第62話 小さな灯火を救ってくれた人
盗賊の拠点へと向かうために宿場町を発つ。町からそう遠くない場所に拠点は存在しているらしく、認識阻害の魔法具を取り返すために乗り込む算段を付けての旅立ちであった。
「マレイケ、絶対に先走るなよ」
「それはユウキ様に言ってください」
「ユウキもそうであるがよお。お前昨日ばちくそキレてたじゃねえかよ。俺のことぶん殴るしよお」
「それはクンラートが情報共有を怠ったからだろう」
「俺だって忘れる時はあるんだよ」
「……おっさん」
「んだとディーデ! せめておじさまにしろ!」
「ぎゃあぎゃあ喚く暇があったのならば働きで示しなさい」
「平和ですわね〜」
「お前の感覚どうなってんだ。どこが平和だよユウキ言ってみろ!」
こんなくだらぬ理由で騒げるのならば平和だろう。敵陣に赴くのに緊張感は全くないのである。クンラートの話では頭はそれなりに歳を重ねた人間なのだそうだが、それ以外全くもって情報が無いのだそうだ。
クンラートが二日連続で花街へと出掛け、今朝帰ってきた際にその情報と場所は聞き及んでいた。マレイケが冷ややかな目をしていたのが面白かったな。
宿場町を西に十五キロほどの場所に打ち捨てられた小さな神殿があるのだそうだ。町中に移動したため使われることもなくなり、盗賊の根城となっているとのことで。
木々の隙間から青い鳥居が見え始めたが、辺りに人気は全く無い。鳥居の下に着けば荒廃しているが神殿の姿を保っている。草木が繁茂し、ところどころ壊れている。藤が木々や本殿に蔦を這わせているのを見るに手入れは殆どしていないようだ。
クンラートがすんすんと鼻をひくつかせて人の匂いを確認している。
「……中に人の気配があるが、若いのが多い。それ以外はよう分からん」
「乗り込むか?」
「危険は薄いとは思うが、ユウキを囲め、ユウキは一旦カワサキから降りろ」
「ええ」
敷地に足を踏み入れる。きぃ、と一瞬耳鳴りのような音が響いた。ディーデリックがびくりと肩を跳ねさせる。
「びくついてんじゃねえよディーデ。ただの結界だ。足を踏み入れたやつを探知するくらいしか力はない」
「そうか」
「本殿に乗り込みましょう」
クンラートとマレイケが先行し、各々得物を構えながら階段を登り本殿の戸を開け放った。煙草のようなにおいが鼻を掠める。本殿の中には、子供の姿が十人ほどと、大人の姿が三人。最奥に座り込んでいるのは恰幅のいい壮年の女性の姿だ。
「ふぅ〜……やれやれ、だねえ。まさか魔法具程度で乗り込んでくる馬鹿が居るだなんて」
女性は俯き気味の顔を上げる。黒髪に左目に黒い眼帯を着用している。眼帯を着けている左側の顔には派手なケロイド状の火傷跡が確認出来た。気怠げだが、こちらを見据えると笑みを顔に張り付けた。
「女巫がァ、なんだってこんな辺鄙なところにおわすんだい?」
私の正体がばれていることに、魔法具を奪った子供から見目について聞いたのだろうかと考える。
私も笑みを張り付け、クンラートとマレイケと並んで話をすることとする。
「わたくし、アリシアと申します。今代の女巫として役目を賜っております」
「おい」
クンラートに口だけの動きで大丈夫だと伝える。
「わたくし、この国の生まれではなく見聞を広めたく旅を」
「はっはァ! 神殿ってやつは人攫いまで始めたってかァ!? その肌の色はこの国の血を引いているんだろうが、どこからおいでだい?」
「ガルシアより……」
「へえ、神殿より上が動いたってやつか。敵対している国から女巫を選ぶとは、神々も試練をお与えなさる。……イリス様の娘かい」
「母を存じておいでで?」
「く、あの方を国から出すのを手助けしたのさァ……それが、アタシが中央からここにお払い箱になった訳だよ」
「あなたが、母を……」
名乗るのが遅れたね。とひと言告げると女性は慢延に立ち上がった。
「アタシはカートー。昔アンタの母君に仕えていた神官さァ。母君や、サバタとベニグノは息災か」
「……ええ、今も元気に」
「そうかい……。金子稼ぎに子供たちを使っていたが、まさか、女巫が釣れるとはね。すまないね。こんな小汚い場所に足を運ばせて」
「いいえ、お会いでき光栄でございます。母を知る方にお会い出来るとは、思っておりませんでした」
「女神様のお導きだろう。得物は持ったままでもいいが、警戒は解いていいよ。こちらにそちらを害す気は無い」
私が手を下に下ろすジェスチャーをするとこちらの三人は警戒を解く。大人しく座り込んでいた子供たちはきゃあきゃあ声を上げながらカートーの周りで騒いでいる。
「女巫様……も、申し訳ありませんでした」
「あなた、昨日の」
