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吉備野  作者: SHOW。
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眩んだ後

 熟睡していた記憶というのはどうにも脳裏に焼きつかないものだ。


 その感覚と類似しているかのように吉備野は目覚め、気付けば身体を取り戻している。


 (おぼろ)げのまま理解したのは、吉備野自身が起立したまま醒覚(せいかく)していること。(おもむろ)に周囲を見渡すと、そこは一軒家の庭先で平坦な地面が続いている。


 吉備野が左を向くと、街路で自動車が(せわ)しなく駆動し、同じ高校の男生徒が歩道でイヤホンを装着して、気ままに歩いている姿が捉えられる。


 それはまさに恒常(こうじょう)的な風景。


 断じて超人的な身体能力を保持した、回転式拳銃愛好家の女生徒など、最初から存在していないみたいだと吉備野は目蓋(まぶた)に平手を添えていた。


「夢……って解釈するには鮮明な映像が浮かんでくるし、見知らぬ家の庭で何してるんだってなるよな」


 異常な空間、術者、銃撃、鵜久森、柴犬、スクールバッグ、木箱、そして吉備野家。

 それらを精査していると、平々凡々な人生に流されていただけの吉備野には、(いささ)荒唐無稽(こうとうむけい)な展開ばかりで失笑を買わされることしかできない。


 けれどそれらを一旦受け入れてしまえば、目下(もっか)置かれているこの状況を、吉備野の内心で完結するための材料が揃ってしまうのがなんとも皮肉だ。


 取り敢えずここに居たら完全に不審者だと、誰にも気付かれぬように足早に立ち去ろうとする。


「大丈夫なの吉備野?」


 すると吉備野の背後から労るような声を掛けられる。


 踵を返すと、吉備野のスクールバッグを左肩に掛けて、柴犬を抱きながら、スカートのポケットに二丁の拳銃を雑に差し込んでいる、何処となく情報量過多な鵜久森がそこに仁王立ちしていた。


「……ああ、多分な。少し眠気みたいなものはあるけど、それよりもその格好はどういうことだ?」


 流石の吉備野も無視は出来ない。


「仕方ないでしょ、短時間で争った痕跡をどうにかしないといけないんだから」

「……ってことは。訳の分からん空間に居て、いきなり拳銃を向けられて発砲されたのにも関わらず、共に行動することになったのも現実なのか?」


 わざと揶揄(からか)うするような物言いで話す。

 どことなく二人の関係性の緩和も感じられる。


「その言われようは(かん)に障る。私たちはそこから脱出するために尽力したでしょ? 

 まあ、吉備野は何にも理解してないんだろうけど」


 超然としたまま、鵜久森はやれやれと息を吐く。

 そして吉備野は自身の胸に手を当てる。

 あまり意味なんてないけど、こうして二人揃い相対して、心臓が鼓動を継続しているのは、鵜久森の躍進のお陰だということだけは分かる。


「……」


 けれど吉備野は押し黙る。

 結局の所、一番教養があるのは鵜久森だからだ。

 思考を巡らせても進歩のない事案は、その道の(たくみ)の見解を静聴するのが適当だ。


「ああ、だから俺の身に何が起こったのか教えてもらってもいいか?」

「……どこから話せばいいかな? まず簡単に言うと吉備野は身体を乗っ取られてた状態だったんだけど、その布石がさっきまでの空間なの。

 吉備野家復権を良く思わない他者が原因であり、それから仕込んだ吉備野家の家宝が媒介になって、吉備野が触発されて猛威を振るった……取り敢えずこんな感じかな」


 鵜久森は一息入れる。


「最初に吉備野に身に変調をきたしたのは不完全だったからだろうね。

 そして吉備野が直接触れた結果、正常に作用して吉備野の先代、私は勝手に太郎さんって呼んでたけどそれは置いといて、その人に吉備野が術者として劣ったせいで成り変わった」

