第三話
それはさておき、キミッヒたちは先ほどから話に出ている職業のあっせん所へと足をむけた。
ここで聞き込みを行ったところ、一行は「コンラートはもうここへやってきて既に仕事へ向かったが、明日、十時ごろに来るはずだ」との情報を職員から得ることができた。
この国の帝都ベルンシュタインベルクでは朝六時から二時間おきに鐘が鳴る。帝都の警備を担当している近衛兵団の者が鳴らす決まりなのだ。
だから朝十時というのは鐘が二回目に鳴ったときのことを指す。
結局この日は、他に色々と聞き込みをしてみたもののこれという情報は得られずに副長たちと合流することになった。
副長に至っては、終日三人で聞き込みをしたものの、東地区には全くと言っていいほど邪教徒の影が見えない、ということを帝都の宮殿前の広大な広場にてエドに報告した。
「明日もダメっぽいなこりゃ。西地区では早速成果ありってのも正直ちょっと予想してたが」
副長は暗に成果の見込みにくい東地区担当とされたことへの不満を口にした。
エドは気にせずこう言った。
「報告した通りだ。明日、コンラートとやらを捕まえて話を聞き、邪教徒どもの集いを邪魔するつもりだ。
集まった連中を袋のネズミとするには人数が足りぬ。傭兵に関しては早急に手を回してくれ副長」
「仰せのままに、団長殿。既に手紙は出しといた。それより、今日は親睦会ってことで飲みに行かないか?」
「酒は飲まんが、諸君らのことを団長としてもっと知っておくべきであるのは確かだな。
酒の席に置いて面白い男ではないが、私も参加していいか?」
「何を団長殿! 仲間外れにするわけないだろ? ところで俺、食事ってやっぱ目上の人が連れて行ってくれるものだと思うんですよ?」
副長の露骨な態度に少し呆れながらエドは答えた。
「むろんだ。私の生家に招待するとしよう。だが急な話なのでな。私は先に帰ってメイドたちに食事の用意をさせねばならない」
「ああいいぜ。じゃあそういうことで、ご馳走様でーす!」
副長はこの国最大の実績を持つ将軍であるビスマルクを父に持つ御曹司でエドより遥かに年上だが、性格はこんなものである。
「凄いですね副長。まさかあのアウステルリッツの丘の宮殿で食事できるなんて!」
と紅一点のアデライドが言った。
「平民の僕もですか?」
と言ったのは医者の家系出身のキミッヒだった。エドは無言でうなずき、馬で東へと駆けて行った。
細かい話は割愛するとしよう。エドは実家に帰るとメイドたちに大急ぎで料理を作らせ、日が沈みかけのころに家に到着して、夜二十時ごろには料理も酒も準備され、副長たちが家にやってきた。
副長は性格的には正直な話クズなので、エドに招かれて客間に入ると大きな声で言った。
「綺麗なメイドさんばかりだな。俺なら変な気起こしちゃうね」
「皆母であり、姉だぞ。それに変な気を起こしても不幸にするだけだしな」
「冗談だって、皇子は真面目だな。ところで、待ってる間に返書が来た。帝都に住む仲介業者からな。
傭兵の件はもう手配した。数日中に隣の州で待機している傭兵団百人が来るとのことだ。
あ、その分のお金は経費で落ちますよね団長殿?」
「私を誰だと思っている副長。ともあれご苦労だった。金の話は心配するな。
今日は親睦を深める会だ。仕事の話はこの辺りにしておくべきではあるまいか?」
「全くだ」
というわけで始まった六人による宴。むろんエドは最初から最後までしらふで至極つまらなそうに話を聞いていたのだが、あるとき紅一点アデライドに話が及ぶとエドは相変わらずだんまりながら、聞き耳を立てた。
「まあ、そう言われてみるとラーム君のこと私全然知りませんけどね……」
「秘密の多い連中だ、まあよくあることだ。皇帝陛下直属の部隊ともなるとな。そういえば俺もお前のこと知らないぞアデライド。
知ってることと言えばメチャクチャ剣の腕が立つことと、美人なことぐらいだ」
副長の今言った言葉は一応女性に対しての誉め言葉であり、副長としては言わなきゃ失礼くらいに思っている。
アデライドは付き合いがそう長いわけではないが副長がそういう人だと知っているので無視した。
「私のことを知ろうとしないからでしょ全くもう。私は、アルプアルスラーン家の侍女の娘です。
父上は皇帝陛下……つまり団長とは実の姉弟になります」
「は?」
「は?」
話を振った副長、およびエドは同じことを言い、滑稽なまでに同じ顔をして驚いた。
「何を驚いてるんですか。いずれ言わなきゃいけない事です、初日に言えてよかったです。
