第五章:燃ゆる山、交わした約束
木々の間を柔らかい光が差し込んでいた。そろそろ昼時だろう。朝食も食べていないので、俺たちの空腹は最高潮に達していた。
「お腹空いたね」
「うん。朝食だけでも持ってくればよかった」
何か打開策はないだろうかと考えると、俺の中に一つの考えが浮かんだ。
「そうだ、良いこと思いついた」
「?」
不思議な顔をしている竜胆を横目に、俺は地面に手を伸ばした。
──刹那、俺の手の中から柔らかな光が溢れる。その光は手の中から地面に向かって流れていき、その間に、地面からは植物が生えてきた。
「これは?」
「これは、桑の実だよ。村にいた時、よく咲かせて食べていたんだ」
俺は桑の実を一粒とって竜胆に渡した。彼女は恐る恐るその実を口に運ぶ。
「……!おいしい」
「だろ?これをたくさん咲かせたら、今日の分くらいは持つかなぁ……」
俺も一粒、また一粒と取って食べた。
◇
「ふぅ……取り敢えず、お腹は満たせたな」
「でも、これからどうしよう」
俺はこれからの事について考えた。もうこの町にはいれないし、前の村にも戻れない。
「でも、私、雪がいたらどこでもいいよ」
おもむろに竜胆が口を開いた。
「ありがとう、竜胆。俺も君がいたらなんでも出来そうな気がする」
もう後戻りは出来ない。そろそろ夕暮れだ。
今日はこの山で夜を過ごそう、そして2人で生きていく。俺は新たに、決意をした。
◇
何か音がする。風の音ではない、何かが燃えている音。木々が軋む音。そして、遠くから迫る煙の匂い。
「竜胆、何か変だ……!」
俺は隣で眠っていた竜胆を揺さぶる。彼女は起き上がると、状況を察したのか、顔を青くする。
「これって、」
「──山火事だ……!」
もう下の方は火だるまになっている。火の勢いは止まる様子を見せなかった。空は赤く染まり、煙が立ちこんでいる。
「雪!こっち、こっちにはまだ火が回っていないわ!」
見れば、竜胆の言う通り山の反対側にはまだ火が回っていなかった。
「行こう!」
俺たちは急いで下山を試みた。竜胆の手を握って、少しでも不安を和らげる。
「そろそろ山から降りられるはず……」
山の下の道が見えて来た。よかった。これで助かるはず。
そう、安堵した時だった。
「──いたぞ!###様だ!」
「っ……!?」
町の大人たちが道を阻んでいた。そして、その後ろからは──神主が、歩み寄ってきた。その瞬間、俺は全てを理解した。
「っ……お前、謀ったな!?」
「……お前が、###様を連れて行こうとするからだ。それがどんなに重大か、分かっているのか?」
神主の怒声が耳をつんざく。俺は竜胆の手をぎゅっと握りしめて、反論する。
「そんなの……知らない。でも、お前たちはただ、竜胆に縋ることで、安心しているだけだ!それがどれだけ愚かで、傲慢で……彼女を傷つけているのか、考えたことがあるのか!?」
「黙れっ!!お前ら、あいつと###を捕まえろ!」
言い放った瞬間、大人たちが向かってきた。まずい、どうすれば──
「雪!逃げよう!」
そう叫んだ瞬間、竜胆が大人たちに向かって蔦を伸ばした。その蔦は1人、また1人と捕まえて、体を縛る。
「竜胆、凄い!」
「でも、これだけじゃすぐに突破されちゃう。早く行こう!」
俺は竜胆の言葉に急かされて再び共に走り出した。しかし、蔦で捕まった大人たちはすでに半分ほど解いていた。
「くそっ、これじゃ追いつかれる……!」
「雪、どうすれば……」
竜胆は心配そうに呟いた。俺は足を動かしながら必死で考えを巡らせた。
「竜胆、俺が……時間を稼ぐ。君は先に行ってくれ」
「雪?そ、そんなの嫌だよ?2人で逃げようって、約束したじゃない」
「大丈夫。俺は絶対に帰ってくるから。竜胆は村の先にある、川の石橋で待っていて」
俺は強い眼差しで竜胆を見つめた。彼女はしばらく黙っていたが、やがて大きく息をついて頷いた。
「分かった。でも、ちゃんと帰って来なかったら許さないから……!」
そう言う彼女の赤い瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。