第60話 憐れみでもあなたに思われたら
「ユウキ様を追う者、ですか」
全員起きて朝食を取ったのち、食休み中にその話を告げる。クンラートは目を閉じて腕を組んでいる。マレイケとディーデリックは茶を飲みながら、少しばかり考え込んでいた。
「神殿からだとすると、ユウキ以外の俺たちは邪魔者だろうな。排除される可能性は充分あり得るな」
「ガルシアからの可能性もあり得ましょう。その場合は対話でどうにかなるやもしれませんが、神殿からと考えるのが妥当でしょうね」
「……ガルシアだった場合、クンラートとマレイケはいいが、俺は父母に従った共犯者だろう。俺のみ排除もあり得るか……」
「ディーデはその際は脅されたとか言っときゃあなんとかなるだろうよ。事情知らなかったってのは本当なんだろう?」
「ああ」
片付けをし荷造りを終えてから旅を再開する。その最中も神託よりも追手の話になっていた。
「巳に居たと追手が知ったとしても、都市部を離れた今足取りを掴むことはそう簡単じゃあ無いはずだ。そもそもユウキには認識阻害の魔法具を着けさせている。見つかるとしてもまだ猶予はあるだろうよ」
『私がちょいとばかし探ってきてやろうか?』
「いえ、カサンドリス様は我らと居てくださった方が助かります。戦える者は近くに居た方がよいでしょう」
「今から気を揉んでもどうしようもないだろう。その時に考えた方がまだ作戦も練りやすい」
「最悪わたくしが捕まってあなた方を逃した方が被害は少ないと思いますしね」
まあそう簡単に捕まる気もありませんけれど! と高笑いをすると場の空気が少しばかり緩んだ。
次の宿場町へは今日中に着くそうだ。正直乗合の馬車はあったが、カワサキを手放すのが惜しいと言う理由で徒歩で彼らに付き合ってもらっている。しかし徒歩移動の方が足が付きにくいと言う理由もあったので理には叶っていた。
それにしてもモンスターは全く出てこないのもあり、ここ周辺はかなり平和な土地のようだ。クンラートに聞けば自警団の力が大きいそうで、冒険者に頼らずとも自衛を出来るのならば相当治安はいいのだろう。
夕暮れ時には宿場町へとたどり着く。ここは猫の土地へと繋がる要所でもあるために賑わいが以前巳に向かっていた宿場町よりも強く感じられた。
「厩がある宿を調べてくる。お前たちは買い食いでもしてな」
「あら、今日は面倒くさがらないですのね」
遠ざかってゆくクンラートの足取りは軽いように見てとれた。その背を見ながら、ディーデリックが呟く。
「見た感じ、この町には花街があるようだ。それでじゃあないか?」
「……爛れていますね」
マレイケが冷ややかな目でクンラートの背を見送っていた。
「男性なのだから仕方ないのではないかしら。息抜きだって必要でしょう?」
助け船を出してやるがマレイケは納得が行っていないようで若干不機嫌になっている。
「クンラートは情報収集が得意だろう。今までとてそれで助けられたこともある。マレイケ、そう不機嫌になるな」
「…………はい」
納得は行っていないらしく言葉だけにようで、なんだかマレイケにしては珍しい反応に思えた。今までクンラートが花街へと向かった際は呆れた。という感じであったが。
そこで私は気がつく。マレイケ、もしやクンラートに気が!? それとなくマレイケに話しかけた。
「ねえねえ、マレイケ、あなたクンラートのこと気になっているの?」
「いえ絶対に有り得ないです」
すっぱり早口で両断され、クンラートへの矢印は同僚として真面目に職務に当たっていないことへの不服らしい。ちぇ、ちょっとくらい浮いた話でもあれば面白かったのにな。
「あからさまに膨れないでください」
「え〜? だってえ」
頬を膨らませていじけているとマレイケに頬を指で刺され、ぶ、と息が漏れる。
「……私はあなただけのマレイケなのでしょう?」
「あら、覚えていてくれて嬉しいですわね?」
「じゃあ俺もユウキだけのディーデリックなのか?」
「ディーデはディーデよね」
「ええ」
「仲間外れだ」
ディーデリックがいじけた真似をして三人でくすくすと笑う。クンラートが来るまで買い食いをしていようと屋台街を目指していると、家の軒先で縫い物をしている少女たちの姿が見えた。そういえば、と思い出す。
「お母様から聞いたのだけれど、ヒティリアには布支度というものがあるそうね?」
「ええ、幼い頃から女の子供は結婚式やその後の生活に向けて縫い物を教わるのです。私はユウキ様の従者になることになってからは免除されていましたが、その前は私も」
「面白い文化ね。ガルシアにはそのようなものはなかったから」
「刺繍ひとつとっても、代々家に伝わるものや母親が実家から持ってきた模様だったり様々です。ひとつひとつ覚えさせられたのは覚えています」
ああやって友人と共に語らいながら布支度をするのもよくあることだそうで、昔はマレイケも友人と行っていたそうだ。
「……普通の人生を歩めた可能性は、あなたにもあったはずなのですよね。マレイケ」
「私は後悔はしておりません故。だってあなただけのマレイケになれましたから」
「ふふ、……そう」
それだけ聞いて、ヒティリアに来たのも悪くはないなと感じた。私はきっと、自分だけの何かが欲しかったのだ。物だって人だってなんだって用意されていた。でも自分で選んだことはなかった。マレイケだって用意されていた。でも、私に着いてきてくれることを選んでくれたマレイケが、私を憐んでくれたマレイケが、一等大切な宝物に思えた。
憐れみであってもよかった。本当に私を思ってくれていたからこそ、マレイケは泣いてくれた。得難いものを私は得ることが出来たのだ。
「ねえ! あそこのバインミーを食べないかしら? 美味しそうだわ!」
一緒に語らって、同じものを美味しいと食べてくれて、くだらない話で笑い合って。クンラートだってディーデリックだってずけずけと言ってくれるが、マレイケが呆れたような顔をして、呆れたように笑うマレイケが一等好きだ。友愛なのか、それ以上のものなのかは分からないが、今はそれでいい気がする。
三人で買い食いをしていると遠くから獣人の立った耳が見えた。クンラートがやってきて、ディーデリックがクンラート用に買ってあったバインミーを渡し、四人で立ち食いをしながら街の様子を見て回った。
宿へとたどり着いてディーデリックにカワサキを任せ、神託の鳩便はクンラートに任せマレイケと共に部屋へと向かった。
ブーツを脱いでベッドに腰掛けると、マレイケがお疲れ様でした。と告げる。
「竜が住まう森までまだありますが、大丈夫そうですか」
「わたくしカワサキに乗っているだけですもの。あなた方の方が心配だわ」
「私共は心配されるような鍛え方はしておりませんので。ディーデは多少心配ですが」
「ディーデは大丈夫じゃないかしら? まあ、学園に居た時授業さぼっていたけれど」
「……一度鍛え直した方が良さそうですね」
他愛ない会話をしながら、クンラートとディーデリックが戻ってくるまで二人揃ってベッドでごろついていた。戻ってきたクンラートには呆れられ、ディーデリックはマレイケのベッドに飛び込んでごろつき、三人で笑い、クンラートには更に呆れられるのだった。
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