第三章:雪が照らす世界
朝の光が障子越しに差し込み、柔らかな白い光が部屋を包んでいた。
いつもなら1人で朝を迎える──はずだが、今日からは違う。私は隣で穏やかな寝息をたてる雪の姿を見た。
私の気持ちを唯一理解してくれる人。
私に初めて名をくれた人。
そして、初めて出来た友人
彼の姿を見ると、自然と笑みが溢れた。
昨日は酷く疲れていたのだろう。私の布団に入ると、すぐに眠ってしまった。
私は布団からそっと抜け出し、雪を起こさないように立ち上がった。
窓の外には朝霧に包まれた木々が広がっている。静寂の中、雪の光を反射して輝いていた。
──こんな景色を、雪はどんな風に見ていたのだろう。
昨日彼が話してくれた外の世界の話を思い出す。
広い空。果てしなく続く山々。風に揺れる草原。食料を分け合う森の動物たち……どれも、私には想像のつかない景色だ。
だけど、雪はそれを「当たり前」だと言った。
「……外の世界、か」
私は水面に揺れる自分の赤い瞳を見つめた。
この瞳がある限り、私はここからは出られない。この神社は、私を閉じ込めるための籠。
でも、雪と一緒だったら──
「おはよう。竜胆」
不意に背後から聞こえた声に振り向くと、雪が目をこすりながら起き上がっていた。
「おはよう、雪。よく眠れたみたいね」
「うん。こんな布団初めて使った。久々にぐっすり眠れた気がする」
そう言って雪は大きな欠伸をすると、微笑んだ。
彼の笑みを見るだけで、胸の奥が温かくなる。この神社に閉じ込められた私の世界を、雪は色づけてくれる。
今日は彼にどんな話を聞かせてもらおう。それを考えるだけでも、今の私は幸せだ。
「そろそろ巫女が朝食を運んでくるから、行ってくるね」
「分かった。いってらっしゃい」
「いってらっしゃい」そうやって私の帰りを待ってくれる人なんて、初めて。雪といると、初めてのことばっかりだ。
◇
外は昨日よりいっそう雪が積もっていた。真っ白な雪があたりを包んでいる。
「###様。朝食をお持ちしました」
「ありがとう。…………ねえ、お願いがあるんだけど、いいかしら?」
「……はい、何でしょう?」
「その……最近背も伸びてきたから、ご飯が物足りなくなってきて、だからもう少し量を増やしてほしいの」
ご飯が足りない。そんなのは嘘だ。
単純に私1人分の食事では、私と雪、2人ともを満足させることなんて出来ない。だから私はダメ元で巫女に頼んだ。
「……承知しました。村の者に頼んでおきますね」
「あ、ありがとう!」
◇
「雪、朝食がきたわよ」
「お!ありがとう」
雪は嬉しそうに振り返り、立ち上がった。初めて会った時から、笑顔が増えた気がする。
「すごい……こんな豪華な朝ごはん、初めてだよ」
「豪華って……普通の朝食よ?」
私にとってはいつもの朝食だけど、雪にとっては違うらしい。
「そういえば、昨日言ってたこと聞いてもらえたのか?」
「うん。ちゃんとお願いしておいた。明日からは、もう少し多くなると思う」
「ありがとう!竜胆」
その無邪気な笑顔を見ると、嘘をついた罪悪感が少し薄れた気がした。
雪と過ごす時間が、私の世界を少しずつ広げていく。彼がいれば、もっと新しい景色を見れる気がする。
「ねえ、今日も外の話、聞かせてくれる?」
私の言葉に、雪は満面の笑みで頷いた。
「もちろん。竜胆が気になる話、たくさんしてあげる」
雪は私に、新しい景色を与えてくれる。それは、雪と出会わなければ一生知ることができなかったもの。
もっと知りたい。
見てみたい。
私は確かに、そう願った。