第61話 壁を見つめて我が身を憂う
「こりゃ花街で聞いた話なんだが」
「クンラート、あなた、女に現を抜かして職務放棄したらぶっ飛ばしますよ」
「怖えよマレイケ! 情報収集っつー仕事はしてんだろうが!」
翌日昼、私とマレイケの部屋でディーデリック交えの歓談中、花街から重役出勤を決めてきたクンラートにマレイケはキレ気味で胸ぐらを掴んで揺さぶり脅しをかけていた。まあディーデリックによれば、クンラートは昨日の夜にうきうきで花街に出かけて行ったと話は聞いていたので別にいいじゃん。という気分で私は居たのだが、マレイケ的にはどこかアウトだったらしい。
ちゃんと情報は集めてきたから! とクンラートが必死に弁明をしているのもあり、そこらで辞めておけ。とマレイケを説得し話を聞くこととなる。マレイケに掴まれていた服の襟元が大分よれていたが、それを正しながら壁に寄りかかったクンラート。
「この先の道中、盗賊団が居るらしい。目的の巳糺の森へは迂回路を通る必要が出てきた」
「へえ、ここら一帯はモンスターの討伐なんか結構きっちりやっている印象だったが、盗賊が居るなんて意外だな。自警団は優秀なんだと思っていたが」
「なんでも噂なんだが、自警団と盗賊で繋がりがあるとかなんとか。賄賂でも渡してんじゃねえかって噂なんだと。自警団が盗賊のさばらせておく理由なんか金くらいだろうとは確かに思うがよ」
「その盗賊は悪名高いのですか?」
マレイケの問いにクンラートは、そうさなあ。と首を捻ってはっきりしない物言いだ。
「なんでもガキばっかで襲ってくるんだとよ。ガキの割には強いとも言われているらしいが、冒険者でも被害に遭ったやつは居るそうだ。上級のランクだったらそう気にする手合いでも無さそうだな」
「では何故わざわざ迂回路を?」
「女巫を危険に合わせる可能性考慮するべきだろうよ。マレイケ、お前だってそうするだろう?」
「……別にこの方ならば襲われようが逃げおおせることくらい可能でしょうや」
お、マレイケの好感度上がっている。とちょっと嬉しくなり、ふふ、と密かに鼻の下をこすこすする。横目で私を見るマレイケの目は冷ややかだが気にはしない。
「だが万が一があるからなあ。あくまでも噂でしかない。噂のまんまってことはねえだろうよ。ガキが多くとも接敵するのがガキとは限らねえ」
「クンラート、迂回した場合どれほど日数は伸びる」
「まあ軽く五日程度。急ぐ旅でも無えだろう。リスクをわざわざ被りに行く必要はない」
「あら、わたくしのこともう少し信頼していただいてもよろしくってよ?」
「あんた血の気が多いからよ。引き際逃して重症とか勘弁だぜ」
「だが迂回路の方にも出る可能性はあり得るだろう。可能性は低いと言っても」
「まあそうなんだがなァ」
「日銭を取るか時間を取るか。どちらかですね」
資金は今のところ潤沢と言ってもいいが、我々は神殿になぞ頼れぬ根無草なわけだ。私の心配をしてくれての提案ではあったが今回は迂回路は使わぬ方に話を向かわせようと口を開く。
「盗賊程度相手に出来ねば、今後の旅でイレギュラーがあった場合うまく立ち回れるでしょうかねえ。わたくしたち、今は一介の冒険者に過ぎませんし、今回は盗賊覚悟で進みませんこと?」
「あんたの心配して言ってんだぜ?」
「危険は承知の上ですわ。時にはリスクを取る選択も必要かと思いますけれど」
「私はユウキ様の意見に賛同します」
「俺も今回はユウキの案を推す。盗賊と言えど、こちらには精霊もお二人いらっしゃる。接敵しても逃げの手を打って無傷で通り抜けることくらい可能だろう」
「ガキどもはどいつもこいつも血の気が多いねえ。……まあ、なんとかするよ。年長者としてよ」
と言うことで明日街を発つと決め、最短ルートで竜の住まう巳糺の森を目指すこととなった。クンラートは一旦寝る。と気だるげに部屋に戻り、子供組三人で街に繰り出した。
ディーデリックが保存食などを買い足すのに着いて行っただけであったが、宿場町としてはこの町は栄えている方だろう。活気もあり治安もいいと感じたが、盗賊が近場に拠点を作っているにしてはやはり平和すぎる気がする。
