第六話
「はい、わかりました。コンラートさん、教祖様が来ますのでお引き取りを。
今日はご苦労様でした。また今度会いましょうね」
「教祖様が? いや、そのぉ、私入信しようかと思いまして。教祖様にお目通りしたいんですがシスター」
コンラートは夜人気のないところでフレデリカと二人きりである、という状況は実に好都合で自分からこれを手放す道理はなかった。
「そう言われましてもぉ。あ、でも入信ならすぐに儀式は済ませられます。
私表の顔は巫女ですが、司祭も務めていますからね。はい!」
フレデリカは胸元から小瓶を取りだした。中には透明の液体が充填されている。
「これは?」
「洗礼の聖水です。こっちに来てください」
フレデリカに言われたコンラートは詳細をまだ語られていないにも関わらず、椅子に座っている彼女の足元に身を投げ出した。
この頭の上に、彼女は聖水をふりかける。これで儀式は完了であった。
「はい、これであなたは私たちの仲間です。おめでとうございます!」
コンラートはゆっくり顔を上げ、そして万感の思いを込めてこういった。
「ああ。これでようやくシスターと結婚できるのですね!?」
「え……いや、私が言ったのは子供たちの面倒を見なくてよくなったら、という話で」
「心配要りません。もう孤児たちは一生先のことを心配する必要がなくなるんですから」
「え、それってどういう……」
「とにかく心配はご無用ですよ。私はあなたをお守りします」
「……とにかくコンラートさん、教祖様が人払いをしておけと私におっしゃった以上、速やかに立ち去ってください」
「もちろんです、シスター」
コンラートはエドの持っていた高価な宝剣を手に悠々と上機嫌で廃屋から去っていった。
その入れ違いくらいのタイミングで教祖が廃屋の中に入ってきて、フレデリカは顔も見ずにひれ伏していた。
「サラ様、ご足労をおかけしまして申し訳ございません」
「クズめ」
教祖ことサラは開口一番に言い、続いてこう言った。
「お前はこの国中のクズと馬鹿と物狂いを集めて我が元に従えさせるのが役目だ。
他の仕事に手を出している場合ではない。それに私がいつ要人を傷つけろと言った?」
サラは一言で言うと、灰色のマントを羽織った美少女、であった。
少女と言っても幅が広いが、彼女の場合思春期にも入らないような歳の子供だった。
小さな背丈と、幼い丸顔をしていた。おおよそ十歳から十二歳といった感じだ。
「あっ、あっ、でも、あの、サラ様がこの国をつぶしてやると言っていたので……」
「顔だけが取り柄の能無しめ。言うに事欠いて私に責任を擦り付けるとはな、見下げ果てた奴めが」
「す、すみません、お許しくださいサラ様!」
「ここは私に任せておけ。貴様は私の乗って来た馬車に乗って帝都を出よ。さっきのコンラートとかいう男に御者を任せてある」
「お気遣い、痛み入ります」
「虫けらには過ぎた扱いだが、まだお前には仕事があるのでな」
フレデリカは虫けら呼ばわりされても一切意に介さず言った。
「あ、でもちょっと気になることが。コンラートさんなんですが、あの人、何だか怖くて。
もしかして子供たちを殺してくる気なのでは……」
「お前を逃がすよう命じてあるのだ。そんな時間はない。
わかったらとっとと失せろ、役立たずの顔は見たくない」
「はい」
教祖ことサラはパカッと木樽の蓋を開けて、エドの顔を確認。そして優しくそっと木樽からエドを出してあげたのだ。
「大丈夫ですか?」
サラがさっきまで恐ろしく口が悪かったのに、まるで偶然通りがかった子供みたいに素直に心配した声をかけてうる。
エドはここで初めて起きた。腰が痛かったが、それより、論理的に考えてに不可解なこの状況に困惑する。
「子供か。こんなところに何で子供がいる?
