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人形にも意思はあるのです

作者: 暁紅桜

あぁ、夢現な気分だ。

本当なら私はこんなパーティーに参加できるはずもない人間なのに、どうして私は将来王になる男性に抱き寄せられ、そんな男性の妻となるはずだった女性を見下ろしているのか。

周りはコソコソと私をまるで悲劇のヒロインのように言葉をこぼしている。

そう、私は悲劇のヒロイン。だけどそれは、意図的に作り上げたもの。

私は、実父の命により、彼女から彼を奪ったのだ。


「ライーナ。お前が彼女にしたことは、貴族としてあるまじき行為だ。それは理解しているか」

「お言葉ですが、彼女は貴族令嬢として相応しくない行動をしていたのですよ。それを咎めて何が悪いのですか!」

「確かにそれは正しいことだ。だが私が言っているのはそれが度を超えているということだ。ただ注意するだけならまだしも、教科書を噴水に捨てたり、孤立させたり、誘ったお茶会で食事に薬を盛るなど。それらはやりすぎではないというのか?」


次期王妃となるはずだった女性。ライーナルデ・オルティナ・ハーヴェルク公爵令嬢。

幼い頃から次期王となられる、ファメル・ルディス・カルメリア殿下の婚約者、次期王妃として厳しい教育を受け、貴族らしい女性へと成長された。

多くの女性の憧れ。次期王妃としてきっと立派にやっていかれるだろうと誰もが思っていた。そんな中、入学した学園で元平民の女が婚約者と仲睦まじい様子を見て嫉妬しないはずがない。


「今挙げたもの以外にも色々やっていたことは調べがついている!人として一線を超えた行動もな!」

「それは……だって彼女は!婚約者がいる殿方に近づいて……しかも、貴族らしからぬ言葉遣いを!」

「言葉遣いや振る舞いは、仕方のないものだ。彼女は元平民。最初こそそういう行動をとってしまうのは当たり前だ。それに、彼女に近づいたのは我々の方だ」


殿下の後ろにも、数名の男性がいる。誰もが、将来この国を背負って立つお偉い方ばかり。そしてそんな彼らにも婚約者がいる。私をいじめていたのはライーナルデ様だけではなく、彼らの婚約者もだった。


「彼女はいつも一人だった。一人でいて、私たちが声をかけた。仲良くしていたのも、私たちが許可を出したからだ。彼女は優秀な子だ。将来のために多くのことを語っていただけだ」


そう。本当に彼らとの話は政治の話だった。元平民ということで暮らしについても聞かれ、こうだったらよかったのにと話をしただけ。彼女たちが想像しているような、相手を誘惑するような会話は一度もしていない。


だけど、それも全てこうするための計画の一部でしかなかった。

さっきも言ったように、私は実父から彼女から彼を奪うように命令された。

私の父、デレボレ侯爵はその昔、妻子がいながら当時メイドをしていた母を犯し、捨てた。

そして、私を孕った母は一人で私を育ててくれた。

そんな母が死に、どこからか私の存在を知った父が私を侯爵家へと呼び戻した。

侯爵には息子が二人おり、女性の子供は私だけ。

母への罪悪感で連れ戻したのかと思えば、彼は私を王妃にしようと計画を立てていた。

用意されたのは多くの恋愛小説。父からの命令は「悲劇のヒロインになれ」だった。

小説のように、元平民が王子に見そめられて王妃になる。そんなフィクションが私なんかに務まるはずがない。私は当然反対した。だけど、私にそんな権限はなかった。

この中で私は汚い存在だ。平民の血が流れ、平民として育った私は、純粋な貴族に逆らうことはできない。逆らえば殴られた。それは父だけではない。義母に異母兄たちにも。

私は彼らの、将来の地位獲得のための人形でしかなかった。実父に引き取られた時点で、私に逃げ場所なんてものはなかった。


「お前の役目は何だ」

「次期王妃になり、デレボレ侯爵家と王族の縁を結ぶことです」

「そうだ。お前はそのためにここにいるんだ。失敗すればどうなるかわかるな」


学園へと向かう日にも、そうやって念を押された。

入学して、普通の平民上がりの令嬢なら王族にグイグイ行くだろうけど、私はあえてそうしなかった。

言葉遣いも振る舞いもある程度は教わっていたけど、元平民の女性が完璧な貴族の振る舞いが出来るはずも無い。周りに不快に思われてもいけない。悲劇のヒロインは周りに同情されないといけないのだ。

