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第一話

エド皇子十六歳のある日。彼は謁見の間と呼ばれる大広間に呼び出された。

入口が西側にあり、真東側には階段がある。東側はちょっとした丘になっていて、皇族たちはこの丘の上に住まうのだ。

そしてその丘、つまり皇族の居住地へ入るには謁見の間の西側正門から入り、そこから階段の上まで伸びる赤いじゅうたんの上を進んでさらに東側へ行かなくてはならない。

むろん謁見の間の階段から東側は関係者以外立ち入り禁止である。


さてこの大広間はパーティーなども開かれる外交の場で、皇帝も外交パーティーの時ばかりは階段の上に置かれた第二の玉座から降り、周辺国の重鎮たちとパーティーに参加するのだが、今回はそれとは違う用があって皇帝は謁見の間の玉座へ向かっていた。

当たり前だが皇帝が到着するよりも前にエドは謁見の間へ来ていた。するとそこには彼以外にも五人の男女が呼び出されたのか、待機しており、ちょっと人見知りがちのエドとはいえ、彼らにあいさつをした。


「卿らも陛下から直々の呼び出しか」


すると五人は、さすがにエド王子であるとすぐに気づいて彼に対し直立不動の姿勢をとった。

中でもリーダー格なのか、一番年上とみられる男がこう言った。


「これはこれは殿下。俺はアルブレヒト・フォン・ビスマルク。死神騎士団の団長を務める者です」


アルブレヒト・フォン・ビスマルクは建国の英雄ビスマルク将軍の九男であった。

その後エドから見て最も左にいた団長の右側の女が自分のついでにさらに右の面々についても紹介する。


「私は同じく死神騎士団のアデライドと申します殿下。以後お見知りおきを。私の隣におりますチビは新入りのラームです。その横がキミッヒ。一番右の女のような男がシャハトです」


エドは冷や汗をかいた。自分が殺されるとしたら彼らになのだ。

彼ら死神騎士団は処刑任務を命じられている近衛兵団の一部隊で、指揮権は近衛隊長にではなく、皇帝直轄だという噂だった。

何しろ存在すら不確かだったのだが、実際その一員だという連中と会ってしまってはどうにもしようがない、エドは雑談することにした。


「ご丁寧にどうも。しかし死神騎士団とは。実在していたのか」


「ええ、構成員は我々のみです。任務は処刑だけですからね。そう頻繁にあることでもないですから」


にこやかに答えるアデライドをあくまで信用することなくエドは言った。


「つかぬことを聞くが、噂では皇帝陛下の命令であれば裁判なしの処刑も行うとか」


五人は少々答えにくそうにしたものの、ややあって団長がこう答えた。


「それは事実だ。その我々と殿下がこうして同時にお呼び出しを受けたということはつまりはそういうことだな」


「私にようやく父上が仕事をくださるのだとしたらそれは願ってもないことだな団長。死神騎士団と一緒というのが少々気にかかるが」


「いよいよ陛下、我々に皇女たちの暗殺を命じてくださる気に……?」


「それはいかん! 姉上達を殺すなどもってのほかだ。妊婦だぞ」


エドはかなり激しく反応したが団長は平然とこう返す。


「だがな殿下。お前の命を狙う妊婦でもある。お前は自分の立場を重々理解してるはずだぜ?」


「なんだと?」


「母親は宝物の管理を代々任されるとかいう帝都の中小貴族。

お父上は絶大な力を持つが、その支持がお前にも向けられてるとは限らん。事実、俺自身も陛下に仕える身だがお前に忠誠を誓った覚えはない」


「随分な言いようだ。だが事実だ。私に力はない。それに父親という生き物が娘より息子を大事にするはずがない。今回の謁見も暗殺などではないはずだ」


「となると皇子に仕事をさせて箔をつけて存在感を高めようということかもな。しかし俺たち死神騎士団と一緒にか?」


「あまりいい予感はせぬな……」


と言っていると帝室に仕える高級役人が階段そばに現れ、大声を張り上げた。


「これより皇帝陛下ご入来! 臣下は礼をとるがよい!」


高級役人を含めその場にいた七人は一斉に玉座の方を向き、ひざまずいて首を垂れた。

皇帝は皇族居住地の方からドアを開けて入ってきて、玉座に座った。

そして先ほどの声のでかい役人に原稿を読むよう指示した。


「勅命である! 皇子エド様は本日付で死神騎士団こと近衛兵団第一騎兵師団十三小隊の隊長に就任される。ついては前団長は副長に。よくよく殿下を補佐すべしとのお達しである!」


