4話
「では、こちらのスケジュールで進めていきましょう。履歴書は先ほど送らせて頂いたアプリから転送していただければ、後は私が手続きしておきます。書類選考で落とされる事はまず無いでしょう」
「ありがとうございます」
「・・・どうかなさいましたか?浮かない顔をしてますが」
「いえ・・・あの。本当に大丈夫なんでしょうか?」
「矢田さん」
「はい」
「あなたは本当に頑張りました。仕事をしながら資格を取るという事は、並大抵の努力で出来ることではありません。自信を持ってください。その熱意はきっと貴社の方々に届いてくれるはずです」
「はい・・・!」
「では来週の面接、頑張ってください。私はここからは何も出来ませんが、応援しています」
*
次の日の朝、俺はいつものように満員電車に乗っていた。
「よ!また久しぶりだな」
すると、この前の同期が話しかけてきた。仕事を辞めて、広告業界へと転職を考えていたあの同期だ。
「おぉ。久しぶり。結局あの後どうなったんだ?」
俺が質問すると、同期は自信に満ち溢れた顔で答えた。
「あれからすぐ転職活動したよ。やっぱり早期退職だから先輩の斡旋してくれた所には行けなかったけど、なんとかベンチャーの企業には内定貰えた。会社には今日退職届けを出すつもりだよ」
退職届けが入っているであろう鞄をポンポンと叩きながら語る同期は、次の職場で働く事を心待ちにしているように見えた。
ベンチャーか。労働環境は劣悪だろうが、若いうちから働くにはとてもいい経験になりそうだ。それに加えて彼のやりたい事が出来る。
今の彼にとって、これ以上と無い環境なのではないだろうか。
そんな同期に、今の俺の現状も話す事にした。
彼ならば、突拍子も無く計画性の無い俺の話を、偏見無く聞いてくれる気がしたのだ。
同期から話を聞いたあの時から、転職アプリをインストールした事。業界研究をした事。エージェントと面談した事。資格を取った事。
そして今転職活動の真っ最中だという事。
俺は全て話した。
「めっちゃ良いじゃん! ITかぁ。夢があって良いな! ていうか働きながら資格取るとかシンプルに凄えよ! 俺だったら無理だな」
同期は俺の話を聞くと、興奮したように絶賛してくれた。特に資格に関する事を心の底から褒めてくれているように感じた。
俺はもう、本当に嬉しかった。
ここまで純粋に俺の頑張りを評価してくれたのは、初めて
かもしれない。
それから俺達は電車に乗っている間、同じ早期退職同士で様々な事を語り合った。
何かを志してお互い頑張っているからなのか、現状の考え方や価値観が意気投合し、とても楽しい語り合いだった。
仕事前だとは思えない。朝の眠気を忘れられた、とても有意義な数十分だった。
それから1ヶ月程がたち、俺は東京の会社に転職が決まった。
資格を取得したことやエージェントが親身に面接対策してくれた事で、俺は幾つかの上場企業から内定を貰えることが出来た。
けど流石に大手の企業は落とされる事が多かった。だが別に気にしない。むしろ当たり前だと思っていたからダメージは0に近かった。
俺は担当のエージェントに、メールで感謝の気持ちを長文で伝えた。
側から見たらとてつもないメンヘラ気質のメールに見えたかもしれないが、俺はもう感謝してもしきれない気持ちをなんとか伝えたかった。
生まれて初めて努力が報われたんだ。嬉しいに決まってる。でもこれは、担当のエージェントのサポートが無ければ到底成し得ない事だったんだ。
俺がメールを送ると、その日のうちに向こうから返信があった。彼も毎日忙しいはずなのに、俺と同じくらいの文字量で返してくれた。
内容は『矢田さんにとって素晴らしい経験になったはずです』『矢田さんの努力の結晶です』『きっと次の会社でも頑張れるはずです』などといった、賞賛と激励の言葉に溢れていた。
その文面を見て、俺は泣いてしまった。
こんな涙を流したのはいつぶりだろう・・・
────そして、転職先が決まった俺はある決心をした。
実のところ両親には、転職云々の話を伝えてはいなかった。
理由は、どうせ批判されるのは見えていたからだ。
だからちゃんと解決策を用意してから、話し合おうと決めていた。
これだけちゃんと準備しておけば、あの2人も何も言わないだろう。
休日の日。俺は両親に『大事な話がある』とだけ言って居間に呼び出し、ここ数ヶ月の出来事と、転職先の東京に引っ越す事を伝えた。
「・・・そうか。好きにしたらいい」
