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五十万 費消士の本質

「……お前、どうしてここに」

「国王からの発注でな。ノスバットに物資を届けに来た」

「そう、です――か」


 恥ずかしいので、膝枕から起き上がる。

 商会のどこかの建物らしい。デュラゴンの炎のせいか、外はまだ騒がしいが、中は二人しかおらず、どこか寂しい。

 部屋には他に何もなく、殺風景。


「ナート達は?」

「無事やよ。傷一つついとらん」

「そっか。じゃ」


 立ち上がって部屋から去ろうとしたが、マーチェに呼び止められた。


「待て」

「何だ?」

「色々聞いておくよう、ナートに頼まれてな。とりあえず座れ」


 断りたいところだったが、彼女にはそれを黙らせる圧があった。

 ……内心ギクリとしつつも、悟られないようマーチェの前に座る。


「んで、何の用でs――だ?」

「ヘッグから聞いたぞ。DEATH・WALKERを倒したってホンマか?」

「ああ。強かったよ」

「……その時、何を懸けた?」


 いきなり核心を突く質問。

 動揺を隠しながら、それに答える。


「大金と、二代目カリバーンだよ。結構な出費になっちまった」

「それだけや無いやろ? その時の話はヘッグから聞いとる。金とカリバーンを失ってからも、あんたは力を使った」

「それは――」

「言えないなら、当てたろか?」

「やめろ」

「いいや、やめへん。あんたが失ったのは……記憶や」


 ……答えを言われ、ヴァルの顔が引きつった。

 もう割れていると分かりつつも、なんとか誤魔化そうとする。


「証拠は?」

「さっきからたまに敬語になっとるよ。まあ、分かりやすい形にしたろか。あんた、海を割ったことはあるか?」

「んなこと出来るワケないだろ」

「じゃあ、山は?」

「だから、無理だって(・・・・・)

「はい、ダウト」


 そう言って、マーチェは胸元から一枚の絵を取り出した。

 それに描かれているのは……真っ二つに割れた、山。


「……これは?」

「二子岳っちゅー、アスター領の山や。見覚え無いか?」


 ジッと見ていると、既視感が沸いてくる。

 そう、それは……昔、ヴァルが百万で割った山だ。


「初めて会った時『黒歴史』と言っとったし、優先的に使われてると思ったわ。疑うなら、アンタの兄貴に聞いてみるか?」

「……いや、いい」


 ヴァルは、力に変換したことで、記憶の一部を失った。

 できるだけ要らないものを使うようにはしているが、記憶とは紐づいているもので、重要な記憶にも欠落が出ている。

 マーチェに敬語を使いそうになったのも、その影響だ。


 ヴァルは気まずそうに目を背け、マーチェは怒りを露わにする。


「あんたにとって、私らとの記憶は、思い出は、その程度のものやったんか?」

「違う。……マーチェと会ってからの日々は、人生で一番楽しかった。だから、ここ一年の記憶は、一切使ってない」

「私に敬語を使っとったけどな」

「……すまん」


 いたたまれず、目を伏せた。


「だけど、あの時に使っていなければ、ヘッグともども殺されてた。必要なことだったんだ」

「ドラゴンの炎を消した時もか?」

「……」

「ヴァル、お前はもう戦うな。……哀し過ぎるわ」

「いや、別に記憶を使うことなんてほとんど無いし――」

「それだけちゃうやろ。ん!」


 マーチェが入口の方に手招きし、それに答えるように扉が開く。


バン!


「それに関しては、私が解説しよう!」


 意気揚々と入って来たのは、いつも通りの白衣を羽織ったリサだった。


「聞いてたのか?」

「そんなことはどうでもいいじゃないか。……単刀直入に聞こう。最近、金を使った時の強化率が悪いと思わないかい?」

「ああ」


 さっきのドラゴンのブレス。

 以前までなら六万くらいあれば対抗できていたものを、今回は十万も使う必要があった。

 それ以外にも、全体的に金の使用量が上がっている。


 リサにそのことを話すと、彼女は『思った通りだ』と前置きして、


「いやぁ、私としたところが、スキルという超常現象に惑わされて、思考を停止していたよ」

「……何言ってんだ?」

「悪い悪い。じゃあ、解説を続けよう」


 リサは、一呼吸置いてから、真面目な声で続ける。


「疑問に思わないかい?」

「何が?」

「スキルに金を使う仕組みについてさ。金なんてものは、所詮人が作った物質でしかない。スキルには『神が授けた』や『人に眠った才能』など、色々な説があるけど、どれしても金という指定されたものを使うのはおかしいのさ」


 ……考えてみれば妙だ。

 金の価値なんてものは、時期によって大なり小なり変動する。

 ならば、その価値は誰が決めているのか。


 ヴァルがしっかり考えたのを確認してから、彼女は『話は変わるが』と前置きし、


「こういう思考実験は知っているかい? 【剣士】のスキルは、剣を持っていなければ発動できない。刃が無い木の棒では、スキルは使えなかった」

「当然だな」

「だが、【剣士】の目を隠して、剣と称して木の棒を渡すと、スキルを使うことができたんだ」

「……つまり?」

「その棒が剣かどうかを判別しているのは、その人自身ということだ。スキルというのは、使用者の認識に大きく左右される。……金の価値を判断しているのは、君自身ということだ」

「……」


 説得力がある話だ。


 金で実際に買えるものは同じだが、人にとっての金の価値はそれぞれだ。

 例えば『毎月のお小遣いが百円の子どもの五百円』と、『月給三十万の大人の五百円』は、全然意味が違う。

 ヴァルは、マーチェに会ってから金の消費量が増え、また、使い過ぎても普通に生活できるようになった。

 それによって、ヴァルのにとっての金の価値が下がり……得られる力も減少した。


「金も、カリバーンも……記憶も同じだ。君にとっての価値で、得られる力が変わる。……【費消士】の本質は、所持者にとって価値があるものを失うことで力を得る……最も、虚しい称号だ」


 何か言い返したいが、言葉が全く出て来ない。

 黙り込んでしまったヴァルに、マーチェが追撃を加える。


「もう一度言うぞ、ヴァル。……あんたはもう戦うな。あんたにとっての金の価値は、ウチに会ってから下がり続けとる」

「……」

「このままやと、あんたの金はすぐ無くなって、またすぐに記憶に手を出すやろ。……これ以上、自分を失うな」

「一応言っておくと、一度上がった金銭感覚を直すのは難しいよ。少なくとも、数年は質素な暮らしをしないと」


 ……正論だ。

 金銭感覚を下げることが難しいのは何となく分かるし、正直、今の自分が過去の自分と同一人物なのすら確証が持てない。

 二人が、ヴァルのことを思って言ってくれているというのも分かる。

 しかし――


「……あと一度。あと一度だけだ。決戦には参加する」

「あんた、まだ……」

「Aランクの冒険者パーティ、エルシオンにも、徴兵令がかかってる。……お前達だけを行かせるワケにはいかねえ」


 ヴァルの意思が固いことを悟ったのか。

 二人は顔を見合わせてから溜息をつき、


「せめて、私の金銭感覚矯正プログラムを受けてもらおうか。どこまで効果があるかは分からないが、やらないよりはマシなハズだ」

「……なんか途轍もなく嫌な予感がするけど分かった」

「大量の金貨も用意しておく。好きに使え」

「ああ。ありがとう」


 こうして、エルシオンは決戦への準備を整える。


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