私は陛下のお役に立つためこの団に……あ、もちろん殿下に含むところとかはないですよ?」
「姉上だったのか。なら敬語など無用だ。とはいえ私の方が卿にへりくだると、総勢六名とはいえ団長として示しがつかん。
悪いが私はこのまま先ほどまでの通りの接し方で行くつもりだ」
「もちろんです。あ、団長。私は陛下から伝言を預かってます。最悪の場合は死神騎士団を通常任務に戻し、私と殿下だけで行動するようにと」
「最悪の場合? それについて父上はなんと?」
「私でないと解決できない問題が発覚した場合、ということです」
「なるほど。私には教えてくれないというわけだ」
エドはアデライドからこれ以上の情報を引き出すことを潔く諦めた。
アデライドの方がエドより情報的に優位に立っているということは、皇帝は最初からエドにすべて任すつもりはなく、信頼しているアデライドに補佐及び監督を任せていたのだ。
つまりは、口では「今後二か月がお前の首を左右する」みたいなことを言いつつも心配なので補佐をつけていたというお茶目な皇帝なのである。
そうとなればエドもアデライドに逆らうつもりはない。
というわけで、この宴は若干エドの想定とは違ったものの、互いを知り親睦を深めるという当初の目的は一応ではあるが、達成されたのだった。
翌日は、この死神騎士団たちにとって忘れられない日となった。
エドは朝一番、職業あっせん所が開くタイミングに合わせ、死神騎士団全員であっせん所を訪れた。
受付はすぐにエドたちにコンラートの居場所を知らせた。
いつもあっせん所に仕事を求めて並ぶ列の前から十番目以内には入ってくる勤勉な男である。
コンラートが列の前から五番目のところにいると受付に教えられたエドは馬でそこに駆け寄った。
上から見下ろし、コンラートとエドは列に並ぶ労働者たちの視線を一気に集める。
露骨に高圧的な態度でエドは勤勉なる中年男、コンラートに言った。
「貴様の情報が必要だ。怪しい連中が橋の下で集会をしていたというのは本当か?」
するとコンラートは突然目に涙を浮かべ、畑がイナゴに食い尽くされた農民のように天を仰いで哀れっぽい声を出しながら絶叫した。
「ああ、ああ、あのお方! もう一度お目にかかれるのなら!」
「誰のことだ?」
「あのお方です。橋の下で出会ったあのお方っ!」
「わかった、興奮するでない。ここでは迷惑にもなろう。少し場所を変えるぞ」
エドは西地区中央広場へと男を連れ出した。広場では毎月選挙が行われる。そのための広場で非選挙期間中は空いている。
広場についてきたコンラートはさすがに冷静になってきたのか、六人の騎士団に向ってすらすらと流ちょうに語りだした。
「こないだの事です。飲んだ帰りについうっかり魔が差しまして、橋の上から立ちションをしてたんです」
エドは顔をしかめた。
「街は綺麗に使え。それで?」
「すると橋の下に灯りが見えました……行ってみるとその下の穴のなかで人々が火を焚き、乱痴気騒ぎをしていました。
混ぜてはもらえませんでしたが、その中に一人、女神がいたんです!」
「屋台の主人も、相当な美人がいたらしいと言っていた」
「そんなものじゃありません! あれは女神か、神の遣わした天使に違いありません!
あれから毎日橋の下に行ってみるのですが、もう七日もあの場所で人を見ていません。
部外者のわたしが見てしまったので、場所を変えてしまったんでしょうか……」
「おそらくはそうであろう。その女神とやらも乱交に加わっていたか?」
「とんでもない! 乱交は恐らく女神さまへの出し物か、儀式のたぐいでしょう!」
「ふむ。その女、教祖かもしれぬな。副長、どう見る?」
話をふられた副長は律義に答えた。
「出来れば美人とは仕事では会いたくなかったが。しかし実際のところ団長はまだ若い。
美貌で信徒を集めるのは教祖の役目ではない。女は恐らく教祖の愛人かなんかだろう」
「っ!!!!」
コンラートは言葉にならない奇声を発して副長を獣のような目でにらんだ。筆者はその言葉を記述するすべを持たない。
しかし副長はこれに構わずこう結論付けた。
「宗教の教祖をやろうなんて人間がろくな人間なわけないしな。
女が乱交に加わらないのはそのオッサンを見りゃわかる通り、美しい処女であることが崇拝を集める種だからだ。
とにかく、女を探せばいい。それほどの美人だ、目立たない方が難しいだろう?」
「一理あるな副長」
「そりゃどうも。で、団長。このオッサンはどうする?」
「女の顔がわかる人間は必要だ。副長は傭兵団をすでに招集しているのだったな?
