序章:祈りの花は枯れぬとも
──この町の人々は狂っている。1人の少女を生き神と称し、それに縋って生きているのだから。
◇
「###様、今日はどうぞよろしくお願い致します」
「……」
嗚呼、今年も始まった。年に一度の儀式の日が。
久しぶりに外に出た。一年ぶりに。
私は白く染め上げられた衣を纏い、人々の前で舞を踊る。皆、一心にこちらを見つめていた。
「###様、どうかご加護を……」
「この町に、お恵みを」
「今年も何事もなく過ごせますように──」
頭を垂れ、祈るように手を合わせる人々。その眼差しには崇拝と……僅かな狂気が滲んでいた。
私は微笑む。うわべだけの、慈愛に満ちた笑みを。そしていつものように、──広場に花を咲かせた。
皆、感嘆の声をもらし、地面に頭をつける。
──今年もまた、繰り返すのであろう。
私は人々の望む「生き神様」であり続けなければいけない。
逃げることは許されない。
拒むことも許されない。
だから私は、昨年と同じように口を開く。
「……今年も、皆に神の祝福を──」
その言葉が、まるで呪いのように口からこぼれ落ちた。
◇
儀式が終わり、私は巫女たちに付き添われながら神社へと戻った。
──扉が、閉ざされる。
そして私はまた、1人になった。
神社の敷地に寄りつくのは、毎日ご飯を運んでくれる巫女。それと……「生き神様」が何処かへ逃げてしまわないよう、見張りにくる大人たち。
日々の生活に変化はない。
決められた時間に食事が運ばれて、
決められた時間に1人で食べる。
私という存在はそこに居ない。居るのは、「生き神様」としての私だけだ。
夜、部屋に居る時間だけが、私に与えられた自由だった。
この部屋は何不自由なく暮らせる程度の物は揃っている。
1人部屋にしては少し大きめの、七畳ある畳の部屋。
床に、花を咲かせた。畳が見えなくなるほど大量に。
私を癒してくれるのはこの花たちだけ。皮肉なものだ。この花のせいで「生き神」となってしまっているのに。
一輪の花をそっと指先でなぞった。すると、柔らかな花弁はたちまち黒ずみ、枯れ果てる。
そして、虚空に消えた。
私は知っている。咲かせるだけでなく、──枯らすこともできるのだと。
その様子を見て、いつも思う。
──私もいずれ、あの花のように消えることができたら。