09. 生徒会加入
「通達
ヴェルナーサ学院 生徒会本部役員会
新規役員加入の報告
ローラ・サヴィーア
エミリー・ランベーヌ
以上」
廊下の掲示板の前を、恐る恐る横目で見ながら通り過ぎた。私が生徒会に加入したことは夢などではなく、学院中に通達として貼り出されていた……。
掲示板の前で生徒たちがざわついていた。
「このローラってさ、最近転校してきたっていう、あの女の子のことだよな?」
「ああ、学年テストでいきなり学院トップを取ったっていう……」
「転校生なんかに、生徒会が務まるのかよ」
「まったくだよな。……ところでさ、このエミリーって誰?」
「え? 俺知らない」
「俺も」
そりゃそうだよね……。
昨日、シャルル王太子殿下、あらためシャルル会長からヘッドハンティング(?)された私たち。朝から肩身が狭くてソワソワしていた。自分で決めたこととはいえ、私は目立つことが物凄く苦手なのだ。
「エミリー。なんだか落ち着かないね」
隣のローラも苦笑していた。
「うん……」
みんな早くこのことを忘れてくれないかな、とか思いながら歩いていたら。
「ねぇ、ちょっと」
振り返ると、昨日私に突っかかってきた女子生徒二人が、剣呑な顔つきでこちらを睨みつけていた。
「掲示板のこと、何かの間違いよね?」
「いいえ、間違いではありませんわ」
ローラが冷静に返した。
「は? 何言っちゃってるの? なんであんたたちみたいな弱小貴族の出の生徒が、あの生徒会に入れるのよ?」
もう片方の女子が私に顔を向けた。
「ねえあなた。昨日、フェルナン様に怪我を治してもらっただけとか言ってたけど、話が違くない? ”もどき”のくせして媚でも売ったのかしら?」
「そ、そんなことありません……」
「酷い言いがかりですわ。お止めください」
ローラが怒ると、その女子生徒はいじわるな笑みを浮かべた。
「うるさいわね、男爵家の分際で。あなた、元平民らしいじゃないの? 身の程をわきまえなさいよ。私たちを馬鹿にするのもいい加減にして」
「……なんですって?」
今度は私がカチンと来て反応する。馬鹿にしているのはそっちじゃないか。ローラを貶めようとするなんて許せない。普段はおとなしい”空気”にだって、何かに対して怒る気持ちはあるのだ。
「――おや? 我々生徒会に何かご用かな? だったらちゃんと生徒会室に来て話してほしいものだね」
一人の長身の男子が姿を現した。その人は、生徒会副会長――フェルナン様だった。
「フェ、フェ、フェル……!」
目の前の二人組に、驚愕の色が浮かぶ。
「何やら、貴族らしからぬ乱暴な発言が聞こえた気がするけど。……急ぎの話でもあるのかい?」
フェルナン様はそう言いながら私たちの横に立ち、涼やかにたずねた。
「彼女らはまだ生徒会員に慣れていないから、僕が替わりに君たちの話を聞こう。……何だい、言ってごらん?」
「え、ええと……」
「い、いえ、わ、私たちは通達のことをたずねていただけで……」
「念の為言っておくけど。ローラは生徒会長であるシャルル王太子殿下のご推薦、そしてエミリーは、副会長の僕からの推薦で生徒会に入ることになった。……もしかして、君たちは僕たちの決定に、異議を申し立てたいということなのかな?」
にこやかに笑うフェルナン様。しかし、それはまさに作り物。何か黒いオーラまで出ているような気がする……。実際、彼女らの顔は真っ青だ。
「ローラもエミリーも、今日から生徒会役員だ。君たちの発言は生徒会へのものとみなされるよ。いいかい?」
コクコクと二人が頷くと、フェルナン様は満面の作り笑いを浮かべた。
「ありがとう。そうだ、今の話は、君たちのお友だちにも話しておいてね。――みんなもだよ! よろしくね!」
フェルナン様は彼女らの肩を軽くたたきながら、いつの間にか出来ていた人だかりに向かって声をかけた。逃げるように走り去る女子生徒たち。周囲の人たちも一斉に散っていった。
「……」
隣にいた私まで怖かった。彼女たちは今日のことが、後で夢に出てくるんじゃないだろうか……。