俺が話している間、両親は黙って最後まで聞いていた。俺が話終わると、お父さんはポツリとただそう言った。
隣にいた母さんは、ただ黙ってその光景を見ているだけだった。
「何も言わないの?」
「今更俺たちがどう言おうと、変わらんだろう」
父さんにそう言われて、俺は何も言えなかった。
確かに俺は、親から何を言われようと論破できるものを複数持っていた。資格合格の証明書。転職先の内定メールの詳細。
これだけ準備が整っていれば、両親になにも言われないだろうと思っていた。
だが両親は、そんな証拠を提示する事もなく、あっさりと了承した。
俺は、話が手短に終わって喜ぶべきなのに、そんな気分にはならなかった。むしろ何も言ってくれない両親にイラついている自分に気付いた。
────俺は今更、両親に何を求めているんだろう。自分でもよく分からない。
その日から、この話題に触れる事は無かった。
次の日の出勤日、会社で業務前の準備をしている時だった。
「矢田くん。そういえば知ってる?」
「はい?」
隣の席で同じように準備をしている上司が、作業の片手間に話しかけてきた。
その上司は俺に『もっと辛い職場もある』と言ってきた上司だ。
別に根に持っているわけでは無い。そう、断じて。
「矢田くんの同期で1人辞めた子が居るんだって。まだ4ヶ月も経ってないのに早いよなぁ」
「へぇそうなんですか」
「あれ?知らなかったんだ。てっきり連絡取り合ってるのかと思ってたよ」
「いや、そんな事は無いですね」
俺は淡々と嘘をついた
どうして嘘をついたのかと言われれば分からないが、何となく俺はこの話を上司に話したくは無かった。
「へぇ・・・そうなんだね」
上司はそう返事をするが、何か含みがあるような間があったので、俺は少しそれが気になった。
「それがどうかしましたか?」
「ん?まあ、あれだよね。今時の若者って感じだなぁって」
上司の言う『今時の若者』という言葉に、俺は嫌な予感がした。
「なんていうか、冷めてるって感じ? 見てて情熱が足りないって思うんだよね。怒られたり、嫌な事に対する耐性が無い。だからこうやってすぐ逃げるんだと思うんだよ」
上司は熱が入ってきたのか、俺が相槌をせずとも1人で話続けた。
「やっぱり気持ち的な部分というか、社会人として分かってないよね。昔なんかは怒られるのが当たり前だったから、今はほんと気を遣うよ・・・それでも辞めちゃうんだから、困ったもんだよ。こんな感じじゃ、次の所も続かずにすぐ逃げるんじゃないかなぁ」
上司の発言に俺はつい、作業の手を止めてしまった。
すると上司はそれに気づいたのか、俺の方へと身体を向けて慌てて訂正した。
「あ、矢田くんの事じゃないよ?矢田くんはよく頑張ってくれてるし、文句の付け所が無いよ!」
俺が上司に改めて欲しいところは、そこでは無い。俺は逸る気持ちを抑えながら、再び業務の準備を進める。
そして、俺は作業を止めずに上司に話した。
「・・・辞めた同期には、諦めていた夢があったみたいです」
「え?」
「でも彼は就職した今更になって、もう一度夢を追いかけるようにしたそうです。転職活動も先輩に斡旋されたところが落ちて大変だったみたいだけど、すごく頑張っていたみたいです」
「矢田くん?」
「彼は逃げたんじゃなくて、ただ前を向いて走っていっただけです! そんなの、めちゃくちゃカッコいいじゃないですか!」
俺は感極まって、いつの間にか営業所全体に響くような大声を出していた。
他の社員達が俺の方へと注目している。
そして、それを聞いていた上司は、口をポカンと開けて戸惑っていた。
俺の言葉ではなく、俺の行動に驚いたんだろう。普段はこんな声出さないからな。
「ご、ごめんね。ひょっとしてあの子と仲良かったりした?悪く言うつもりは無かったんだ・・・」
上司は俺を宥めようと、謝罪していた。
だが、俺は別に謝罪が欲しいんじゃない。色々落ち着いてから話そうと思っていたが、こうなったらヤケだ!
「〇〇さん!」
「え?ど、どうしたの?」
「俺! 会社辞めます!」
それを聞いた上司は唖然としていた。それに、側から聞いていた他の社員も何事かと見に来ていたので、想像以上に大事になってしまった。
上司は口をパクパクさせて、声を出そうにも出ないようだった。
少し間を空けて、上司はようやく声をあげた。
「・・・えぇ」
ようやく絞り出した上司の声はそれだけだった。
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