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第七話


「アデライド、副長たちには手間をかけて済まないと伝えておいてくれ。

私は必ず無事で戻る。単独行動に走るのはこれで最後だ」


「どうしてそんなことがわかるんですか! もう馬鹿な殿下!」


「わかるのだ。理屈ではないが」


「理屈っぽさの塊みたいな殿下がそんなこと言うとは……」


「では行ってくる」


エドはちょうど壊れていた玄関から馬で飛び出した。が、やはり夜なので暗くて進めない。

すぐに立ち止まって後ろのサラに情けないことを言った。


「どこかその辺で松明でも……」


「これでよいか」


サラはそう言われると思っていたのか、壊れた廃屋の木材を抜け目なく懐に入れてあったのをエドに渡した。

エドが受け取るとひとりでに火がついた。どうやらこれで何とかしろということのようだ。


「まだ帝都を出ていない。ここから南西に少し……城門のほうへと向かっている」


「ならこの松明が消える前に追いつけそうだな」


とエドは馬を回頭させて南西に走り出した。短い松明を持っている手がほのかに熱く感じ始めた。

それとは対照的に、石畳の上に作られた街中は昼間の暖かさを忘れたようにひんやりとして静まり返り、闇が包み込んでいた。

そんな中を無言で馬を走らせるエドの後ろでサラがつぶやいた。


「この国は町人でも誰でも知っている。エド皇子に未来はなく、姉夫婦が次の支配者だとな」


「それがどうした。私の命は帝国のためのもの。誰が支配者になろうが大した違いはない」


「お前が国にそこまで尽くす理由はなんだ? 国を重く見ているのか、自分を軽く見ているのか」


「くだらん。私は姉上を愛している。暗殺されかけたことは何度もある。

私を姉上が疎んでいるのも知っている。それでも関係ない。私は姉上が誰よりも大切なのだ」


「なんだと……」


「私を理解できなかったのは無理はないが、それならば簡単に理解できるであろう?

あきれるほど簡単だ。私はそのためになら命を懸けられる。私は、姉上がくれた優しさを覚えているのだから」


エドの姉が自分と弟の血がつながらないことを知ったのはいつ頃だったかは不明だ。

しかし、彼が幼少期のころまでは確かに優しい姉だったのだ。エドにとっては、姉のために死んでもいいほどの。


「この国にお前たち邪教徒が害をなすなら時間が残されている間は排除するまでのこと。

だが今はそういうのは忘れよう。あの女を捕まえてリストを奪うことだ。異論はあるか?」


「ない。フレデリカの身柄は死神騎士団に預けよう。だが皇子、一つ質問がある」


「なんだ?」


「お前はいつ死神騎士団に着任した? いや、それより、この任務が始まったのはいつだ?」


「機密ゆえ話さない方がよいのだろうが、始まったのは二日前だ」


「二日でフレデリカまでたどり着いたというのか。それほどの力を持ちながら何故お前には野心がない!」


「何を怒っている? そう興奮するな」


しかし興奮したサラは夜の静まり返った街によく響く、甲高い子供の声で叫んだ。


「興奮もする! それほどの力があるのに。力があっても優しすぎる者は踏みつけにされ、滅ぶだけだぞ」


「それはお前の実体験か?」


「言う必要はない」


サラがまだエドに言うわけにはいかない何かを感じつつも、エドはそれは詮索せず心のままに質問に答えた。


「私は王の中の王だ。誰にも仕えるつもりはない。かしずくとしたらただ一つ。それはこの国に対してだ。

ありえない話だが、父上の命でも帝国の利益に反するなら私は従わぬ。

私が力を求めて争いになり、国が傷つくくらいなら、私が消えた方がマシだ」


「私はお前のことが嫌いだ。嫌いになった。力こそ正義なのだ。お前が王になるべきなのに。

残念だがお前の話を聞くことで私はこの国を潰す決意がさらに固まったぞ」


「まるで本当に子供のような口調だな。魔法で年齢をごまかしているくせに。だが評価してくれるのは素直に嬉しい。

お前の評価が間違っていないと証明するためにも、まずはあの連中をどうにかしないとな」


エドの指さした方には、もうそろそろ南門を抜けて帝都を出ていきそうな、サラの乗ってきた馬車を操るコンラートの姿があった。

サラはもちろん、御者など使わず魔法で馬を操ってやってきたので馬車にはコンラートとフレデリカだけだ。

危惧したように殺されてはいないように見えるが、フレデリカが無事で荷台に乗っているとも全く限らない。

エドは速度を上げてすぐに馬車に追いついた。コンラートはこちらに気が付くとエドから盗んだ剣をふりかざしたが、エドの味方には教祖がいる。

無駄なあがきであった。すぐにコンラートはサラが廃屋を破壊した見えないエネルギーによって馬車から吹き飛ばされて気を失った。


「死んでないだろうな?」


エドにサラはこう答えた。


「死神騎士団のくせに、人死にを嫌うのか?」


「我々は死神騎士団だから裁判なしでの処刑が許されているのは知っているな?