あからさまな不敬な振る舞いはせず、貴族の振る舞いを習っている途中ぐらいのぎこちない振る舞いをした。

そして交友関係もそう。自分は元平民だからと声をかけることはなく、なるべく一人でいるようにした。だけど、それでは王族には目をつけられない。つけられたとしても、元平民の令嬢と物珍しさ・・・好奇心で寄ってくるだけ。すぐに離れていく。そのためには、彼らが私に興味を持たせなければいけない。そのために、勉強はしっかりと真面目に取り組み、教師も興味を引くような、ところどころ平民の意見を入れたりなどした。

予想通り、教師陣は興味を持ち、それは王子たちの耳にも入り彼らから私に声をかけた。そこからは簡単だった。

私を見かけるたびに彼らは私たちに声をかける。だけど、馴れ馴れしくするのではなく、相手は婚約者がいるから少しだけ一歩引いた雰囲気で。

周りからは、相手側が私にグイグイ行っているように見えているはず。

そんな様子を婚約者たちが見ないはずもない。しばらくすれば集団で私を呼び出した。


「元とはいえ平民。貴族としての振る舞いをわかっていないようね」


最初は小言だった。貴族としての振る舞いを注意される程度だった。

注意された通り貴族の振る舞いをしても、王子たちは私に声をかけた。

何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

それをきっかけに、いじめは徐々にエスカレートしていき、王子の知るところになった。

結果、学園の三大パーティーの一つである中間祭で私をいじめていたライーナルデ様は断罪された。


「君の行動は次期王妃としての振る舞いではない。よって、君との婚約を破棄させてもらう」

「そ、そんな・・・殿下っ!」

「君は優秀な女性だと思っていた。少しばかり高飛車なところはあるが、王妃となる女性だ。強気な方がいいと思っていたが、今回のことで君には失望した」


殿下とライーナルデ様の婚約破棄は今すぐどうこうなるものではない。

貴族の婚約、結婚は面倒なものだと前に彼らから聞いたことがあるから。

だから、まだ彼女は婚約中の身。まだ実父の命令を達成しているとはいえない。

私が殿下と婚約し、結婚をして正式に王妃にならないと達成したとはいえない。

まだ、私は人形のまま。悲劇のヒロインという名の人形なのだ。


だけどふと思った。ここには実父もいないし、兄たちも年が離れていてとっくにここを卒業している。

私を縛るものは何もない。

別に王妃になりたいわけじゃない。なんなら、このまま彼女が殿下と結婚して欲しいと思った。元平民の私が王妃だなんて荷が重すぎる。

そうだ・・・逃げるならここだ。いや、もういっその事、亡き母の元へ行こうかな。

私は、殿下のそばを離れ、その場に膝をつくライーナルデ様のそばへと足を運び、彼女と目線を合わせるために私も膝をついた。


「ライーナルデ様。私のことが憎いですか?」

「……えぇ憎いわ。私はあなたが憎い!私はただ……殿下をお慕いして……」

「……ではなぜ、私を殺さなかったのですか?食べ物に薬を盛る時、毒薬を混ぜればよかったのに」

「それは……」

「確かにあなたの行動は、人として一線を超えた行動もありました。でも、平民であればあのようなことはたまにあるんです。だから私は、あなたの行動が間違ったものだとは思いません。寧ろ、当たり前とさえ思います」


