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吉備野  作者: SHOW。
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先祖返りの依り代

 それは鵜久森への信頼なのか、はたまた戦慄(せんりつ)して行動に転じる事が叶わずにいただけなのか定かではなかった。


 どちらにせよ、また別の理由が存在していたにせよ、吉備野はその場所で(すく)んでいる。


 ただ新たな指示を待っているだけだと言えるかもしれない。仮にそうであれば精神的には安泰だ。


 同様に、この空間に()いて生き物そのものが異常であることも理解していた。


 そうして吉備野は、鵜久森の待機命令に準じながらも、言葉だけはそちらへ向かう。


「待て鵜久森。もしかしたら迷い込んだだけかもしれないだろ? だから――」

「――警戒は怠らないよ……そっちもいいね? 吉備野、そのバッグの中を覗いていいよ」

「え?」

「多分、開けられるの吉備野だけだから、早く」


 鵜久森は吉備野に背を向けたまま、遠回しに命令解除を宣言した。

 吉備野はどういうことか分からず困惑しながらも、慌ててスクールバッグに駆け寄り、もたつき辿々(たどたど)しくジッパーを引き上げて外していく。


「……なんだ、これ……?」


 そこにはすぐに教科書の(たぐい)が、眼前に入るだけの筈だった。


 しかし中身は吉備野が想定していたものではなく、両手で丁度収まるサイズで四隅がなだらかで、針葉樹(しんようじゅ)を用いた長方形の木箱だけがそこに存在してある。


 吉備野が解読出来ない万葉仮名の文字が記されたお札が貼り付けられており、そこに(したた)る血液が附着(ふちゃく)して固まったかのような禍々(まがまが)しい黒点(こくてん)随所(ずいしょ)に見受けられる。

 吉備野は自身のスクールバッグ、全ての収納スペースを確認するが、その木箱しかなかった。


 それが意味しているのは、高校の時間割通りの曜日分用意をした教科書や、それに付随するノート。

 クリアファイルにペンケースなど授業関連のもの。

 ポケットティッシュにハンドタオル、リップクリームや御守りなどの備品類に至るまで一切合切(いっさいがっさい)が消失。

 ついでに課題のプリント類も、本当に何もかもだ。


「鵜久森……これ、どういうことだよ?」

「何かあるんだね、見せて」


 吉備野は木箱を丁重に扱いながら、貴重品に触れるように(すく)い上げる。


 瞬時に鵜久森は吉備野の方へ一瞥(いちべつ)。そしてまた銃口を向けている方角へと戻した。


「間違いない。その木箱の中身にある代物が、吉備野の身体を媒介して、引き起こしたのがこの空間世界だね」


 鵜久森が過去に閲読した文献と記憶の中で照合(しょうごう)し、その結論を下す。


「鵜久森は何か分かるのか?」

「まあね……とにかく、それが吉備野家に代々伝わる、謂わば伝家の秘宝とでも説明すればわかりやすいかな? 家宝でもなんでもいいけどね」

「秘宝……家宝」


 それを聞くと崇めるようにして、吉備野は恍惚と眺める。

 見れば見るほどその年季と荘厳(そうごん)さに魅入り、身体が侵食されるような感覚に陥る。

 いまにも(おぼ)れてしまいそうだ。


 それが先祖を繋ぐ証明だとは到底思えなかった。

 何処か他人事(ひとごと)のような造詣(ぞうけい)だと所感する。


「まあ、秘宝なんて扱いで収まるような生易しい代物ではないんだけど」

「でも、どうしてそんなものが俺のバッグにあるんだよ。だってここに教科書とかを入れたはずなんだぞ?」


 バッグにある大体の物は、別段紛失しても諦めがつく品々ばかりだけど、こう一度に無くなってしまうと、意外と内心が抉られる。


「転移の術式が有力かな」

「転移?」

 「その話は後回し。それより木箱の中見てみなよ。

吉備野家のこと、少しは分かるんじゃないかな?」

「あ、ああ」


 吉備野の私物が消失したことに不安を募らせ、釈然としないながらも、鵜久森の指摘通りに行動する。


 中身が何もなくなったスクールバッグの空気を抜き、下敷きにして、その上に木箱を慎重に置く。


 吉備野は息を殺しつつ、その裂け目に手を掛ける。

 そのまま神妙な赴きで徐々に引き上げていく。


「……」


 無言で吉備野は、その入り組んだ形状を目に焼き付けていた。


 円輪(えんかん)が億劫になるほど目紛(めまぐる)しく混在している。その中枢にある極小の球体を円環が保護するかのように囲っているが、一見して球体の存在意義は不明だ。