私が言っているのは、お前があれを殺したら私はお前を処罰せねばならんということだ」


「そういうことなら安心しろ、死んでいない」


「そうか」


エドは馬を駆って馬車に近づいた。サラが持ち主の馬なので、コンラートが吹き飛ぶ事件があっても馬たちはさほど気にせず、サラが来てくれるのを従順に立ち止まって待機した。

荷台にエドが入ってみると、フレデリカは両手両足を縛られた状態で荷台に転がっていた。


「拘束する手間を省いてくれて感謝する、コンラート」


エドはフレデリカを担ぎあげた。フレデリカはさほど小柄ではない。

この国の成人女性の平均身長は高齢者を除くと大体百五十五センチくらいであるが、フレデリカはそれよりは五センチほど高い。

痩せすぎてはおらず健康的な肉付きをしている。女性の体重を詳しく書くのは憚られるのでやめておくが、まあ大体五、六十キロほどの体重である。


エドは帝王学の一環として体も鍛えているので難なくこれを担いだ。そしてまだエドの馬にまたがっているサラにこう言った。


「三人乗りはできん。お前はここで降りろ、そして帝都から去るがよい」


「一旦そうさせてもらうとしよう」


サラは素直に馬から降りた。エドは頭から血を流して気絶しているコンラートに駆け寄って剣を取り返し、宝飾があしらわれた優美な鞘に納めると、サラに駆け寄る。

そしてこの剣を再び抜き、サラに向けてこう宣言した。


「だが私は国家第一の下僕だ。それが王の中の王である私の当然の務め。

わが帝国を壊そうと画策する以上お前を拘束する。アルダシール教の教祖、サラ=アルヴハイム」


一瞬悲しそうな顔をしたあと、サラはからかうように頬の肉を吊り上げて微笑みながら言った。


「わからぬな。それがお前の本質か。己の身さえ国のために捨てる馬鹿者か」


「何と言われようと構わん。お前が無敵の魔術師だろうと、私が生き方を変える理由にはならない。

フレデリカを拘束した以上協力関係は切れた、違うか?」


「お前はどうしてそう……いや、血筋を考えるのなら当然かもしれぬな。だからこそ愛おしい」


「な、何を言っている!?」


エドはさすがに、思春期に入る前くらいの小さな子供の姿をしたサラに愛おしいと言われても男としての部分が反応するような男ではなかった。

ただ純粋に驚いた。そしてこうも思ったのである。


”先ほどから思っていたがこの女、私の父上と何か昔関係があったのではないか?

父上が私に邪教を駆逐せよと命じたことにも何かの裏があるということか?

いずれにせよ実力差は歴然。援護もない。帝国の戦力でこいつを倒せるとよいのだが……”


エドがいつも以上に張り詰めた顔つきでサラを睨みつけていると、サラはこう言ってきた。


「私がこの国をぶっ潰してやる。そうしてお前を呪縛から解放してやる。私は止められん!