昨日の赤毛の子供だ。魔法具のブローチを両手で差し出すと俯きながら目元を赤く腫らしていた。ありがとう。と魔法具を受け取ると、ぺこ、とお辞儀をしてからカートーの方へ戻って行った。
「なあ、ここは盗賊の根城だと聞き及んでいたんだが、違うのか?」
警戒を解いているクンラートがカートーにそう尋ねると、話せば長いから簡潔に言う。と前置きを置き話出す。
「ここは盗賊の根城じゃあない。まがいのことは子供にさせちゃあいるが、ここは元は孤児院だったのさ」
「孤児院?」
「ああ、訳ありの子供を隠すには、捨て置かれた神殿なんざ丁度いいだろう。私は神官だった。ここへもその任を受け負って来たんだが、神殿は金なんざ寄越しちゃくれなくなってね。最初は寄付を募っていたがそれでもきつい。アタシもこのナリだろう。うまく動けないことも多い。盗賊に身をやつすのは、そう時間も掛からなかったねェ」
「自警団が盗賊を討伐しない理由は……」
「あの町にしちゃあ恥部なんだよ。町の神殿にとってもね。とりあえず生かしちゃおいてくれているが、本当に生かしておくだけだ。飢えているなんてあちらは見ないふりだよ。長くは続かないだろう」
アタシが来たばかりに、ここは打ち捨てられてしまったんだよ。そう告げるカートーの目は強い光を放っていたが、自分の母が関わったが故の問題に、どうにか出来ぬかと考える。しかしカートーにはお見通しのようで、浅はかな考えはやめるんだね。と私に告げる。
「アタシは自分の選択を間違っていたなんて思っちゃいないんだよ。アンタの母君を逃したことを、後悔することは絶対にあり得ない。気に病むことなんざないんだ。アンタはイリス様が生きていてくだすったから産まれてきてくれた。……イリス様のことを、聞かせてくれるかい?」
「勿論」
そう告げるとカートーははにかんで私の背をばんばんと叩く。
「ああ、お客様なんて久しぶりさね。酒でも飲みたい気分だ」
「酒は無いが、食料くらいだったら」
「子供たちに食べさせてもらってもいいかい。アタシはアリシアと話をしたい」
ディーデリックが荷を取ってくる。と本殿を出て行った。大人に見えた他二人はまだ幼さを残す青年たちのようだった。クンラートとマレイケが話をしているのを見ながら、カートーと座り込んで話を始めた。
「イリス様は、今どれほど動けている」
「……部屋に篭りきりです」
「やはり十二柱にやられたか。国を離れても何かを奪いに来るなんざ、卑しい神々だ」
「カートー様は神官だったのですよね。何故、母を逃す協力を?」
「……ただ、可哀想な女の子に見えたから、だねェ。何も知らずに奪われ続ける未来が、アタシには底なしに恐ろしいものに思えたからだ。だから、禁を破って生贄としての役割を話した。そうして逃した。その結果がこの体にこの場所だ。はは、要領悪いな」
ディーデリックが外の方で煮炊きを始めたらしく、子供たちがそちらへと向かって行った。
「見捨てるくらい簡単だったんだ。その方が国にとってはいい。でも、大きな炎から逸れた小さな灯火が消えるのを、良しとは出来なかったんだ。若かったのかね。アタシも」
カートーの横顔は笑みを口元に浮かべ、子供たちを見つめている。ただ愛おしそうに目を細め、誰かの幸いだけを願っている。
「ありがとう……」
「……ん」
「わたくし、この国に来るまで母のことを全く知らなかったのです。誰も教えてはくれなかったから。わたくしが女巫に選ばれるのを恐れた家族が何も教えてはくれなかったのです。でも母も父も、サバタやベニグノだって、わたくしのことを本当に愛してくれていたわ。あなたも、母を愛してくれていたのですね」
「買い被りさァ……ただ、自分のちっぽけな良心に嘘をつけなかった愚か者だ」
「それでも、あなたはわたくしに会えてよかったと笑ってくれたわ。それはとても、嬉しいのです。母を思ってくれる人がちゃんとこの国にも居たのだと」
カートーはくつくつと笑い、私の髪を撫ぜた。その瞳はきっと私の中に母を見ているのだろう。暖かな、愛を滲ませた瞳をしていた。
「綺麗な髪だ。この髪は父君に似たのか?」
「ええ」
「愛された髪と肌を持ってしまった可哀想な子。愚かな我らをお許しください」
「……許しましょう。あなたのことを」
ぽつりと、ありがとうと呟くように言ったカートーは、私の髪のひと房を取って口付けを落とした。私はカートーの肩に頭を預けて目を閉じた。母のことを互いに話しながら、晴れ空に響く子供たちの笑い声を聞いていた。
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