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第3話 黒鳥は微笑む、天の檻の前で(後編)

 静けさが一瞬、部屋に降りた。


 白装束の使者は動かず、仮面の下から無機質な声が落ちる。


 「……陪花候補シアノ宗家侍従イーヴとの関係について、

 制度的距離を超えた親密さが複数の記録に確認されております」


 淡々とした調子。

 感情の介在は一切ない――それが、むしろ不気味だった。


 「職掌を越えた交流は、月の庭の“風紀”に関わる重大事項であると、天の砦は判断いたします」


 風紀――その言葉に、サシャはゆるやかに首を傾ける。


 「……つまり、わたしの侍女が、カミーユ様の侍従と、仲良くしてるのが“風紀違反”?」


 「主花殿におかれましては、陪花候補者の精神的傾斜について、十分な配慮が求められます。

 特に《イーヴ》殿のような宗家直轄の侍従に対して、個人の情緒を持ち込むことは――」


 「その“情緒”が本当にあるかどうか、どうしてあなたたちにわかるの?」


 サシャの声色が、わずかに鋭さを帯びた。

 手元の扇が、ぱしん、と閉じられる。


 「ねえ。

 シアノが“何を想っているか”を測るのは、あなたたち?

 それとも、わたし?

 それとも――カミーユ様?」


 仮面の奥が一瞬、黙した。


 「……双方の主人の許可のもとに限り、私的交流の容認は例外的に認められています。

 ただし、本件はその“限度”を逸脱している懸念が――」


 「じゃあ、限度の定義を見せて?」


 静かな一言だった。


 「“何歩近づいたら違反です”とか、“何回目を合わせたら感情です”とか、

 あなたたち、そういうの、あるの?」


 沈黙。


 天の砦の使者たちは、ぴたりと動かなくなる。


 その無言が、“制度における基準の曖昧さ”を明確に示していた。


 サシャは続けた。


 「イーヴはカミーユ様の侍従。

 彼の行動に問題があるなら、カミーユ様が是正なさるわ」

 「それに――彼、感情なんて持てないでしょ?」


 苦く、柔らかい微笑み。

 その言葉の奥には、確かな観察と、やさしい皮肉が込められていた。


 「……つまりね、あなたたちは“感情”を恐れているのよ。

 制度の外に育ってしまう、あなたたちに管理できない“芽”を」


 


 ***


 

 白装束の使者は、ようやく次の言葉を発した。


 「本件、これ以上の判断は、宗家裁定に委ねられます」


 「ええ、最初からそのつもりだったわ」


 サシャはやんわりと微笑んだまま、シアノの肩に手を添えた。


 「天の砦が“風紀”を守るのも、確かにお仕事。

 でも、“何を風とするか”を決めるのは――この庭に咲く花たちよ」


 白面の使者たちは、音もなく一礼し、まるで影が消えるように部屋を出て行った。


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