散策の途中、赤毛の子供と正面からぶつかった。金が入った皮袋から金をぶちまけたのを見て思わず拾い集めるのを手伝う。
「ごめんなさいね。ぶつかってしまって」
「僕の方こそごめんなさい。旅人さん?」
「ええ。これで全部かしら」
「ありがとう!」
地面から顔を上げて見れば、赤毛にピーコックグリーン色の瞳の男の子のようだった。身綺麗とは言い難いが、金を受け取り人好きする笑みを浮かべると、いい旅を! と手を振って去って行った
宿に戻ってみて、店主の顔色が何故か変わった。
「あの、ちょいといいかね」
「何か?」
「……その、見間違いだったら申し訳ないんだがね。そちらの外套の娘さん、そんな肌色だったかねえ?」
その言葉に三人で疑問符を浮かべたが、私を確認したマレイケとディーデリックが顔色を変えた。
「すまない。見間違いだと思う。俺と同じ肌色だ」
「あー、そうかい。すまんね。なんかボケたかなわし」
部屋の鍵を受け取ったマレイケが私の肩を抱いたと思うと足早に部屋へと向かわせられた。何かあったのかと部屋に入って聞くと、認識阻害の魔法具はあるかと問われる。
セーラー服のスカーフに着けていたが、胸元を確認すると何も存在していなかった。落としてしまったかと焦ったが、ブローチタイプの魔法具だったから落とすようなことは考えられなかった。と、すると。
「あの子供……!」
「スられたか……どうするマレイケ」
「少々お待ちください。宿の主にスリの心当たりが無いか聞いてきます」
一旦マレイケが退出して話を聞きに向かう。本来魔法具が存在していれば私はマレイケと同じ白い肌に見えるはずなのだ。が、今はディーデリックと同じ褐色の肌に見えているのだろう。
私としては、なんて間抜けを晒してしまったか。と情けなくなる。大人の人間が当たり屋なんぞしていれば警戒くらいしたであろうが、子供故に警戒心を怠っていた。あの子供、見つけたのならば鼻フックでもしてやろうか。と考えているとマレイケがしばらくしてから戻ってきた。
「赤毛の子供、例の盗賊の下っ端のようですね。旅人や冒険者に目をつけてスリを行っているらしいです」
「……迂回路を選択していたとしても、結局盗賊団の居る道に向かうしかなかったらしいですわね」
「クンラートの馬鹿はまだ寝ているのですか?」
「さっき部屋に様子を見に行ったが爆睡していた」
「あの馬鹿を叩き起こしましょう。スリの噂を取ってこなかった馬鹿を」
マレイケ、クンラートへの当たりが強すぎる。ディーデリックたちの部屋に向かうとマレイケはディーデリックの荷物から鍋とお玉を拝借すると耳元でがんがんと爆音を立てクンラートを起こし、胸ぐらを掴み、往復ビンタを食らわせていた。クンラートが少々可哀想になってくるほどの怒気を含んだ表情に、マレイケには逆らわないでおこうと誓う。
「クンラート、女に現を抜かし、情報は偏り、挙げ句の果て寝こけてよく護衛が務まりましたね」
「……俺はどうして起き抜けにこんなに罵倒されねばいかんのだ」
機嫌が悪そうなクンラートに事情を話すと、あー、と心当たりがあるような反応をする。
「そういえばあのねーちゃんもそんなことも言っとったわ」
「情報共有は全てしなさい。下半身に脳を支配されているのですか」
「いや〜こうね。出すもん出すと忘れちまうのよ」
「この旅が終わったらあなた性病で苦しみ抜いて死んでください」
「お前潔癖すぎんだよ〜。あー! 拠点の場所は聞いてるから! その拳を押さえろ!」
クンラートの上に跨り、手を握りしめて振り下ろさんとしているマレイケ。私とディーデリックは怖い怖いと呟きあい、お互い壁を向いてマレイケを見ないようにした。殴ったであろう鈍い音とクンラートの悲鳴を聞きながら、明日は我が身か、と壁を見つめ続けた。
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