セルフタイムトリップ
暗い水の中から浮き上がっていくような感覚。
なぜ水の中だと思うのだろう。
冷たさも抵抗も何もないのに。
さっきまで見ていたはずの景色は真っ暗に塗りつぶされて、そのことになんの違和感を覚えることなく、ただ浮かび上がるに任せている。
起きて最初にすることは、ヘッドレストに置いたままのデジタル時計を見ることだ。
そこに映し出された数字。
無感動に、無表情にただ事実だけが映し出されたもの。
けれど、そこには人を不安にも安心にもさせる何かがある。
あぁ、今日は「知ってる」時間だ。
いつからだろう。
『ここは本当に自分の知る場所だろうか』
そう疑問に思うようになったのは。
初めは僅かな違和感だった。
会話の内容が飛んでいる。
いつの間にか道の先に立っている。
それらはただ別のことを考えてしまっていたからか、少しぼうっとしていたかをしていただけで起きたこと。
その程度のものだった。
けれどそれはある日その程度と言えなくなった。
一日前の記憶が失われているのだ。
目が覚めたとき、時計が示していた日付は昨日の続きではなく、その翌日、本来ならば明日示されるはずの数値が映し出されていた。
初めは時計の故障かと疑った。
しかし、時計だけではなく、テレビに映し出された番組のそれも、ネットに表示される出来事のそれも、全ては同じ事実を示していた。
即ち今日は「明日」であると。
それからも度々連続しない世界は訪れた。
単なる夢ではないか。
ただ自分が寝過ごしただけではないか。
そんな微かな望みはすぐに打ち砕かれた。
自分の知らない時間軸。
そこにも確かに自分は存在し、自分のような振る舞いをして一日を過ごしていた。
おかしいのは誰なのか。
世界なのか、自分なのか。
記憶のない時間の訪れは、少しずつ頻度が増えているようにも感じた。
自分の知らない自分が、自分を、世界を、侵食しているように感じる。
それでも今日は昨日から続く世界だった。
まだ、この世界で生きていていい、世界にそう言われているような気がした。
部屋の扉を開けると、見知らぬ誰かが立っていた。
こちらを見ると、笑顔で
「おはよう」
と声を掛けてきた。
側には小さな子供の姿もあった。