4話
どうぞ、よろしくお願いします。
「私……死んでるのに!」
少女は怒りや悲しみが含まれたような声音で叫びに近い声を放つ。俺はその言葉を聞いて理解ができなかった。彼女が何を言っているかわからず、困惑してしまった。目の前にいる少女が死んでいるとは一体どういうことだ?
「何を言ってるかはわからないが、死んでるはずはないだろう?だって現に俺の目には……」
「いえ、私は死んでます。これが証拠です」
そう言いながら、彼女は俺に向かってタックルしてきた。俺はとっさに身をひねって避けようとしたが、いきなりの事だったので反応が遅れてしまう。まずい、ぶつかる。俺は彼女の動きをいなそうと手を掴もうとして──────すり抜けた。
「は?」
思わず、素っ頓狂な声がでた。待て、どういうことだ?今確かに手を掴んだはずだ。自分の手のひらと、少女の腕を交互に見ながら困惑する俺を、少女は見たことかとでも言うように、俺を見ている。
「だから、言ったじゃないですか。し、死んでるって」
「……ああ。どうやら本当のようだ」
驚いていない、というわけではない。内心ではいまだに疑問符が渦を巻いている。だが、目の前で起こった事象はその疑問符を掻き消すには十分すぎた。彼女の言葉を信じなかった俺を嫌うかのような視線を向ける。が、その琥珀色の目がだんだんと鋭さを失っていく。そしてしまいには、滲みだしたように見え、最後には、しゃがみ込み彼女は泣いてしまった。
「……ぅう。ぐすっ」
なんともいたたまれない気持ちになってしまう。俺が泣かせたわけではないと思うのだが、目の前で人に泣かれる経験などあまりあるわけではない。何が彼女を泣かせる要因になったのか?どう対処すればいいのか?残念ながら全くわからない。
「あー、なんだ、その。とりあえず涙拭け。な?」
迷った挙句、俺はついさっき家でポケットにしまったハンカチを差し出すことにした。これくらいしか俺にできることはないだろう。俺の手に乗っている水色のハンカチを、先ほどの鋭い目とは打って変わって、彼女は涙目で見た。
「……ぅ。あ、ありがとう、ございます」
ハンカチを受け取ろうと彼女は手を伸ばす。
「「あ」」
だが、その絹を思わせる繊細な手は、ハンカチをすり抜けてしまった。一瞬、困惑してしまうが、すぐにその原因は判明する。俺に触れることができないのにハンカチに触れるはずはないのだ。
お互いに顔を見合わせる。彼女の瞳と目を合わせる事、数秒。
「ふっ」
「くすっ」
小さな笑いが両者から零れる。自分で笑ってしまってから失礼だったのではと心配になったが、相手も笑っているところを見ると、どうやらそうではないらしい。
「お気遣い、ありがとうございます。少し、落ち着きました」
彼女は涙をぬぐい、微笑んだ。今日は晴れていないはずだが、彼女のその微笑みを浮かべた顔はどこか眩しく見えた。そしてそれがなんだか特別に見えて、心拍数が上がったことは秘密だ。
「それはよかった。あんたには少し聞きたいことがあるんだ。ちょっと良いか?」
己の心音が骨に響いて伝わるのを感じながら、何事もなかったように俺は言った。
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