「……」


 吉備野は相槌を打つだけだった。

 それを全く意に介さず鵜久森は話を続ける。


「まあ、ここまでは予定通りだから問題ないんだけどね。そのあと小競り合いがあったけど、なんだかんだあって一件落着。吉備野もこうして意識を取り戻して、空間も無くなって、私もポチも無事だったしね」


 鵜久森は柴犬のポチを撫でながら一連の説明を終える。そこら中に愛嬌を振り撒いている。

 吉備野はその仲睦まじい光景を眺めながら質問した。


「その犬は鵜久森の愛犬ってことか?」

「そうだけど、仲間でもあり同じ術者の相棒でもあるね。こう見えてかなり優秀なんだから」


 ポチは同意を示すように一度鳴く。

 甲高く響き(つんざ)いているそれに、吉備野は聞き覚えがある。

 そちらも気掛かりではあるけど、まずはそんなポチに対する鵜久森の行動を確認したかった。


「でもその……ポチだっけ? 撃とうとしてなかった?」

「ああ、あれはお互い決めていた合図を送ってたの。

 私の隠蔽工作をしながら、拳銃や諸々を一時的に預かってたんだよね。面倒事を引き起こす吉備野より信頼出来る子だよ」

「そう……」

「ほんと……吉備野が真っ当な術者だったら、こんな事になってなかったんだからね」


 憎まれ口を叩きながら、鵜久森は柴犬のポチを下ろして、スクールバッグを持ち主の吉備野に返却する。


「んっ」

「おいっっったっっ!」


 鵜久森は吉備野の胴体にスクールバッグをなおざりに押し付けてくる。想定よりも遥か上をいく重量で平衡感覚が狂う。


「取り敢えず、お返し」

「二重の意味で返してくるなよ……でもこれ結構ダメージあるんだな」

「急所は外しといたし大丈夫でしょ」


 吉備野は身体を蹲踞(そんきょ)しながら、鵜久森の講釈を聴かされる。


 こんな場面を誰かに見られていないか街路を一瞥したけど、幸いにも今は誰もいなかった。


「私も丁重に扱わないといけない相手だったから油断して術を解いてたけど、本来ならこんなの吉備野ごときじゃ(かす)ることすら出来ないから。それだけ覚えておいてね。

 でないとこれ以上に撃ちのめすことになるから」

「は、はい」


 惨めに吉備野は首肯する。

 そんな姿に興味なんてないと、鵜久森は淡々と今後の事を処理し始めていく。


「それでスクールバッグの中にあった吉備野の私物はあらかた消失していたみたいだけど、これは私の方から報償をさせて貰うから」

「ああ、それは助かる……のか?」


 出費が(かさ)みやすいと以前言っていたことを吉備野は回顧する。


 消失した物品が返ってくるのは確かに喜ばしいけど、鵜久森の懐事情は少々心配だった。


「あと、この媒介具も一時的に私が預かっておくけどいい?」

「いや俺が扱える訳ないし、寧ろそうして欲しいくらいだ」


 吉備野はそう言って、なんとなくスクールバッグを揺さぶる。すると砂利を踏み付けたような擦れた不自然な音色が聞こえてくる。


 悪寒がしてジッパーを引いて覗いてみると、そこには小石が混ざった黒土と手折(たお)られた樹木の枝が中身の半分ほど詰め込まれていた。


「えっと……俺そんなに嫌われてるのか、(いじ)めにしたって陰湿過ぎだろ」

「違う。どちらかと言えば嫌いだけど、これは全部証拠材料。異空間の品質とかを(つまび)らかに出来るかもだし、こういうの欲しがる物好きが最低でも一人いるんだよ。私は興味ないんだけどね」