 まるで小さな、無数の輪がある指輪みたいだと吉備野は所懐(しょかい)する。親指以外なら労せず入る隙間だ。


「これ、触れてもいいのか?」

「触れないとこの状態が停滞したままなんだけど?」

「……」


 出端(でばな)をくじかれて硬直したがすぐに持ち直し、一息吐きながらその真鍮(しんちゅう)の材質を地肌で感じる。


 くぐもった冷気が真鍮の表面を覆い、氷水に触れたように指先から取るに足らない痛みが生じてくる。


「大丈夫。私は覚悟できているから」

「えっ?」


 吉備野はどういう意味かと訊ねようとした。


 刹那。吉備野の五感が核心から支配されて、ここまで繋ぎ止めていた意識が呆気なく断絶する。


 額から崩れ落ちる。

 負荷に耐性がなくて、肢体が痙攣している。

 普通なら脳震盪(のうしんとう)を引き起こしていてもおかしくない倒れ込み方だ。


「ここからが本番だね」


 鵜久森は吉備野の身に起きた事態を予測している。

 にも関わらず敢えてそのように促した。


 それがこの現象を最短かつ、平和的な大団円へと誘う最適解だと鵜久森は概算したからだ。


 段々と覚醒に近づく。


「……」

「ふふっ、いつまで寝ているつもりなのかな? ()()()?」


 珍しく嘲笑う鵜久森に呼応してか否か、無様を晒していた吉備野の身体が不安定な体幹(たいかん)のまま、ただ重力に逆らっている。


「大丈夫? これから私の試射に付き合って貰おうとしているのに、そんなみっともない姿で――」

「――小娘、そのような鉄屑で何が出来ると()う?」


 声質は吉備野そのものだった。

 だけどその発声、口調、侮蔑を孕んだ態度。

 それらは鵜久森が知る吉備野では到底ない。


 何かが憑依したようだ。


「しかしこの身体、欠損などはないのか?