実父が用意した小説を読む中で、私はヒロインよりも悪役令嬢の方に同情をした。

だって、ずっと好きだった相手がぽっとでの相手に取られるなんて妬ましくて、憎くて、殺してしまいたいと思うのは当たり前。

幼い頃からそのために頑張ってきたのに、彼の側にいたいという一途な恋心で頑張っていたのに、それが一瞬で粉々になったのだから。


「ライーナルデ様。申し訳ありません、このようなことになってしまって」


私はそっと彼女の耳に唇を寄せて言葉をつぶやく。

そしてそのまま立ち上がり、驚いて私を見上げる彼女に笑みを浮かべた。

そのまま殿下のそばに戻れば、舞台は最後の演目を行い、幕を下ろした。


―――それから半年後。


少しだけ駆け足で私は学園内の温室へと足を運んだ。

入った瞬間に鼻を抜ける草花の匂い。そしてそれに混じって甘い香りがした。


「遅いですわよ。全く」


温室の中央。真っ白なテーブルの上に並べられた紅茶とお菓子。

二つある椅子の一つに腰を下ろしているライーナルデ様は不機嫌そうな表情を浮かべていた。


「すみません。殿下に捕まってしまって」

「また政治のお話ですの?はぁ、全く殿下は何を考えていらっしゃるのかしら。私の許可なく可愛い妹に手を出すなんて」

「あら、ヤキモチですかお姉様。それは、私にかしら、それとも殿下に?」

「殿下によ。せっかくの妹とのお茶会ですもの」


あれから数ヶ月後。私の実家であるデレボレ侯爵家は国家反逆罪として捕まった。

あの日、私はライーナルデ様の耳元で私の実家を調べるようにお願いをした。

彼女本人は私にしたいじめのせいで動けなかったため、部下を使って調べてくださった。

それにより、デレボレ侯爵家が私を使って王妃の座を奪おうとしていたことが判明した。

貴族の婚約は家同士を繋ぐもの。よっぽどのことがない限りは婚約解消などはされない。それこそ、今回ライーナルデ様がやったような行動ではなければ。

だが、その行動も私が意図的に起こしたことで、そうせざる得なかったのはデレボレ侯爵による脅しによることであったことが判明した。

この事実は、現国王の耳にも入り、私自身にも話を聞かれた。

どうせここで「そんな事実はない」と言っても、家に帰れば今回の疑いでまた暴力を受ける。それに、あの男は自分の欲望のために母を犯し、そして捨てたクズだ。どうなろうとどうだってよかった。

ハーヴェルク家の調査と私の証言により、デレボレ侯爵家は国家反逆罪となり、私以外の家族全員が地下牢に入れられた。


ライーナルデ様と殿下の婚約については、私が意図的に起こさせたこととはいえ彼女の行動は次期王妃としては相応しいものではないと判断され、婚約は破棄。並びに、約一ヶ月の謹慎処分となった。

あまりにも軽いのではないかと思われるが、被害者である私が、彼女の行動に対して仕方がないものだと判断したからだ。

彼女は何も悪くない。好きな人が取られるのではないかという恐怖は、誰もが抱く感情だ。その感情が大きくなりすぎたが故の行動。それに、私はそれで殺されても仕方がないと思うほど、自分の行動に罪悪感があった。

結果的に、先ほど言った処分になり、他の令嬢たちも同様に婚約破棄と一ヶ月の謹慎処分となった。


そして、私はデレボレ侯爵家が無くなったことで行く宛がなくなった。母もすでに亡くなっているし、親戚もいない。

このまま平民に戻って一人で生活するかとも思ったが、意外にも意外。ライーナルデ様が義理の妹として私を迎え入れたのだ。

最初こそ皆口々に私をまたいじめるのではないかと話をしていたが、ライーナルデ様は貴族の令嬢としての振る舞いを丁寧に教えてくださった。

なぜこんなにも優しくしてくださるのか尋ねた。相手は、自分の想い人を奪おうとした相手なのだから。


「冷静に考えれば、貴女に非がないことは目に見えています。あの時殿下が言われた通り、いつも声をかけていたのは殿下たちの方。貴女は一度として殿下たちに声をかけていません」

「でもそれは……」

「意図的でも、私が諫める相手は殿下の方でした。なのに、貴女にあのようなことをして……罪滅ぼし、ではありませんが、私自身が貴族令嬢としてまた一から学ぶために貴女を義理の妹として迎えました。同い年なのにで、姉妹というにはおかしいですが」


確かに彼女は貴族としてのプライドが高い。高飛車で強気な女性だ。でも、彼女も女性で好きな人には純粋に、一途に恋をする。

恋は、人を惑わせ悪にも善にもなる。

あの件で婚約破棄をしたが、真実が明るみになった後、元婚約者たちはお互いの気持ちをちゃんと話した。

女性側は自分の行った行動に対し謝罪をし、男性側はそれほどまでに自分を想っていてくれていたことを知り、自分の軽率な行動に謝罪した。

今では、婚約者ではないがそれぞれ良好な関係を築いているそうだ。


「そういえば貴女、最近気になる殿方がいるようね」

「へ?」

「特別編入してきた平民の男の子」

「い、いえ私は……」

「ふふっ、いいじゃない。見た目は確かに地味だけどとても優秀な子だと先生たちから聞いてるわ」

「しかし、その……元平民とはいえ、今は貴族ですしその……身分が」

「あら、そんなの関係ないわよ。平民でも、貴族の気を引くことはできるって貴女自身が証明したでしょ」


私を揶揄うかのように、ライーナルデ様は無邪気な子供のように歯を見せながら笑みを浮かべた。

その表情を見て、私も同じように笑った。


私は人形ではない。恋心が抱ける、意思を持った人間なのだから。



【完】


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