」
空気な日陰者から副会長様のサポート役という、キラキラ生徒会ワールドの神のしもべにクラスチェンジしてしまった。でも、フェルナン様のサポートって、何をすればいいのかしら?
「エミリー」
「はい!」
「……緊張してる?」
「あ、はい……。少しだけ……」
「無理もないよ」
フェルナン様は優しげに目を細めた。
「少しずつ慣れてくれたらいいんだ」
「はい……」
「まずはここを案内しよう」
彼は私を連れて部屋をゆっくりと回りながら、どの場所に何があるかということを、普段の業務と絡めながらわかりやすく説明してくれた。生徒会室には執務スペースのほか、資料室や作業室が併設されており、しばらく閲覧しない書類を保管するための倉庫も別室に設けられていた。
私も頭を切り替え、フェルナン様から再び説明してもらわないで済むようにと必死に憶えていった。
「いま僕たちが主に取り組んでいるのは、学院祭の準備だね」
そう言いながら彼は、執務室の机に書類の束を置いた。
――学院祭。
毎年二学期に開催され、この歴史あるヴェルナーサ学院が一年で一番盛り上がる催しだ。開催期間中、学院は一般開放されてもの凄い人混みになる、らしい。
二年生のはずの私が、なぜ「らしい」などと言うのか。
まあ、その……。学院に居場所がなかった私にとって、学院祭の開催期間は、格好のお休みの日になっていたのであった。
せつない。
「ここまでの書類は整理済だ。今から僕が細かな所を確認しようと思う。エミリーは、こっちの分の書類に不備などがないか、見てもらえないだろうか?」
「かしこまりました」
彼からチェックの仕方を教わり、さっそく始めた。細かな作業は苦手じゃないので、次第に集中することができた。
「……」
ちらりとフェルナン様を見ると。長い睫毛を瞬かせつつ、鋭い眼差しと素早い手つきでどんどん書類を片付けていた。
「副会長、よろしいですか」
庶務のナタリー様がフェルナン様に声をかけた。
「こちらの申請の件、許可しようと考えております。よろしいでしょうか?」
「うん、いいよ。あ、そうとなると……。ちょっと待ってね。ジャン! 今いいか?」
「はい!」
「この件について、予算の見通し資料に反映しておいてもらえるか?」
「了解です!」
みんなとの会話を終えると、フェルナン様はまた高速作業モードに戻った。
「フェル、いいか?」
今度はシャルル会長が現れた。
「ああ、どうした?」
フェルナン様は手を止めると、今度は何やら難しそうな話を会長と始めた。シャルル会長が去ると、彼が声をかけてきた。
「エミリー」
「は、はい」
「何だかバタバタしてしまってすまないね。何かわからないところはある?」
「いいえ、大丈夫ですわ」
「いつでも僕に声をかけてくれて、構わないからね」
そう言って、また作業に速やかに戻るフェルナン様。
「……」
どうして自分の作業に集中しながら、相談も受けつつ、さりげなく他のメンバーのフォローまで苦も無くできるのだろう?
私はフェルナン様の仕事のスピードに圧倒されていた。
あの、やっぱり私、いらないんじゃないかな……?
「フェル」
今度はアレクシス様が相談に来た。
「どうしたアレク?」
「西門が老朽化したせいで壊れてしまったようでな」
「うん」
「古い石造りらしく、専門の業者を呼ばねばならん。私の方で手配を進めるぞ」
「ありがとう。それは構わないが……他の門は大丈夫だろうか? せっかく業者を呼ぶのであれば、併せて見てもらった方がいいかもな」
「うむ。なるほど」
フェルナン様は何かを思い出すような仕草をした。
「……たしか去年、北門がすでに鉄製のものに換装済みたったか……。いや、私もうろ覚えだな。すまない」
「あの……」
「エミリー、どうしたんだい?」
「鉄製に去年換わったのは東門だったかと存じます」
「え?」
フェルナン様が目をぱちくりさせた。
「それと、西門と同じ石造りの門は、北門ですわ。あと……南門は木製なのですけど、以前見たとき、かなり古くなっていたようでした。一度、専門の業者の方に見て頂いた方がよろしいかと存じます」
「……」
彼らはきょとんとしていた。
あ、あれ?
何か変なことを言ってしまっただろうか?
「エミリー殿、随分とお詳しいな!」
アレクシス様が、その強面系の顔立ちしからぬ優しい笑みを浮かべていた。
「庶務の私よりも、学院の施設のことをよく知っておられるではないか!」
「あ、いえ……」
貴族令嬢らしからぬ豆知識をどうして私が知っているのかというと、実はちょっとした理由があるのだけれど、恥ずかしくて言えなかった。
「ならば、北門と南門もだな」
「ああ、そうだな! エミリー殿、初日からご助言痛み入る」
「とんでもございませんわ」
少しでも参考になったのならよかった。
密かにホッとしていたら、フェルナン様が微笑んでいた。
「エミリー、どうもありがとう。これからもよろしくね」
「は、はい……」
至近距離で浴びせられるゴッドスマイルに胸が苦しくなる。
また動悸、息切れが……。
 