 鵜久森は引き攣った口角のまま言う。

 興味がないというのは本当だと吉備野は所感しながら、明確な嫌悪宣言を尾を引きつつ、その原理には納得がいく。


 性質がどんなものか、気にならないといえば嘘になってしまうからだ。ましてや吉備野が関与した空間の物たちだから尚更そう思う。


「……否定しないのは(むし)清々(すがすが)しいとして、ちゃんと用途があってこうしているのか」

「うん。それを持って私について来てね」

「だからって俺のバッグを使う必要ないだろ」

「それも後で押収するからまとめといた。一緒に新調すれから安心していいよ」

「……ああ」


 吉備野は渋々頷きながらジッパーを閉じて、憮然として表情を歪めながら肩に掛ける。


 一方の鵜久森はポケットに突っ込まれていた拳銃を、吉備野の眼にも止まらぬ速度で手品のように収納してから、足元に擦り寄っていた柴犬のポチを()でている。


 吉備野は横槍を入れず、首を傾げながら視線を外す。


「じゃあ、この採取したものを鵜久森の所属している組織? に届けたらいいのか?」

「そうだね。組織というよりは私の身内の方がいいかな。ここからそんなに遠くないし、すぐ後で済まそうか」

「ああ、早く家に帰りたいしな」

「………………ん?」


 坦々と機械作業をしているような雰囲気にも軋轢(あつれき)()れ込む。明らかな変調を吉備野も感じ取った。


 吉備野は自身の言葉を反芻する。

 だけど何も、鵜久森の機嫌を害するようなことは述べていないと結論付ける。


 そして和ませようと両頬を持ち上げて無理に笑顔を作り、吉備野はそのままの状態を維持したまま鵜久森と対面する。


「……生理的に受け付けないかな、それは」


 淡白に軽蔑して吉備野を睥睨(へいげい)する。

 鵜久森の底知れぬ身体能力を知っているせいか、吉備野はみるみる萎縮していく。


 鵜久森は(しばら)く無言で、吉備野が自力で辿り着いてくれるのを待っていたが、やがてこれは無理そうだと諦めの溜息を吐いた。


「ごめん、私が仮の姿だったせいで一つ追加。

 これから吉備野の高校に行く。この現象を作った端くれが居るだろうから、そっち優先でついてきて」

「……えっと、色々気になることがあるけど、まず仮の姿っていうのは?」


 吉備野は鵜久森が式神である事実を知らない。

 因みに鵜久森がこうして吉備野と滞りなく喋っているのは、式神時の記憶を共有している構造の為だ。


「その説明は面倒だから後回し。とにかくこれから吉備野は私に付き添ってもらうね」

「いや俺がいなくても鵜久森なら問題な――」


 吉備野が冷静に指摘しようとすると、一軒家の大窓が開かれて家主とらしき老人が瞳を見開いて怒鳴りを飛ばした。


「――お、お前たち! うちの庭で何をしているんだ!」

「あ……え、あ」


 狼狽えながらも取り繕うとする吉備野よりも先に、鵜久森が代わりにポチを抱いて老人を軽くいなす。


「すみません私の愛犬が迷い込んでここに来ちゃって。すぐに出て行きます。ほら行くよ太郎君」

「え、太郎? ああ、すみませんお邪魔しました」


 そのまま土足で踏み込んでいた庭先から歩道へと出て、慣れない奇妙な愛想笑いが解けた鵜久森が吉備野に宣告する。


「吉備野、今日は帰れないから。ご家族には悪いけど、居て貰わないと私が困る」

「だから俺がいなくたって――」

「――吉備野が必要だから」

「……」


 そこは初めて吉備野と鵜久森が邂逅(かいこう)した歩道。沿った杉並木が微風で揺れる。


 車道からはクラクションが響き渡っていた。

 どうやら事故などではなく誤作動のようだ。

 他愛のない日常が繰り広げられている。


「……」


 そんな中、吉備野はただただ戸惑うしか出来なかった。鵜久森に必要とされたところで何をするかも分からない状況。リアクションにも困る。


 一方の鵜久森は切なげ表情で吉備野を見据えて、肯定する一言を気長に待ち続けた。

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