第四章:檻からの逃亡
朝日が神社を包む中、外には風の音だけが響いていた。
私は障子を開けて、境内を除いた。雪が来て数日、雪はすっかり溶けて、春の訪れを感じるようになってきた。
「……雪、早く起きないかなぁ」
この神社は私を閉じ込めるための籠。生き神様が逃げ出さないように見張る檻。
それが、私の背負う運命なのだと教え込まれてきた。
だけど──布団から聞こえる寝息がその孤独を和らげてくれる。私はそっと障子を閉めた。
彼と過ごす時間が、私にとって唯一の救いだった。
「そろそろ行かなくちゃ」
雪はまだ起きてないけど、そろそろ巫女がご飯を届けにくる時間だ。私は雪を起こさないように、そっと障子を開けて境内へと向かった。
◇
「###様、今日の朝食をお持ちしました」
「ありがとう。……あれ、神主さん……?」
見れば石段を登り、神主さんがこちらへと向かってくる。
神主さんは、……少し苦手だ。それは、私をずっと生き神として扱ってきた張本人だから。
「神主様、どうかされました?」
巫女さんが尋ねるが、神主さんはそれを無視して私の目の前にやってくる。
「###様、少し気になることがありまして」
「は、はい……?」
神主さんは私の目をじっと見つめた。この何を考えているのか分からないところも、少し苦手だ。
「とりあえず、お部屋まで失礼します」
「えっ……!?ちょっと、待ってください!」
私の叫びも虚しく、神主さんはどんどん部屋まで足を運ぶ。部屋は駄目だ。雪がいるから。
彼の存在に気づかれたら、どうなるか分からない。私と同じく、「生き神」として扱われるかもしれない。雪がいた村の人々のように、ぞんざいに扱われるかもしれない。
「お待ちください、神主様!###様の部屋に勝手に入るなど、許されることではありません!」
巫女が神主の袖を引っ張る。神主は、冷徹な目で彼女を見た。
「これは神の意志だ。ただの巫女であるお前が私の行動に干渉するつもりか?」
その言葉に巫女は一歩後退り、言葉を飲み込んだ。神主さんの威圧感に圧倒されているのであろう。
袖を離された神主さんはどんどん部屋まで向かう。
「竜胆?どうしたんだ……っ!?」
その瞬間、私は息を呑んだ。雪が目を覚まして、こちらを覗いていた。目が合った瞬間、彼の表情が変わるのが分かった。
「雪……ダメっ!」
私は慌てて雪に手を伸ばしたが、神主が一歩前に出て、私を遮った。
「……これは驚いた。猫か何かがいると思って来たが、まさか人間とは。それも、貴方と同じく目が赤い……!」
彼は最初から勘づいていた?何故、何処でバレたのか。彼は雪をどうするつもりなのか。
神主の手が雪に伸びる。どうすればいい?頭が回らない。
「###様!お逃げくださいっ!」
見れば巫女が神主を突き飛ばしていた。
「お前、何を……」
巫女はその言葉を聞かずに、起きあがろうとする神主を再び突き飛ばす。彼の目がぎらぎらと巫女を見つめた。
「竜胆!行くぞ!」
「っ……うん!」
雪が私の手を掴むと、勢いよく走り出した。神社の回廊を抜けて、境内につく。足音が響く中、雪が不安そうに私を見つめていた。
「竜胆……これ、どういうことなんだ?」
「わ、分からないっ、でも、今はとにかく逃げないと!」
背後から神主の怒声が聞こえた。
「待て、###!逃げても無駄だ!」
その声に背筋が凍ったが、足を止めるわけにはいかない。
「とりあえず、神社を出よう」
雪の言葉に頷いた。私は不謹慎にも神社から、私を閉じ込めている籠から出られることが嬉しかった。
「逃がさないぞ……!」
神主が私たちを追いかけてくる。恐怖で足がすくんだが、雪の手をぎゅっと握ると不安も無くなる。
「こっちだ、竜胆!」
雪が石段を逸れて裏山の獣道へと入っていく。
「雪、どこに向かっているの?」
「ここなら、視界が悪くて追ってこられないはずだ」
「本当に、大丈夫なの?」
「ああ、信じてくれ。俺が絶対に守るから」
雪の力強い言葉に胸が熱くなった。
「竜胆、一緒に逃げよう」
雪は微笑んでそう言った。私を安心させるような温かい笑顔だった。