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吉備野  作者: SHOW。
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その微笑みの意味

 それを傍目(はため)からどちらが優勢かと尋ねられたなら、その答えは火を見るよりも明らかだ。


 制服は薄汚れ、髪の毛は乱れ、砂と瓦解(がかい)したアスファルトの塵の煙幕が舞う。


 鵜久森の僅かな呼吸だけが、生命維持の証となっている。


 先程までの余裕綽綽(よゆうしゃくしゃく)な面影など皆無だ。裏腹にどうしようもなく、無様な姿でそこに伏せている。


 そんなにも惨めな鵜久森を、吉備野(太郎)は見下げ果てるように視界から消し去っていた。


「つまらんな。この程度なら……」


 不意に街並みを眺める。

 吉備野(太郎)がこの世に生を受けてから幾星霜(いくせいそう)。それからの変遷を(おもんばか)りながら、当時と現代の術者の必衰に落胆している。


「どうしたものか――」

「――なる、ほどね、これが、その身体での、最大出力なのかな? だとしたら私は倒せないし、殺せないよ?」


 そんな最中、うつ伏せていた鵜久森は残小の余力を振り絞り、挑発的な台詞を浴びせながら辛うじて二足歩行を行えていた。


 吉備野(太郎)が即座に振り返ると、拳銃の一つも所持していない鵜久森が無鉄砲な攻勢に出る。


 それは何の策を講ずることもしていない。


 そもそも立ち上がることすら奇跡的と言わざるを得ない身体状態で足掻くなど、愚の骨頂と形容されても致し方ない無意味な突撃でしかなかった。


「命掛けと命を捨てるというのは、非なるものだと分からんのか?」


 鵜久森が間合いを詰めて攻撃するよりも、吉備野(太郎)が先制して低級の拘束術式を展開する。

 この程度の術ならば、別段構えを必要としない。


 術式の印から顕現した撚糸(ねんし)が、向こう見ずの鵜久森の身体を束縛する。


「あ……ぐぅ……は」


 そうして鵜久森は両手を自身の脇腹辺りに締め付けられて、ついでにその右脚があらぬ方向に捻じ曲げられた末に、もはや悲痛の叫声すら発することができない。


 そのせいでまともな重心移動もままならず、鵜久森は右肩から派手に転倒した。


 転倒というよりは、立ち上がり続ける概念を消失したと言ってもいい。


「もはや人間とは思えぬ身体だな」

「あ……う……」


 完膚なきまでの敗北。

 まさに手も足も出なかった戦闘。


 しかもこれで、本来の力量の半分にも満たないのだから手に負えない。


 吉備野(太郎)のせめてもの情けから束縛を解除したが、鵜久森は未だ捕われの身のようだ。


「ふふっ……はは」


 だが、されど鵜久森は不敵に笑う。


「ついに精神までおかしくなってしまったか?

 まあ、その外傷では錯乱したくもなるだろうがな」

「なに……を言っているのか私には……理解できないな……。さあ……その身体を元の持ち主に返して……貰おうか!」

「戯言だ――」

「――自讃(じさん)


 鵜久森がそう吐き捨てた刹那、突如として身体が光線を暴発させたような瞬く灯火(とうか)に霧散していった。


 其処彼処(そこかしこ)に術式が展開した痕跡が点在していて、それが鵜久森が先程まで存在していた場所を囲い込むようにゆっくりと消失していった。


 残留した光線の粒子が、事態を理解するに至っていない吉備野(太郎)を襲う。


「なんだ? まさか自爆行為か?」


 しかしなんのダメージも引き起こしていない。

 ますます状況把握に苦しむ羽目になる。


 そのまま必要以上に警戒して身動きを取らないでいる。


「……」


 あまりの強者ぶりから邪術とまで周りを言わしめた術者としての第六感が切実に訴えて、自然とそれを承諾した。


 能力に制限が課せられているとはいえ、被術に対する直感まで亡失してはいない。


 鵜久森が伏せていた場所には、その残留していた粒子が陽光に混ざって、次第に視界が鮮明になってくる。


 すると誰もそこに存在しているはずがない、だけどその最奥から人影が覗かせている。


「だれ、だ?」


 吉備野(太郎)は自身の正面に存在している人影を睥睨しながら訊ねる。


「……」


 吉備野(太郎)(つぐ)んだまま、心髄で感じ取った(おびたた)しい程の呪術力に屈していた。


「……よもやこのような時代で、こんな怪物とお目に掛かるとはな。やはりただの小娘の筈はないか。

 ()くしてこれは僥倖(ぎょうこう)奇禍(きか)か、いずれにせよこちらに不都合であることは確かだな」


 そこから現れたのは、先程(さきほど)自ら霧散したはずの鵜久森本人だった。

 愛好している二丁の拳銃を両手に(たずさ)えたまま、口に紙切れを噛んでほくそ笑んでいた。


「ということはまさか今までのは……いやそんなことは本来ならあり得ない。欠陥品だということを差し引いてもだ。

 それをむざむざ見落とすなど、吉備野家のいや、術者としては恥晒しだな」

「……」


 吉備野(太郎)は平然を保つのがやっとだ。

 捲し立てるように言葉を連ねる。

 まるで未来の結末を悟り、遺言を残そうとしているみたいだ。


「だがここまでの才媛(さいえん)、認めるしかないようだな――」

「――ふっ」


 その紙切れを(つば)を吐くように捨てる。


 そうして鵜久森は、吉備野(太郎)を度外視するように振り返り、さっきまで銃口を額に当てて(すく)ませていた柴犬に、柔和な声色で感謝の言葉を囁いた。


「ありがとうねポチ。巧く私の事を撹乱(かくらん)してくれたね。この拳銃たちも大切に預かって貰ったし、後でビーフジャーキー奢るね」


 柴犬ことポチは舌を出し、尻尾を左右に振って鵜久森に応えている。


 鵜久森は拳銃を弄びながら微笑み返した後、再度吉備野(太郎)(あだ)する。


「あれ? なんで攻撃してこなかったの?

