過去①
矢田優馬 小学2年生
優馬は学校が好きじゃなかった。
クラスにちょっかいばかりかけてくる奴らがいて、そいつらの事が嫌いだった。
特に体育の時間とかは本当に嫌だった。
優馬が運動が出来ないからって、チーム分けの時、優馬がチームにいると露骨に嫌な顔をしてくる。それだけならまだいいんだけど、わざわざそれを声に出してくる。
「えぇ。矢田いんじゃん。勝てねー」
こんなことを言われて、傷つかないわけがない。
運動が出来る奴は、みんなそれに便乗して優馬の事をそうやってからかってくる。
でも優馬がこの事をいじめでは無くからかいで済ませているのは、それの被害に遭うのは優馬だけじゃないからだ。運動が出来ない奴は優馬以外にもいる。その子達も、同じように運動のできる奴の吐け口の対象になっている。
みんな口には出さないだろうけど、運動が出来ない子達はだいたい優馬と同じ思いだろう。
『全く、他の授業の時はサボってるくせになんで体育の時だけ真剣にやってんだ』と優馬は思っていた
そんなある日の事。
嫌いな体育の時間に、グラウンドで野球をしていた時である。ちなみに優馬は外野のポジションである。外野はあまりボールが来ないから率先してこのポジションに付く。中々ボールが来ないから優馬はのんびり校舎の方を眺めていた。
すると、普段はグラウンドに出てこない集団を見つけた。集団といっても、教師を含めて4.5人でグラウンドにピクニック気分で出てきたのだ。その中に普段から見覚えのある子も見つけた。
優馬のお兄ちゃん。辰馬だ。
優馬は良く知らないけどお兄ちゃんは、優馬たちが普通に教室で授業を受けるのとは違って、また別の教室で授業を受けているのだという。理由は分からない。
お兄ちゃん達は何をしているんだろうとずっと優馬は見ていた。すると、遠くの方から怒鳴り声が聞こえてきた。
「矢田!ちゃんと動けよ!」
ピッチャーのポジションにいたやつが優馬の事を名指して怒鳴り散らかしている。優馬は自分の周りをよく見てみると、一つのボールがころころと自分の後方に転がっているのが見えた。多分、今さっき打たれたボールだろう。敵チームの運動できる組が『回れ!回れ!』と声援を送っている。
「矢田!! 早くしろよ!!」
優馬はその怒鳴り声に焦り、一生懸命に走ってボールを拾いに行った。ボールを捕まえて、怒鳴った奴の方へ思いっきり投げた。
しかし、優馬の投げたボールは、情けない軌道を描き、何回もバウンドした。そのおかげで敵チームのランナーはコーナーを回り切り、相手チームに得点が入ってしまった。
優馬を怒鳴った奴は呆れた仕草をしていた。
「なあ、あいつマジで使えねーよ。そっちにあげてもいい?」
「要らねえよ」
あいつらはそんな会話をして、優馬の事を嘲笑っていた。
クソが。運動が出来るのがなんでそんなに偉いんだよ。
と優馬は何か文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、喉が植え付けられた恐怖によって動いてくれなかった。
優馬と同じ、ボールに触りたくない思惑で、他の外野のポジションに付いた連中も黙って何も庇ってくれやしない。
彼らの表情は、緊張と恐怖が入り混じった顔つきをしていた。自分たちが優馬みたいな轍を踏まないように真剣に野球に取り組んでいるように見えた。ただ同じ年のクラスメイトに怒鳴られたくない事を理由に。
こんなの何が楽しいんだ・・・
ふと、優馬はお兄ちゃんたちの様子を見た。
優しそうな先生と大人しそうな生徒たちが、すごく温和な雰囲気で輪になり、一つのサッカーボールを
パスしあっていた。どれだけ失敗しても、その温和な雰囲気が崩れることは無く、笑顔の絶えない空間だった。
こっちの雰囲気とは全く違う。優馬にとってその光景はとても輝かしく見えた。
『あぁ。いいなぁ』と優馬は思った。
その日から優馬は、あの学級の事が頭から離れなかった。
あの学級とは、この前の体育の時間に優馬たちのクラスとは全く違う雰囲気で遊んでいた集団の事である。
あの学級の事は詳しく分からないけれど、昼休みになると、よく中庭で遊んでいるのを見たことがある。
優馬は昼休みに中庭に行くことにした。
昼休みの時間。
優馬が中庭に向かうと、やはりあの学級の生徒たちが遊んでいるのを見た。優しそうな先生が、その光景を温かい目で見守っている。
優馬が興味ありげにその光景を校舎の柱の傍から覗いていると、温和な先生が優馬に声をかけてくれた。
「もし良かったら、一緒に遊んであげて?」
優馬はそう言われて、中庭に入った。
「お、優馬じゃん!」
すると、お兄ちゃんが優馬の事に気付いてくれた。
「今鬼ごっこしてるんだ。一緒にやろう!」
お兄ちゃんは満面の笑みで優馬にそう言ってくれた。
優馬は、お兄ちゃんの笑顔が大好きだ。この笑顔を見ていると、自然に心が和んでしまう。