唖然とする私の横で、ローラが頭を下げた。
「ありがとうございました。フェルナン様」
「どういたしまして」
闇モードを解いたフェルナン様は、二つの小箱を取り出した。
「君たちにこれを渡そうと思って来たんだ」
受け取った小箱をそっと開けると、校章が入っていた。それは、私が普段付けている黒の学院標準のものではなく、白く輝く特製の校章だった。
「今日からこっちを付けてね」
そう言った彼の制服には、同じ白の校章がキラリと輝く。生徒会メンバーであることを示す印だ。
「放課後からよろしく!」
フェルナン様は手を振りながら去っていった。
その後、お昼休みを迎えた私たち。今日のランチは食堂だ。
「ねえ、エミリー」
「うん?」
「さっきの燻製肉、すっごく美味しかったわ。あれってたまに学食に出るけど、一体どこで買えるのかしら? 王都のお店を探しても見つからないのよね」
「うんうん。あれ、とっても美味しいよね! 私も大好き! もしかすると、外国産のものかもしれないわ。輸入品を取り扱う専門店なら見つかるかも。今度調べてみるね」
わが家は輸入業を営んでおり外国と取引をしている。今度、お父様に聞いてみよう。
食事を終えた私たちが食堂の席を立とうとすると、一人の女子生徒がそっと私の前に現れた。
「あの……エミリーさん?」
「あら、アニェスさん、ごきげんよう」
アニェスさんは一般クラスの同級生だ。
「エミリーさん、いま大丈夫かしら?」
「はい」
「ええと……」
アニェスさんは周りを見ながら、なぜかもじもじしていた。彼女は平民の友だちグループにいて、普段は話す機会がないけれど、小動物のような可愛らしい子だ。本音を言うと、お友だちになりたいタイプである。
「……どうされましたか?」
アニェスさんに何かあったのかと心配になり、思わずたずねた。
……実は私は一年生のときに、彼女のことをたまたま助けたことがあった。
アニェスさんには、仲の良い同級生の男子生徒がいる。端から見ていても明らかに恋人同士で、実に羨ましい限り。
ところが、その男子生徒に横恋慕した子爵家の令嬢が、嫉妬からアニェスさんを集団で攻撃するようになったことがあった。残念ながらこういうことはよくある話で、誰も見て見ぬふりをしていた。私も表立って何も言えなかったけど……。
そんなある日、その令嬢が友人たちと、アニェスさんを旧校舎近くの倉庫の前に呼びだして徹底的にシメてやろう、と話しているのを偶然聞いてしまった。その剣呑な様子に私は慌てた。しかし、アニェスさんに伝えたくても、その時彼女がどこにいるのかわからなかった。
そこで私は、とりあえず急いで旧校舎の倉庫に先回りし、「警備巡回中」の張り紙をした。そして戻る足で教師に話を伝えようとしたら、たまたまあの童顔眼鏡のアランと知り合ったんだっけ。
アランに事情を話すと、彼はアニェスさんの彼をすぐに見つけてきてくれた。最後は、アニェスさんの彼が怒り狂ったことで、事態は一応収まった。
アニェスさんからは後日お礼を言われた。それから私は、彼女とはすれ違う度に会釈するくらいの仲ではある。
「あの……。エミリーさんが生徒会に入ったって、本当ですか?」
「は、はい……。色々ありまして、本当ですわ」
恐る恐る答えた。もしアニェスさんにまで憎々しげに見られたら、もの凄くやるせない気持ちになってしまうだろう……。
「やっぱり! そうなんですね! エミリーさんが生徒会に入ったって聞いて、私、嬉しくて嬉しくて、居ても立ってもいられなくなっちゃって。エミリーさんならきっと、生徒会のお務めもできると思いますわ!」
「え、ええ……」
「エミリーさん、頑張ってくださいね! 私、応援してます!」
アニェスさんは目をキラキラさせていた。
「は、はい……」
いや、私にそんな期待されても……。
でも今日の放課後から生徒会に行かないといけないんだよなぁ。
ちゃんと務められるのか、全く自信がないのですけど……。
 




