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3話

 

 あれからあっという間に休日が訪れて、俺は転職サイトのエージェントと面談をする事になった。


 俺を担当してくれたエージェントはとても親切な人だった。

 全く無知な俺に対して、IT系とは具体的になんなのか、未経験から入るにはどうしたら良いのかという事をとても具体的に一から教えてくれた。


 さらに、資格に関する事まで詳しく教えてくれた。

 エージェントの話を聞く限り未経験である俺は、()()()()()()に関する資格を取ることが望ましいのだと言う。

 そして、出来れば()()()()の資格もあれば望ましいのだとか。

 資格の名称はネットワークやサーバーなどと言った簡単な文字ではなく、アルファベット4文字の難しそうな名前だった。

 しかし難易度的には、200時間ほどで取れる程度らしく、未経験が取るには打ってつけの資格だと言う。

 ご親切にどういった教材を買えば良いかも教えもらえたり、無料で問題集が解けるサイトなんかも教えてもらえた。


 後々自分でも調べてみたけど、確かに教えてもらった二つの資格は、IT未経験が持っているとかなり転職には強いそうだ。

 だが、実務経験皆無な訳で、資格を持っているからと言って、流石に最初から本格的な構築の仕事をさせてもらえるわけではない。

 ただ、『私はこの業界のこの業務にとても興味がある。それがこの証拠です』といった転職に際して切り札になるのだと言う。

 確かに客観的に見ても、言葉で『〜が興味があります』と言われるより、資格を取った実績を見せた方が余程効果的だと思える。


 そんな感じでエージェントに様々な事を教わり、その日の面談は終わった。早速IT系の企業に選考を行うかどうかを聞かれたが、俺は資格を取ってから受けようと思っていたので、今は断っておいた。

 ただ、頼むならこの人に頼んだ方が良いかもと思ったので、仕事の連絡先は教えてもらっておいた。


 なんだかんだで、とても有意義な時間だった。俺の人生でここまで意味のある時間は、これが初めてなんじゃないか?


 早速俺は、面談が終わってすぐに携帯で資格の教材を購入した。それだけではなく、教えてもらった問題集サイトの登録まで済ませた。


 もはや自分でもびっくりするほどのモチベーションの高さだった。


 俺のモチベーションは留まることを知らなかったので、教材が届くのを待ちきれず、すぐにサイトで勉強を始めることにした。


 しかし、案の定何から何まで何一つ分かりはしない。単語の一つ一つの意味をネットで探しても、また分からない単語が出てくる事の繰り返しだ。問題一つ回答するのに、20分以上かかってしまう。

 正に途方もない作業だった。だが、俺はその程度では折れなかった。


 なんだかんだで、俺の休日はその問題集サイトと睨めっこするだけで終わった。集中しすぎて、一日終わるのがあっという間だった。

 勉強は全然好きじゃないのに、全く時間を無駄にした感じは無く、むしろ高揚感に溢れていた。


 次の日、仕事から帰ってくると教材がもう届いていた。

 昨日買ったばかりなのに明日くらいに届くかと思っていたから、俺は仕事の疲れを忘れて、急いで包装を引き剥がした。


 中に入っていたのは、今まで辞書でしか見たことないような分厚い本だった。最初は本当にこんなの取得出来るのかと不安で身震いした。

 でも俺は少し仕事の疲れと、早く今の仕事が辞めたいと言う気持ちでおかしくなっていたので、勉強したいという気持ちが強まるだけだった。


 爆速でシャワーと食事を済まし、夜の0時過ぎだと言うのに、昨日開いたサイトの問題を解き始めた。

 

 俺は勉強なんてちゃんとやった事が無かったから、何をどうすれば頭に入るのか全然分からなかったので、とりあえず問題を解き、分からない単語は届いた教材で調べることにした。

 これがまた不思議なもので、パソコンの画面で調べるよりも紙で調べて、適当に線を引くだけでも、なんとなく頭に残りやすい気がした。


 明日仕事の帰りに、蛍光ペンでも買いに行くか。


 なんだかんだで、夜の2時くらいまで勉強していたと思う。


 次の日の朝、とてつもない眠気を感じながら目を覚ました。


 電車に乗ってる間も眠かった。でも勉強したいという気持ちが勝って、仮眠もせずに教材を開き、昨日の復習をしていた。


 働いている間も、トイレや昼休憩などの隙間時間を見つけては携帯でサイトを開き、問題を解きまくっていた。


 次の日も、次の日も、そのまた次の日も、同じく勉強は続けていた。本当にこんなにも勉強に意欲が持てていたのは、生まれて初めてのことだった。


 ────興味がある事は、こんなにも勉強出来るんだな。


 