 私が背を向けて犬と戯れている絶好機だったのに何してるの?」


 とぼけた所作で鵜久森は言う。


「……莫迦を言うな。曲がりなりにも吉備野家を背負っていたんだぞ?

 今の小娘を相手にして、勝つことは毛頭(もうとう)もないくらい、この肌身が知らせてくれる」


 そう謙遜(けんそん)すると、吉備野(太郎)は鵜久森から吐き捨てられた紙切れを忌々(いまいま)しく一瞥(いちべつ)して、眉間に(しわ)を寄せる。


 全ては勝敗を決める開戦の備えの段階で、つまりは鵜久森が先手を打った時点で着いている。


 それは陰陽道の関する、文献や資料やフィクションに登場する、術者のみがはっきりと視認出来る使い魔の媒介だ。


「もしや、いままでのは式神か?」

「ええ。だから言ったでしょ、万全じゃないみたいだねって。太郎さんが通常状態なら、いくら惑わした所でこんな小細工、すぐに破れるだろうしね」


 鵜久森が首を(ほぐ)しながら退屈そうに答えている。効力を完全に失った紙切れは、式神に印字(いんじ)された呪詛(じゅそ)諸共(もろとも)塵芥(ちりあくた)になった。


 待機時間に要し、鵜久森は(しばら)く中腰の体勢で作業していたせいで、身体の節々(ふしぶし)にその負担が今更のしかかっている。


「そちらの忠犬も術に精通しているということか」

「そうだね。まさか柴犬が術を使えるとは思わないよね普通。でもこのポチは援護系統の術式を使わせたら並の術者を凌駕するくらいに優秀だよ。私の大切な愛犬でもあるけどね」


 柴犬のポチが一度だけ吠える。

 鵜久森はその意を、すぐに汲み取る。


「うん、それもあるから早く終わらせないとね」


 鵜久森が拳銃を構える。

 二丁持っているのにその片方だけを吉備野(太郎)に向けてるのは、本来の術者としての能力を発揮することが叶わない相手への、鵜久森なりの自戒(じかい)だ。


 鵜久森の戦闘スタイルとの相異が然程(さほど)もなく、拳銃を一丁しか使用しないというだけなので、この場面で吉備野(太郎)が把握するには困難だ。


「抵抗はしなくていいの?」

「仮に小娘をいなすことが出来た所で、こちらはそこで力尽きるだろう。まあそれすらも敵わないと判るが。

 それに別の手段まで用意周到に進めていたんだろう?

 だから式神を使ってまで時間稼ぎをしていたのではないか?」


 取り越し苦労に終わったけど、鵜久森は万全の状態の吉備野(太郎)まで想定して幾つもの術式を張り巡らしている。


 それこそ。胡瓜(きゅうり)を折る程度のものから、この空間ごと破壊するものまで多種多様だ。


 ただ、吉備野家の家宝に安易に触れることはしなかった。それは吉備野の役割だと所感していたからだ。


「……結果論としてその問い掛けは正確だね。全然本領を拝見出来なかったことが心残りだけど、仕方ないかな」

「そうか。ならば小娘、思う存分好きにするが良い。その実力の一端を垣間(かいま)見えるのは本望というやつだ。

 だが吉備野家を取り巻く環境は現世でも、その怨念(おんねん)は末代にまで祟り続けているだろう……此奴(こやつ)と共に覚悟しろ」


鵜久森は久々に、子どものような笑みで応える。


「……あっそ、分かってるよ」


 淡白な感想だけ残した後に、鵜久森は銃弾を放つ。

 いままでの銃撃と異なるのは、その弾は射出されたと同時に、十二個に分裂した淡緑の閃光弾になる。


「おお……」


 それが感嘆を上げる吉備野(太郎)の全方位を包囲するように着弾して、そこから囚人を収さめる監獄(かんごく)(おり)のような十二個の円柱(えんちゅう)発現(はつげん)して、行動の制限を敷いていた。


 吉備野(太郎)甘んじてそれを受け入れると言わんばかりに、既にその双眸(そうぼう)を閉じて降伏を表している。


 鵜久森がもう一方の拳銃を鼻尖(びせん)に当て、照準を合わせながら自身の心象風景を唱える。


 勿論(もちろん)撃つ訳ではなく、それは祈祷(きとう)のための作法だ。


 こうして鵜久森が身を(わきま)える程の術者。

 余談だが吉備野は、その当代となる者だ。


 やがて鵜久森は拳銃一丁という()わば加減したようなものではあるが、自身指折りの秘術の詠唱(えいしょう)を簡素に繰り出す。


讃歎(さんたん)


 鵜久森の褒詞(ほうし)に呼応して、包囲していた円柱が荘厳(そうごん)な螺旋回転をしている。


 完封されていた吉備野(太郎)は唇を少し開いて、鵜久森に聞こえないであろう独り言を呟いている。


 それがなんであるかは今の鵜久森が知る由もない。

 だけどもう見下した態度ではなかったと微笑した。


 そして例外を除き全ての生者が現在しない、この異様な吉備野家の空間は、終焉に向かって行く。

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