フレデリカごとき塵芥のような小物にすぎん。そんな物はなくても、私の奇跡で人は動く」


「反論できないな悔しいが。で、やるのか? 戦いを」


「やるまでもない。見逃してやるからさっさと帰れ。私はこの国を潰さねばならないからな」


サラはコンラートから返してもらった馬車を自分の魔法で操り、結局帝都の城門から外へと出て行ってしまった。

暗い農道の奥に広がる漆黒の中に馬車は溶け込み、戻ってはこなかった。

エドは今思い出したかのようにコンラートとフレデリカを拾い、フレデリカは馬に縛り付け、コンラートは自分で引きずって帰ろうとしていたときだった。


仲間を連れたアデライドがエドのところにようやく到着したのだ。

エドはとりあえず副長の顔を見ると平謝りしておいた。


「済まない副長、それに皆。私の独断専行のせいで、危うく様々な危機が訪れるところであった」


副長は眠たい目をこすり、あくびをしたあと不機嫌そうに言った。


「いや、いいって。むしろよかった。任務の一番最初で団長殿、あんたの気性を知ることができてな」


「私はこの通りの気性だ」


「開き直るんじゃねぇ。まあ俺たちも団長殿に無関心なところがあったのは謝る。

これでお互い様だな。しかし団長、教祖と何を話してたんだ?」


「あの女についてだが……言動に不審な点がいくつもあってな。あの女は、私の母親だったりしないだろうか?」


副長以下、死神騎士団の全員が固まった。


「どういうことだ団長?」


「私の母は下級貴族の娘だったそうだが一度も会ったことはない。生きてるのか死んでるのかすらわからん。

だが教祖は父上と繋がりがある風だった。私に対して何か特別な思い入れがある風にも見えたのでな」


「まさか。変なこと考えてないで、ほら、罪人を積み込むぞ。情報を握ってる連中だからな」


副長は気絶して今すぐ治療も必要そうなコンラートを、例の廃屋から持ってきた荷台に積み込み、帰ることにした。

エドを乗せて廃屋までやってきたあの荷台をアデライドが回収していたのだ。

医者のキミッヒはコンラートの頭部の損傷を応急手当してあげながら、意味深な質問をする。


「罪人たちはどうなるでしょうか、団長?」


「牢に運んで入れておけ。治療が必要ならキミッヒ、卿がやっておけ。今夜は私が罪人の番をしておこう。

卿らは帰って休め。ただし日の出前には誰か一人が私と交代するように」


「では交代要員は私が。二人とも治療は必要でしょうし」


「では頼む」


「番は俺が行く。団長は襲われてケガしてるだろう、帰って休むべきは団長の方だ」


「何を急にやる気を出しているのだ副長。私は問題ない。出血も止まっている。

それとアデライドだ。アデライド、よもや私に呼び出される理由がわからんとは言うまいな?」


アデライドは直立不動の姿勢で言った。


「私の不徳の致すところであります。団長閣下!」


「わざとらしい事を言いおって。では行くぞ。ところで、死神騎士団には罪人を入れる牢があるのだろうが、そこはどこなのだ?」


「牢は宮殿の地下にありまして、私が案内しますよ」


「よろしく頼む」


二人は罪人を乗せた荷台を馬で引き、宮殿前の門にたどり着いた。門番の兵はもちろんエドのことは知っているので顔パスで通った。

そして帝都中央部の盛り上がった丘の部分にあたるアウステルリッツの丘へ入る数少ない門の前まで来た。


この門は皇族の居住地に馬車で入るとき専用の門である。門番の許可を得て門を通ったところで、しばらく行くと壁に囲まれた袋小路に出る。

袋小路は荷物を集める集積所になっており、居住地内の皇族に品物の注文を受けた業者はここに荷物を下ろす。

そして必ず皇族御用達の役人が運搬を引き継ぎ、居住地に建っている皇族の家に(これらは離宮と呼ばれる)運ばれていく。


ところがエドと一緒にこの荷物集積所の袋小路にやってきたアデライドは当たり前のような顔をして壁に取り付けられた鍵付きの鉄扉を開いた。


「こんなところがあったとはな」


「死神騎士団しか開けられない鍵です。もっとも、この先には地下牢しかないので無理に入ろうとしてもメリットはありませんが」


「なるほどな。おいお前たち、話はわかったな? 沙汰があるまで大人しくしておけ」


とエドが荷台のコンラートたちに言ったが特に反応はなかった。

それでもエドは気にせず先に進む。地下牢は半地下になっており、天井付近に鉄格子がはまっているので日中ならばそこそこ日光が入る。

それに牢内も清潔に保たれ、変な臭いなどもしない。一応ベッドもあるなど、かなり人道的な牢屋になっていた。

これも現皇帝の性格が色濃く反映された結果であろう。現皇帝は厳しい男だが無意味な厳しさや残酷さには無縁だ。


エドは上のような事を思ったのだろうか。普通牢屋に来ると人の顔は入れられる側でなくとも強張るが、母の胸にでも抱かれているかのようにエドはリラックスした表情を浮かべ、アデライドに気味悪がられた。