 それから2ヶ月ほどの時間が過ぎ、俺はついに初めての資格の試験というものを受ける事になった。


 受験料が予想以上に高くてびっくりした。民間のせいなのか、元が海外の資格という事もあり、日本円に直した時の円安が原因なのかは分からないが、なんと4万円以上もした。


 おいおい。落ちたらどうするんだよ。


 エージェントに相談してみると、転職してから資格を受ければ、たとえ落ちようが落ちまいが受験費が免除されたり、なんなら報奨金が貰える企業もあるのとの事。

 

 そうは言うが、俺にはどうしても資格を取らないと転職出来る気がしなかった。エージェントは決してそんな事は無いと言ってはくれているが、俺は頑なに資格を取るまで転職活動はしたくなかった。


 もはや意地だ。


 俺は今まで何も頑張って来なかった。それ故に不安なんだ。

 今もただ、仕事から()()()()()()()なんじゃ無いかって、転職しても、また辞めたくなるだけなんじゃ無いかって、そうやって自堕落な思惑からきている原動力なんじゃないかと考えてしまう。


────俺は、自分を信用出来ない。


 部活も勉強も、何も頑張ってこなかった。頑張れと言われても全くやる気が出なかったし、楽な方へ楽な方へと逃げて来たのだ。


 だから、俺は自分の気持ちを確かめたい。


 今俺がどれだけ本気なのか。今も尚感じているこの向上心は本物なのか。


 それを確かめる為にも、この資格は自力で取るんだ。


 俺は4万と少しを支払い、次の休日に試験を予約した。


 試験当日。

 普段であれば、過度に緊張していたはずだが、今日の俺は妙に落ち着いていた。


 試験場に到着して、早速荷物をロッカーに置き、簡単な手続きを済ませる。

 民間ではあるが、かなり厳重にカンニング対策はされており、念入りに荷物チェックを受けた。


 試験のやり方は、まず担当者に部屋に案内される。試験を行う部屋は、学校のパソコンルームのようにたくさんのPCが配置されており、PC一つの机は横を板で区切られている。恐らくこれもカンニング対策だろう。


 担当者は俺を席まで案内すると、軽く試験の説明だけして、部屋から出て行った。どうやらPC画面の『開始』をクリックすれば開始らしい。


 いざ始めようとすると、急に緊張してきた。鼓動が早くなり、心なしか息もしづらい。


 まじか。これ落ちたら4万円も損するのかよ・・・


 そう考えると、俺はなかなか開始を押せなかった。


 だけど・・・それでも・・・


────大丈夫。あれだけ勉強したじゃないか。これで駄目でも、また受ければ良い。


 俺は自分にそう言い聞かせ、心を落ち着かせた。


 ある程度動機が収まると、画面に表示された開始を押した。


 内容は、予想していたよりもかなり難しかった。


 当たり前だが、問題集サイトとは全く違う出題方法に初めはかなり困難した。それに加え、元は海外の試験だからなのか、変な日本語が多かった。

 確か前調べた時、英語を直訳してるから仕方ないんだっけか。


 それでも俺はこの3ヶ月以上にも及ぶ間、今までにないくらい真剣に勉強した。そのおかげで、時間さえかければ解ける問題がほとんどだ。


 大丈夫。絶対に大丈夫。大丈夫だ。


 俺はそうやって自分に言い聞かせながら、慎重に1問ずつ解いていった。


 そして・・・いつの間にか試験は終わっていた。


 この試験は次の画面に移動した時点で、合格か不合格が発表される。


 頼む!頼む!受かっていてくれ!


 俺はそれだけしか考えられず、怖くてなかなか次のページに進まなかった。また心臓の鼓動が早くなる。


 しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。


 俺は覚悟を決めて、次のページのボタンを押した。しかし、咄嗟に目を瞑ってしまった。俺はもう怖くて仕方がなかった。


 落ちたらどうしようとか、また勉強しなくちゃいけないとか、色々考えてしまうんだ。


 ・・・恐る恐る。俺は目を開けた。


 PASS


 目の前にはそれだけの画面が写っていた。


「よっしゃあ!」


 俺は声を出してはいけない試験場で、つい声を出してしまった。


 たかが200時間。たかがITの登竜門。


 でも、俺にとってそれは。


 ────生まれて初の()()だった。

 


読んでいただきありがとうございます!

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また、感想なども参考にさせていただきたいので、思った事や感じたことを綴っていただければ幸いです。

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