プロローグ
その国に訪れた画期を説明するのに、さほど多くの言葉は必要なかった。
多くの歴史家たちの使う言葉はこっきり一つ。「すべてがそこで変革した」。
全くもって的を得ており、これ以上の適切な言葉はないようにすら筆者には思われてならない。
だがその国の画期となる点の前後を占める歴史を知らねば上記の言葉を理解することはできない。
今から始める話は、その時までに何が起こったのかを示すものであり、途中全く関係のない話をしているように見えるかもしれないがそれはすべて意味のある、言うなれば単体では意味をなさぬパズルのピースのようなものと理解していただきたい。
さて、その国の初代皇帝は帝国歴・紀元三十五年、つまり建国から三十四年後に帝国を息子に譲った。
初代皇帝六十五歳の時である。時を同じくして、だいたい同世代くらいであったほかの天下統一メンバーたちも息子に仕事を譲り、国の顔たちは皆、ほぼ同時期に若返った。
この時代の寿命的なことを考えると遅くはないが早くもない世代交代であった。二代目皇帝、四十歳の即位である。
二代目にはすでにこの時子供がいたが、息子はなかった。娘が二人いるだけで、弟には兄の即位のわずか三日前に子ができ、男の子であったため皇帝は事実上弟の子が大きくなるまでの中継ぎ。
二代目はそれで満足しており、下手に争いごとを起こすよりは大人しくしていようと考えるタイプの男だった。
そもそも二代目は成り上がりもので妻に初代皇帝の娘をもらっている。つまり本人には一滴も帝室の血は流れていない。
それ以上を望む、つまり自分の子を帝位につけようなどと野心を出すのは血統的にも現実的ではないと重々承知していた。
だからこそ初代は彼に譲ったのであろうと歴史家も考えているし、当時の人間もおおむねそうであっただろう。
しかしこのパターンは大抵上手くいかない。二代目に男の子が生まれると事態がこじれること必至だからだが、この国では少々異なる運命が展開した。
即位から三年後。二代目の妻と長女がほとんど同時に亡くなったのだ。半身をもがれたほどにも皇帝は嘆き悲しんだ。
残された看護人の記録などから歴史家たちは、二人の死因をちょっとした抗生物質の投与で治る肺炎と断定している。
しかし当時にそのような知識があるわけもなく、皇帝は何かに怒りと喪失感をぶつけ、己の中に空いた穴を埋めなくては他にどうしようもなかった。
ある日大臣とその一族が裁判にかけられ、全員の死刑が決まった。罪状は皇妃と皇女の毒殺およびその計画を隠ぺいした罪。
その際に次期皇帝と言われるヨハン大公は義兄に対し、たった一人の一族の少女の助命を嘆願した。
断られると、ヨハン大公はこの少女と結婚すると言い出した。これには二代目ばかりか初代も呆れた。
と同時に初代も、義理の方の息子を選んだのはやはり正解だったとこっそり内心で自画自賛し、ヨハン大公は初代によって、完全に皇位の継承から外すと宣告された。
ヨハン大公がその後救い出された少女と結婚し数名の子を彼女との間に授かったあたり、彼女を助けたかったのは下心ゆえのようだ。
また、同じころ再婚した二代目にも初の男児が生まれた。エドアルドと名付けられた彼は生まれながらにして、明らかに叔父とその周囲から命を狙われる立場にあり、彼の存在自体が争いの種であった。
今回は母親も皇室出身ではない。エド王子は下級貴族のアルプアルスラーン家の母と、どこの生まれかも定かでない成り上がり者の父から生まれた後宮随一のアウトサイダーであった。
後にエド時代と呼ばれる(ギャグではない)数十年を作り出す今回の話の主人公エド王子はこうして生まれた。
エドは何も知らずに育ったので自分と姉が半分しか血がつながらない事も知らなかった。姉もある程度の年齢までは過去に母や姉に起こったことを知らなかった。
だがやがて姉である皇女は残虐な処刑を命じた父に嫌悪感を抱くようになり、特に母の高貴なる血と父の下賤な血が我が身の中で、まるで肉と骨のように分かちがたく密接に絡まりあっていることに耐えがたい苦痛を抱いた。
そして弟を軽蔑し、無視したり毒を盛るようにすらなった。
そんな彼女が成長し、最も高貴なる若き男と結婚を望むようになったのは当然のなりゆきとして初代も二代目も驚きはなかった。
皇女はヨハン大公の一人息子にしてこの国で唯一初代の直系の男児、つまり彼の父親と祖父を除けば唯一の皇位継承権をもち、この国で最も高貴な男ヴェルター皇子と親密になった。
むろんヴェルターの方も皇女以上の好条件の結婚相手はいない。すぐに婚約ということになる。皇女二十歳過ぎ、ヴェルターは二十五の時だった。
この時エドは十六。そして半年後、ヴェルターと皇女の間に子供が出来た。昔なので生まれてみない事には性別がどちらかはわからない。
だがいずれにせよ、この時のエドはようやく我が身に危機感を覚えるようになった。「あれ、これ男が出来たら俺殺されるんじゃないか」と。
まあ、大体あらすじで全部言ってるけど、一話目へとどうぞ。