もう夜だ、危ないから送って行ってやろう」
「あの馬で?」
サラは廃屋の中でじっとしていたエドの馬を指さした。剣は盗られたが、コンラートは馬までは盗らないでいてくれたようだ。
「そうだな。君、名前は? それに家はどこだ?」
「家はありません。名はサラ=アルヴハイムです」
「アルヴハイム? 妖精の家ということか。変わった名前だな。家はないのか」
「はい」
「神殿には近づかないほうがいい。悪いが、私は今から危険な男を始末しに行かなければいかないのだ」
「危険な男?」
「ああ。私の部下がそろそろここを見つけるはずだ。ついてくるか?
家はないと言っていたがどこかその辺に住んでいるんだろう。送ってやろう」
と言ってエドは立ち上がったが、すぐに膝から崩れ落ちた。
その時サラはエドの後頭部から腰までにかけてが赤く染まっていて、相当な量の出血をしていることを認めた。
まあ、さすがにケガから何時間も経過しているので出血は止まっていたが。
「クソ、思いっきり殴りやがってあいつめ。こんな怪我をさせた奴を追わねばならない……」
だから送ってやる、と言おうとした時だった。一瞬だけサラがエドの頭に触れた。
すると、エドの怪我は傷口がどこであったかも思い出せないほど跡形もなく完治した。
瘤になっていた傷跡は触っても痛みがなく、腫れも引いている。サラは得意そうに言った。
「これが私の能力。元気になった?」
「なるほどな。これなら信徒を集められるわけだ、教祖様」
「ほう、いつから気づいていた?」
「状況的におかしいとは思っていたがそうか。こんな奇跡を起こせるのなら教祖をやれるわけだ。
しかも奇跡を起こせるのだから殺さない限りいくらでも信者を集められるではないか。
父上はこのことをご存じだったか、それとも……いや、それはこの際よい」
「ではどうすると?」
「話をしよう。思っていたより話が通じそうだ。しかしさっきの演技はなんだ?
私が気づいていなかったらいつまで子供の演技を続けていた?」
「面白そうだったのでつい」
「私はからかいがいのある男だと思われていたなら心外だな。が、まあそこは我慢しよう。
コンラートとフレデリカはもう行ってしまったか?
連中のことは気に食わんが、追いかけねば」
「フレデリカはうちで匿う。あの男は死んでもらう」
「そうではない、今一緒かと聞いているのだ」
「ああ」
「まずいな。あの男はフレデリカの美しさにやられて気が狂っているのだ。何をするかわからん。
フレデリカの顧客リストを手に入れるまでは生きていてもらわないと困るのでな」
「そんなに心配とは、惚れたのかフレデリカに?」
「馬鹿を言え。コンラートと二人で約束していたからだ。子供らの手がかからなくなったら結婚してもよいと。
既にその条件は達成されている。正直何をしでかすかわからない狂人だ。私に手を上げたのだぞ。
教祖、お前は遠くのフレデリカとも会話できるのだったな。やってくれ」
「……」
教祖は一応まだフレデリカを生かしておく理由はあるので、エドの言うとおりにしてみた。
魔法の力でフレデリカに話しかけてみるが、フレデリカからの応答がない。
何をおいても絶対に教祖から話しかけられれば応じるフレデリカが出ないということは、それが出来ないほどの切羽詰まった状況であるということ。
サラはそのことをエドに簡単に教えた。
「あの役立たずが応答しない。皇子の考えている通りになっているかもしれぬ」
「ではお前が指示したルートを教えろ。フレデリカは帝都から逃がして別の町で金稼ぎをさせるつもりだったのだろう」
「二人乗りした方が早かろう」
サラは退屈そうに居眠りしているエドの愛馬を指さした。
「まさか教祖と二人乗りする日が来ようとは。世の中わからないものだな」
「うーむ……」
サラの考えていることは次のようなことであった。
”この時点で私が皇子と接近できたのは幸運であり、フレデリカのお手柄であった。
計画ではもっと後の話であったはずであるからな。嬉しい誤算だ。
皇子と一緒に長期間行動できれば様々な面で私の計画の有利となる。それにフレデリカが計画にはまだ必要だ。
となると、ここは皇子に全面的に協力しておいた方がよいな!”