「陛下!」


皇子はここで頭上の父に向ってこう意見を述べる。


「ありがたく存じます。ですが彼らに人手は足りている模様。私ごときが陛下のお役に立ちますものか」


「心配いらん」


と言ってから皇帝は玉座の上で重々しく続ける。


「貴様とその部隊には任務を与える。邪教徒のうわさは耳にしたことがあるな?」


「は、父上。確か、帝国西方で広がっているという怪しい宗教でしたね。確か名はアルダシール教」


「うむ。連中が先日ハイドリヒという帝都のおたずね者をかくまっていることを確認した。その他悪い噂には事欠かぬ。そんな中、先日ある事件が起きた」


「とおっしゃいますと?」


「西方のフェネルバフチェ属州の州都エフェソスにおいて、邪教徒との衝突が発生したのだ。というのも先日地震が起き、エフェソスの有名な巨大神殿が被害を受けた。

その傷も癒えぬ頃に今度は暴風雨によって神殿は完全に崩壊した」


「神の怒りに触れたのは邪教徒のせいだ、ということでしょうか」


「住民はそう考えたようだ。住民が同都市にあった邪教徒の神殿を襲撃し、略奪を行うものがあった。

これに報復が行われ、事態は混乱を極めた。ついに属州総督が軍隊を派遣して鎮圧することとなったのだ」


「話だけ聞きますと邪教徒も少々哀れに思えますが」


「うむ。余も地震と暴風雨が連中のせいとは思わぬ。あの地域では数十年に一度は起こることだからな。

とはいえ神殿の破壊と略奪を受けたことは元々それだけ嫌われていたということだ。

指名手配犯ハイドリヒの件もあるように連中も丸きり女神のように清浄な団体ではないのだ。

そこでお前たちに指示を出す。帝都の守りを固め、邪教徒と思わしき者は裁判なしで拘束、尋問してよい。

改悛を求め応じれば解放し、応じねば殺せ。帝国の治安と結束を大いに乱す連中だ」


「は、仰せのままに」


「ではゆけ。皇子エドよ、貴様は団長として今回の任務を指揮するのだ。では副長以下五名は下がってよい」


「は!」


言われた通り五名は声をそろえて言うと一斉に外へ出て行った。取り残されたエド。

皇帝は五名が出ていくまで黙っていたが、やがて彼らの姿が見えなくなると口を開いた。


「あともう少しでお前も十七だなエド。そろそろ結婚したらどうだ?」


「父上のおっしゃる通りに致します。やはり相手はレオラでしょうか?」


「何故そう思った?」


「レオラはヴェルターの腹違いの妹で、九歳です。常識的に考えてあと十年くらいは私たちの間に世継ぎは出来ないでしょう。

父上が私の妻にと見つくろうであろう女たちの中で一番可能性が高いのがレオラかと」


すでに説明してある通り、ヴェルターの父は三十近くも年下の女を救う代わりに結婚し子をなした。

その一番末の娘が九歳のレオラことエレオノーラで、血筋的には最も高貴な女の一人であり、またヴェルターの妹でもあることから皇帝としては息子の妻に欲しい人材だった。

エドの有利になることはしたくないヴェルターとその妻であるが、九歳の子供ならエドも言った通り十年ほど待たないといけない。

その間にヴェルター夫妻に男の子が出来て成長してしまえばエドに逆転の道はない。

つまりエドとレオラの結婚は夫妻にとって悪い話ではないのだ。

皇帝としてはわが娘と息子を争わせたくはない。言わばレオラとの結婚の話を娘夫婦に持ち掛けるのは、皇位継承争いから身を引くと言っているのと同じなのだ。


「お前は自分の身を守ることに関してだけは勘が鋭いな。その通りだ。あの娘と結婚しろ。

式はお前の誕生日と合わせる。つまりあと二月の間に死神騎士団での成果を上げてみせよということだ。

レオラは父上の孫だ。結婚していれば箔つけにはなるだろう。余がお前を皇帝につけるかどうかは今後の二か月にかかっていると思え……下がってよい」


「はい」


皇帝は玉座から立ち上がり、宮廷の高級役人と共に裏の居住地へ引っ込んで行った。

二人が去るまでエドは辛抱強く待ち、一人で謁見の間を出た。

そのエドを出待ちしていた死神騎士団の面々と彼は目が合った。

エドはため息をつきながら彼らに言った。


「居たのか。まあよい、仕事はもう始まっているぞ諸君。どうか私のために戦ってくれ」


「了解、団長。それで、俺たちは何をすりゃいいんだ?」


エドは副長にこう答えた。


「副長はアデライド、シャハトを伴って帝都の東地区に回り、情報を収集せよ。

東地区はごく一般的な住宅街だ。一方私とラーム、キミッヒは西地区だ」


「西地区ね。治安の悪いところだな確か。皇子様にそんなところ行かせていいのかねぇ」


「やむを得まい。副長、アルダシール教のことは卿もだいたい知っているだろう。

帝国西部の農村で徐々に広まった宗教で、中には危険な指名手配犯も匿われているような連中だ。

帝都にいるとすれば、とりあえずは人の多い所だろう?」


「そうだな。しかし全く人手が足りねぇ。陛下に言って増員してもらえないものだろうか」


「馬鹿を言うな副長。父上に助けを求めたら父上のやり方が間違っていると言っているも同然である。

今、父上に増員を願うことなどできん。我々六人のできることなどたかが知れている。

父上もそうわかった上で仕事を任されたはず。期限は二か月、人員六名。

これで、例えば邪教徒の殲滅を父上が期待なされていると思うか?」


「二か月とは聞いていなかったが……」


「二か月だ副長。もちろん仕事はこなす。連中も殲滅する」


「言っていることがおかしいぜ皇子。陛下はそんなの求めてないんじゃなかったのかよ?

もちろん陛下に助けを求めることもできないぜ」


「傭兵を使う。副長、明日までに適当な傭兵を探しておけ。私も皇子だ。

そのくらいの金なら出せる。卿はあのビスマルク将軍の息子だろう?

知っている傭兵隊長くらいいるはずだ。ないならこちらで探すまでだが」


「傭兵ね。もちろんツテはある。親父が利用してたからな。おい、行くぞお前ら。

じゃあ皇子、我々は正午にここで集合ということで。報告を終えたら俺は傭兵団と連絡を取りに行く」


「そうしてもらえると助かる。では諸君健闘を祈る」


エドについてこい、と言われたキミッヒとラームはエドに追随し、副長の方も紅一点のアデライドを伴って東地区の住宅街へと向かうため馬を取りに行った。

一応徒歩でもいけないことはないが、馬がないと騎士団の名に恥じるというものなのだ。

したがって、当然のことながら別れたはずの六人がすぐにまた厩舎で合流し、ちょっとバツが悪くなった。

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