では私はこの男を傭兵として雇い入れることとしよう。これを受け取り給え」
エドは懐から金貨を取り出した。この世界では銅貨を百枚で銀貨一枚、銀貨二十枚で金貨一枚と交換できる。
銀貨が現代日本人の金銭感覚でいうと一枚五千円くらいである。金貨は一枚で十万円くらいになる。
コンラートにとっては月収に近いほどの金額。自分が受け取ったのがまだ信じられないと言いたげに、コンラートはしげしげと手のひらの上のコインを観察する。
「一枚あれば今月いっぱいは私の部下ということだ。受け取るか受け取らないかは貴様次第だコンラート」
相変わらず高圧的なエドにコンラートは頭を下げた。
「あのお方に会えるのなら何でもします!」
「そうか。では副長。昨日に引き続き、アデライドとシャハトを率いて今度は西地区で美女の聞き込みを行ってくれ。
私は残りの男たちと共に行くところがあるのでな」
「了解です団長。美人探しは得意なんだ。任せてくれ」
副長はブレない男であることをアピールしつつ、二人の部下を伴って広場から去った。
一方、エドたちに残りの男たちと十把一絡げにされたラームは不平をもらした。
「殿下。我々の扱いちょっと悪いですよ」
「すまない」
「あ、いえ……こちらこそすみません。しかしどちらへ向かわれるので?」
「美人な女が噂にならずに済むところについて少し考えたのだラーム。
匿名性があり、それでも生活に困らずに一人の女が暮らしていける場所。
あまり男が入り込まないところがよい。副長の言うことを信じるならだがな」
「つまり……どこなんです?」
エド以外の男たちはすぐに降参してエドの答えの発表を待った。
あてずっぽうでもいいから、少しくらい当てようとして来てほしかったな、と少し寂しい思いをしつつエドは言った。
「神殿の巫女だ」
「神殿ですって? 邪教徒の女が?」
とラームが驚く中、キミッヒは腑に落ちた様子だった。
「確かに、盲点でした。あそこなら男と近づかずに済みますし、他人に顔を晒すこともない。
それでいて結構暇なので布教活動を行う時間もあるでしょうからね」
この国では神殿と呼ばれる宗教施設がある。日本の神社とほぼ同じである。
人々はここで願い事をする。おみくじを引いたり、お賽銭やお布施もする。
神殿内では商人の商売を許し、その売り上げの一部をもらうなどして稼いでいる。
これらの稼ぎで神殿では主に親のない子を巫女たちが引き取って育てている。
これが基本的なこの国の宗教観だった。参拝ついでに共同体に貢献できた、ということが市民にとっては誇りだった。
特に神殿に寄付をたくさんすることは金持ちたちにとっては最大級の名誉であったため、神殿側もお礼にと、神殿内の目立つところに感謝の石碑を作るならわしだ。
引き取った子供たちは十歳にもなればもう働き手で、女の子であってもどこかに奉公に出されて二度と神殿には戻ってこないケースがほとんどだ。
したがって、神殿には男と呼べるほどの男は基本的に全くいないと言ってよい。
また、容姿も問題にはならないだろう。容姿のよい女はもちろん嫉妬を受けるが、神殿にはその容姿を買ってくれる金持ちの男やハンサムな男はいない。
全員処女で未婚であることが巫女の最低条件なので、容姿がよくても全く得にならないとなれば、さほど嫉妬は受けまい。
体育会系集団に勉強だけは学校一のモヤシが紛れ込んでも嫉妬されないのと同じ理屈であろう。
上のようなことをエドは考え、キミッヒたちもおおむねはこれに同意した。
エドは次にこう言った。
「次に問題となるのは捜索の方法だが、別に改めて考える必要もあるまい。
我々は皇帝陛下の勅命を受けた死神騎士団なのだ。強引に捜査する。異論はあるか?」
「ありません、団長!」
エドの部下たち三人は声をそろえた。
「では行動を開始しよう」