優馬はお兄ちゃんに誘われるがまま、あの学級の輪の中に入っていき、一緒に鬼を決めて遊ぶことになった。
じゃんけんの結果、優馬は鬼になってしまった。
嫌なことを思い出す。
クラスで優馬が鬼になると、誰にも追いつけなくてたった一人で何十分も追いかけまわすことになる。運動が出来ない子にとっては、鬼になる方が辛いのだ。
「よし。じゃあ優馬が鬼だ!みんな逃げろ!」
お兄ちゃんがそう言うと、みんな可愛らしい悲鳴を上げて、楽しそうに逃げて行った。
優馬は正直嫌だった。でも今更抜けるわけにもいかないので、逃げた子達を追いかけることにした。
気は進まないが、仕方ない。
でも、優馬の心配は杞憂だった。
その子達は、優馬よりも遅い子達ばかりだった。
優馬が全速力で追いかけると、その子達をすぐに捕まえることが出来て、鬼ごっこが始まってすぐに鬼が変わってしまった。
その後も、優馬は逃げ続けることが出来て、こんなにも意気揚々と走り回ることは生まれて初めてだった。
たまに不意打ちをつかれて鬼になることはあるものの、またすぐに捕まえることが出来るため、全然苦では無かった。
むしろこの子達がすごくいい反応をしてくれるので、鬼になって追いかけまわすことに楽しさを見出せるようにもなった。
とにかくとても楽しかった。走り回ることがこんなにも楽しいなんて、初めて思えた。
そして、あっという間に昼休みが終わってしまった。
その日から、優馬は昼休みなると中庭に走っていき、毎度のようにあの学級の子達と遊ぶようになった。
相変わらずクラスで行う運動は楽しくないけど、この子達と運動をするのは楽しい。
そしてふと、優馬はある事を感じて温和な教師に聞いてみる事にした。
「ねえ。どうやったら俺もこのクラスに入れるの?」
「うーん。それはちょっと難しいかなぁ」
温和な教師は少し困った顔をしながら、答えた。
その後も何度もこのクラスに入りたいと伝えたが、あまりいい答えは返ってこなかった。
そんなある日の事である。
放課後。担任の教師に呼び出された。
呼び出されたと言っても、厳格な雰囲気ではなく、ちょっと気を遣われているように感じた。
担任の教師は神妙な顔をしながら、優馬に聞いてきた。
「矢田君は最近あゆみの子達と遊んでるの?」
あゆみっていうのは、あの学級の事だろうか?優馬にとって思い当たる節がそれしかない。
「うん。そうだよ」
「そう・・・あのクラスに入りたいの?」
先生は優しく聞いてきた。
「そうなんだ!あの子達と遊ぶのは楽しいし」
優馬がそう言うと、先生は腰を落として、優馬と目線を合わせながら話すようになった。
「あのね矢田君。あの子達は何かしら辛い事があってあゆみにいるの。矢田君が当たり前に出来ると思っていることが、やりたくても出来ない子達もいるのよ」
「?そうなの?」
遊んでいるときは、そうは思わなかったけどな・・・
「そうなの。でも矢田君は給食もちゃんと食べられるし、勉強もちゃんとついてこれているし、運動だって出来るでしょう?」
優馬は先生の言う事に一つだけ引っ掛かった。
「俺、運動は出来ないよ?」
「ううん。それは苦手っていうのよ。あゆみにはもっと出来ない子だっているの。身体が思うように動かない子だって・・・」
「でも、みんなちゃんと動けてたよ。俺いつも遊んでるから知ってるもん!」
「それは・・・動ける子だけ外で遊んでいるからよ」
先生は悲しそうな顔をしながら話続けていた。そんな表情のまま、優馬の肩に優しく手を置いた。
「矢田君。あなたは正常なの。正常な子はあそこには入れないのよ」
優馬はまた先生の言葉に疑問を抱いた。
「お兄ちゃんは?」
「え?」
「お兄ちゃんは普通だよ!ご飯もちゃんと食べられるし。運動も普通に出来るよ。勉強だって、別に普通に家で宿題とか、塾だっていってるよ!」
「それは・・・」
先生は困った顔をして、言葉が出ないようだった。
「ずるいよ!お兄ちゃんだけ。俺はいつも嫌な思いしてるのに、お兄ちゃんだけ楽してるんだ!」
優馬はただそれだけしか思えなくなり、先生の手を振りほどき、その場から逃げた。
先生は遠くから何か言っているようだったが、何も聞こえなかった。
その日、家に帰ってから、お母さんにも同じようなことを言われた。
多分電話か何かで先生から言われたんだろう。
優馬はお母さんにもお兄ちゃんの事を聞いた。
お母さんも、お兄ちゃんがなんであの学級に入っているのかを、優馬の納得のいく答えは返ってこなかった。
────クラスの子達と過ごすのが苦手だから。
『なんだよそれ。そんなの俺だって同じだ。俺だってクラスと上手くなんかいっていない!』
優馬はそんな事を思うようになってから、辰馬の事がだんだんとムカつくようになってきた。
『────あいつだけ、辰馬だけ、甘えてんじゃねえよ』
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