 このような贅肉(ぜいにく)、そのくせ惰弱な魂魄(こんぱく)。吉備野の末裔が聞いて呆れる」


 上肢を点検しながら、度し難い現実に心底からの失望を隠せないでいる。


 この人物こそ吉備野家を一代で名跡にした邪術者張本人であり、同時に現代の術者を翻弄する元凶ともいえる吉備野家初代当主である。


 先程まで吉備野が惹かれていた真鍮の武具を愛でると、その屈託は若干だが和らぐ。


 それを懐に仕舞おうとするが、制服だった為収まるべき場所が分からず、仕方なく木箱の中に戻していた。


 鵜久森は退屈そうに後ろ髪を梳く。


「それじゃあ()()()、まどろっこしいからもう始めようか?」

()()()? 随分と心安いものだ。まるで売女(ばいた)の処世術のようだ」

「そんなつもりはないんだけどね。

 なら、代わりにどう呼称したら適当なの?」


 鵜久森はわざとらしく首を傾げる。


「別にそのようなものを要求している訳してはいない。だが、礼節を弁えることの出来ない現世(うつしよ)の小娘を憂いているだけだ」

「じゃあ太郎さんで。この現代では俗称として一番喧伝(けんでん)されている呼び名だから、丁度いいよね? 吉備野(太郎)さん?」

「……なんでもよいが小娘、早急に要件を述べるか武術を体現してみせてみよ。このものの残骸を奪われたまま生き絶えてしまうぞ?」


 吉備野(太郎)が吉備野の左心房を示して、鵜久森を煽る。


 その鵜久森は不審な柴犬に向けた銃口をそのまま。

 気付けば逆手にも同モデルのカラーが異なる回転式拳銃を吉備野(太郎)に構え、不敵に笑っていた。


 二点の対象が故に、大文字を(かたど)ったかような射撃フォーム。

 非効率ではあるがこれが鵜久森が好む体裁だ。


「ほう、その(よわい)で練度はあるようだな」

「……吉備野(太郎)さん、もしかして万全ではない感じ?」


 鵜久森は嘲りながら疑問を呈する。

 身体異常に気が付かないのは邪術者とて致命的だ。


 そうして当初の予定を変更し、一丁の拳銃だけを向け続けることにする。


「同情は買われたくないものだが、このものの身体は

 (いささ)か軟弱過ぎる。

 やはり器にはどうしても左右されてしまうようだ」

「だろうね――」


 ――その一撃が吉備野(太郎)の左眼窩(がんか)を目掛けて螺旋回転している。


 意表を突いたとすれば聞こえはいいけど、卑怯と言われたらそれまでの算段だ。


 それが眼窩(がんか)へ直撃する寸前、白光の火花が散見して、その直下に弾丸が消沈して横たわる。


「……不意打ちとは、矜恃(きょうじ)を持ってはおらんのか?」

「狙撃手とは得てして、対象者の身に何が起こったのか悟らせないまま仕留めるのが定石だからね」

「……っ!」


 吉備野(太郎)が息を飲む。

 それは鵜久森が一連の流れの隙に、敷地内にある一軒家のベランダまで瞬間的に移動していたからだ。


「今のは礼節を弁えろと説法を聞かされたからその挨拶だけど、御愛好頂けましたか?」

「……頂けないな。それだけの身体技能があるならば、間合いを詰めるべきではないのか?」


 鵜久森が戯けていると、身近の観葉植物の緑葉を愛でながら答える。両手にはいま、拳銃はない。


「だってそんなことをしたら吉備野……あ、その身体の持主の方ね。

 その吉備野をうっかり殺めてしまうかもしれないじゃない? それだと諸々私に益がなくてね。

 痛めつけるにしても唯一、加減するのだけは苦手なんだよね。物理的に減らすとかしか出来なくて……」


 余裕(よゆう)綽綽(しゃくしゃく)と振る舞っているが、この鵜久森の活動限界はもう間近に迫っていた。


 注意を引く為にベランダへと移動したのもあるが、実情は交戦を忌避したいからこその行いだ。


 空間に滞在する。それだけで体力が削られている。

 一つ一つは大したことがなくても、幾重にも蝕まれるとどうしようもない。

 塵も積もれば山となるとはよく言ったものだ。


「その割には何の躊躇もなく、眼球に放ってきたように見受けられたが?」

「だって、そこが気になるって()()からの指示があったから」


 鵜久森はベランダの手摺りに頬杖をつきながら、その逆手で自身の左眼を人差し指で示している。


「……まあいい。まずは小手調べだ」


 左足を一歩後退させ身を屈める。

 吉備野(太郎)(ようや)く構えの準備をする。


「――嘲笑される前にまず、幼少期からの手癖とだけ言っておこうか」

「……やっとお目見えか」


 鵜久森が嘆息を吐く。


 吉備野(太郎)は中指と小指を立て、余る指で二つの格差ある円を作る。

 それを鵜久森に焦点を合わせて瞳を閉じ、外気を啜り立てる。


 悠久より不変の吉備野家特有の身構え。

 鵜久森は仄聞(そくぶん)程度にしか知らなかったが、その噂に(たが)わず変則的な構えだ。


 吉備野家が術者の家系であること自体が世間一般には知られていない。


 だが鵜久森を含め、代々その術に精通した者であれば、その陰陽の名跡(めいせき)に各々の思惑が錯綜している。


 幾つもの派生、分家の原点である尊厳と(いさか)いによる怨恨(えんこん)、それらを蔑ろにしてきた歴史が今やこの末代に祟る。


「直系のその構えは初めて見たよ。

 知識としては頭にあったけど、可笑しな格好だよね」

「生憎、そのように申す烏合(うごう)の衆に辟易としていたものでな。そうか、やはりこの時代でも受け入れられてはいないか」


 それもまた酔狂だと、当時を懐かしむように双眸を細めている。


「昔もそうだったんだ。人って根本的には進歩しないものなのかな?」

「どうだろうな。とかくにその者たちを可愛がってやったものだ。

 みっともなく悲鳴を上げ脱兎の如く立ち去って行く様を眺望することで、堪らなく悦に浸っていたのが昨日のことのようだ」


 図らずもこの構えと行動は、当時の吉備野家の知名度を底上げした要因でもある。


「悪趣味だね」

「ああ。だが小娘、加減なしでいかせて貰う。

 現代の術者、吉備野の側近がどれ程の者かな」


 そう云い終えると、吉備野(太郎)は呪文を唱える。

 吉備野家のそれは至極単純である。


「――三連星(さんれんせい)

「……」


 (しばら)くの間、何も起こらなかった。


 代わりに、閉鎖的な空間に温暖な微風(そよかぜ)が現れ心身を洗う。渦中の鵜久森はそれに、一時(ひととき)だけの幸福を噛み締めている。


 それが吉備野(太郎)の術中に(はま)っているということなど露知らず。


 正気に戻ったときには、鵜久森は這っていた。


 ベランダごと切断され、手摺りから何から何まで全て、地面に目掛けて落下していく。


 なす術もなかった鵜久森も例外ではなく、先程愛でていた観葉植物よりも後、受け身も取れずに平伏す。


「が……はっ……」

「なんだ、現世の術者はこの程度か」


 軽蔑の言葉を鵜久森に浴びせる。

 その鵜久森は虫の息のような呼吸をしていて、安静にすることに(よう)し、動じることがまだ出来ないでいる。


 この鵜久森では限界だったみたいだ。

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