「何を笑ってるんですか団長」


「なんでもいいだろう。それより早く収監しろ」


「はい……」


アデライドが仕事を済ませた。静けさ漂う深夜の牢の通路で話などするとどんなに小声でも囚人たちには聞こえてしまうが、それには構わずエドは言った。


「アデライド。話というのはほかでもない。卿は魔法の存在を知っているのだな」


「教祖からはどの程度聞きましたか?」


「自分は優れた魔法使いだ、という自慢しかしていなかった」


「でしょうね。実際そうでしょう、あれに敵う魔術師は私の知る限りおりません」


「師匠とやらがいるそうだが?」


「師匠はこの国一の大魔法使いでしょうが、教祖には私がお力添えをしてようやく勝てる見込みが出てくる……というところですか」


「何故教祖はそんなにも強いのだ?」


「さあ……ただ魔法使いの世界は奥が深いですからね。修行次第でとてつもない力を得ることが可能でしょう。

魔法の素質は才能が大きくものを言います。精神力、性格、それに発想力も大事ですし」


「精神力? 発想力? ますますわからぬ」


「早い話、良心のない奴は強いということです。精神のタガがぶっ壊れている奴は攻撃性にも歯止めがありません。

同じ道具でも悪の天才ならば、思いもよらない悪辣な使い方を思いつくものですがそれと同じです。

それに制約の契約というのがあります。魔術師は悪魔に大切なものを捧げるほど強くなる性質があるのです」


「教祖は、人間として大切な何かをごっそりと忘れてしまった……いや自分から捨てたのだということか?」


「その可能性は高いでしょう。あと魔法には高等術式というのがあるのですが、これも制約を付けることで強くなることがあります。

発動の前に精霊と魔をたたえる古代の詩を古代語で流暢に暗唱するとか、発動条件が息を止めていられる間だけ、とかですね」


「なるほど。例えばアデライド、卿が”教祖以外に使用すると死ぬ”という条件の高等術式を開発したら、威力は強くなるか?」


「多分そうなるはずです。私という魔術師が本来扱える限界以上の複雑かつ威力の高い術が可能になるでしょう。

それで、教祖はどんな魔法を使っていましたか?」


「馬を操る魔法に私の怪我を一瞬で全快させる魔法。それにまるで見えない巨人の拳を繰り出したように、一瞬で家を破壊していたな」


エドは話し終わって気づいたのだが、アデライドは血の気が引いていた。


「ちょっと待ってください。操作系に修復系、それに攻撃系の高等術式じゃないですか」


「それにあの女は恐らく自分の見た目を変えるのに常時魔法力を割いているはずだ」


「……治療や家の破壊に魔力を消費したあとで私は出会っていたんですね。

なるほど個人の力でこの帝国に戦いを挑もうとするわけですね。

しかし変ですね。魔法はその存在自体おとぎ話だと考えられていますよね。

帝国が魔法を教えるのも私のような例外的存在のみのはず。あれほどの魔術師を帝国側が把握してないとは思えません」


「考えられる可能性はなんだ、教えてくれ」


「帝国を裏切った大魔法使いか、もしくは、魔界に住まう本物の悪魔か」


「帝国を裏切った魔法使いなら父上たちが我々にそれを教えぬ理由が必要だな。しかし悪魔とは……その……恥ずかしながら私はほとんど知らない」


「人間より強い化け物です。普通に生活していれば関わり合いには……というか私も面識はありません。

ところで殿下。やっぱり体が疲れてるでしょう。私がキミッヒさんとの交代までここにいますから帰って休んでくださいよ」


「一度言い出した以上はここにいる。私と一緒に居るのが嫌なら卿が帰ったらどうだ?

それに、まだ話は終わっていない。アデライド、卿は何故魔法使いの師匠の下で勉強することになったのだ?」


「私の母が魔術師の家系でした。私の数か月後に生まれた殿下が男の子でしたので、私は修行をすることになりました。

殿下がもしも女の子だったなら私たちはそれぞれ今とは全然違う人生を歩んでいたのでしょうね」


「そうかもな。私の力になる予定であったということか。それで私より先に死神騎士団に?」


「はい、二年前に」


「ということはやはり、私はその時点からすでに団長に内定していたというわけか。

何か……思ったより厄介な任務のようだな。とはいえ今日は迷惑をかけた。そしてよく働いてくれた。

礼を言うアデライド。今後とも引き続き、私の力となってくれ」


アデライドは特に何も答えずにうなずいた。夜は更け、二人は次第に会話をしなくなっていく。

看守用の椅子のほかは辛気臭い囚人の寝顔しかない状況に嫌気がさしてきた二人は瞼が重くなってきた。 

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