サラはすぐさまエドの愛馬に飛び乗った。
「皇子、私がそなたについていこう。ただし、凄まじい魔力が迫っておる。これほどの魔力を持った人間は久方振りに会うな」
「そもそも魔力とか、何の話だ?」
するとサラは馬の背にまたがり、意外と気さくに説明してくれたのでエドは混乱する。
「生きとし生けるもの全てが持っている知性。知性そのものの力のことだ。必ずしも頭が良ければ魔力が高いわけではないが、鍛えるには勉強あるのみだ。
物を動かしたり変化させたり、炎や水を生み出したり、使い方は様々だが……私レベルになると高等術式というのが使える」
「それが治癒の奇跡や、通信か?」
「私レベルになれば治癒や遠隔での会話すら高等術式を使わずに行える。だが凡百の魔術師にとって容量は大きな問題となる。
膨大な高等術式は時として術者の器に収まりきらないが、私のように天性の素質と研鑽があれば別だ。
論より証拠だ。私の力の一端を見せよう。そうすれば私を始末しようなどという考えも吹き飛ぶであろうからな」
サラはそう言って廃屋の玄関扉を謎の力で破壊。細かすぎて中々落ちてこない木の破片と土煙の中からアデライドが姿を現した。
「師匠より強い人を見たのは初めてです。殿下、その子供が、やはり例の教祖ですか」
アデライドは腰の剣を抜いてエドの馬にまたがっているサラに切っ先を向けた。
エドはすぐにこう対応する。
「よせアデライド、教祖が私たちに危害を加える気ならとうにやっているだろう。
それより教祖。話が逸れていたな。お前は我々に何を求めているのだ?」
「私の計画はまだ話せない。その時が来たらいずれ話そう。だがフレデリカがまだ必要なのは本当だ。
あの男が危険ならば追うこととしよう。皇子、私は馬に乗れぬ。手綱を取ってくれ」
「おのれ、殿下に向かって上から命令口調で……!」
アデライドは一度納めていた剣をまた抜いた。
「よせと言ってるだろうアデライド。教祖、協力はするが約束しろ。帝都には近づくな。
それと、わが帝国に傷をつけるような真似もな」
「私はお前たちと協力関係を結んでいるつもりだ。むろん、お互いにお前たちを殺すのは最後にしてやる、という程度のな。
私はこの帝国を潰す。その点に関して一切の妥協をする気はない。それでも協力するかしないかはお前たち次第だ」
「言ってくれる。アデライド、教祖を今ここで仕留めることは出来そうか?」
「私の師匠が手助けしてくださればあるいは。ですがもし大軍を差し向けたとしても無駄でしょう。
投入するだけ兵が無駄になります。今私たちの命があるのは教祖がとらないでいてくれるだけ、です」
「そうか。なぜ卿が魔法について知っていることを今まで隠していたかは後で聞くこととしよう。
では教祖、二人を追跡する。アデライドも一緒でいいか?」
「それは困る、私はお前と二人でなければ行かぬぞ皇子」
「ならそれでいい」
エドは馬に乗り込んだ。そしてサラは彼の胴体に腕を回して密着する。
これを見てアデライドはいずれ殺すのであろうエドを教祖がどう扱おうとしているのか、皆目見当がつかずにただ頭の中に疑問符を浮かべた。
筆者の作品を全部読んでくれている変わり者はいないと思うが、実のところ、以前までの作品を読めば大体先のことは読めるようになっている。
というのも筆者は必ず作品の中に”過去から続く隠された歴史の真実に通じる百歳以上のロリババア”を出している。
出そうとして出しているのではなく気づいたら居るのだ。重症である。
今回もそのパターンにはまってしまったのである。