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吉備野  作者: SHOW。
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推論地点

 表面的な造形を凝らして見ると黄ばんでいるそれが、建造物の年季を物語っている。


 白土のグラウンドを隔てる錆混じりの校門の前に、吉備野と鵜久森は屹立していた。


 そこは、中央町(ちゅうおうまち)高校の正門前。

 最終下校時刻という概念がここに存在するか否かは、吉備野には皆目見当も付かない。


 丁重に閉門されていて、押しても引いても横にスライドしても無意味だ。


 吉備野が一通り試みて、力んだ両手を労いつつ、鵜久森の挙動を待っていたが、痺れを切らしてまた似たような事を訊ねる。


「……どうしてここにきたか説明してもらっていいか?」

「ここの周辺に解決への糸口があるはずだから?」

「さっきからそればっかりだな……もう少し具体的にならないか?」

「……うん」


 鵜久森が淡々と話していく。


「まずここに来た理由だけど、私が以前から異変に感じてた場所が、吉備野が通っている、この中央町高校前だから。あと途中から吉備野を尾行していたからなの」

「尾行? なんか俺を殺さないようにしてたのと関係があるのか? ……もしくはただのストーカー――」

「――ストーカーは違う……って言いたいけど、あまり否定は出来ないかな、大して変わらないし」


 鵜久森は苦虫を噛み潰したような顔面のまま続ける。

 相変わらずの虚無が、それを強調しているようだと吉備野は内心で嘆息を吐く。


「そんなことより、尾行していたのは吉備野家の調査をしていたから。吉備野の個人情報を私は良く知っていたでしょ?」

「そう言われてみれば確かに。先祖の事から俺の行動パターンや趣味まで、どうやって知り得たか見当も付かないやつもあったな」


 吉備野は腕を組みながら、合点がいったと頷く。

 しかもこれらの調査結果は概ね間違っていないから、ある種で感心するしかない。


 二人が喋らないと無風無声の街路のせいか、言葉の一つ、単語の一つが厳かになっている。


「もしかして鵜久森が俺から弾丸を外していたのと、その吉備野家の調査が絡んでいたりするのか?」

「うん。その身辺調査の概要の中に、吉備野家及び、その親族を安易に屠らないこと。もちろん駅で言った例外もあるけどね」

「例外……」

「そんなに(おのの)くことないでしょ?」


 そう怠そうに鵜久森が返答すると、正門前から漸く歩を進め出した。

 喫驚(きっきょう)して反応が遅れた吉備野もすぐに追う。

 そして吉備野が再び並列すると同時に、鵜久森が話を再開する。


「それでここからは吉備野に確認なんだけど、高校の正門を出たあとに何か違和感みたいなのはなかったの?」

「違和感か……。帰り道で初対面の人から拳銃を向けられたこと」

「それじゃない。けど、私が拳銃を向ける前までに何かなかった?」

「……」


 吉備野は回顧して、その状況描写を手繰る。

 短時間とはいえその目紛るしさから、高校に関する記憶の幾つかを失念していたが、偶然にも前頭を押さえたことで一つ、心当たりを引き出していた。


「そういえば拳銃を向けられる前に、今までで体感したことのない頭痛に襲われたことは関係あるか?」

「頭痛ね……。最悪、精神干渉系の術を掛けられたとかも考えられるけど、譫妄(せんもう)もしてないし普通に意識はあるよね?」

「ああ、この通り自分の意思で身体を動かせる」

「そう。あとこれは余談だけど、その頭痛はもう大丈夫なの?」

(すこぶ)る健康だな」


 両手でを広げた吉備野が身体の快方ぶりを、まざまざと鵜久森に見せる。しかしもう興味も無さそうに吉備野へ再度質問する。


「他にはもう、何もなかった?」

「……ああ、特筆すべきことは何も。

 並木の青葉が侘しいとか、外壁が黄土色だったとか、犬が寝転んでいたとか、車が通らないのは、この空間のせい……いや一台いたかも」

「車が通っていたの?」

「ああ。黄緑色の車種で若葉マークが印象的だったかから間違いないと思う」

「あー……」


 歩行者が自動車に追い越されることなんて日常生活を送る上で然程珍しくない。


 けれどこの世界を体感してみると、そんな些末(さまつ)な出来事が異端だ。


 鵜久森が思案している(あいだ)に、吉備野もまた神妙になる。


「……それも無視しようか?」

「ああ……え、また?」


 指示さえ有れば、自害以外なら受け入れる構えでいた吉備野は肩透かしをくらう。


「だって今更探しても見つかるかどうか分からないでしょ? それと、これも心当たりもあるんだよね」

「心当たり?」

「うん。また別案件だけど、私の知り合いかもしれない」

「知り合い……術者の仲間とか?」


 吉備野は感慨もなく訊ねる。


「そうなんだけど、そうじゃないみたいな子」

「どっちなんだそれ?」

「……」


 このことに関する説明は不要だと、鵜久森はかぶりを振る。仕方なく吉備野もそれを受け入れる。


 倦怠が渦巻く、並木通りを歩く。

 お互いのローファーの足音が、急かされているように付き纏っている。


 見慣れた景色の筈が違って見える。

 吉備野の体感で言えば夜の教室に訪れたような、無機質な静寂がそれにあたる。


「じゃあそろそろ私の推論を始めようか?」

「おお。というかまだ始まっていなかったんだな」


 中央町高校から、吉備野と鵜久森が邂逅した杉並木通りの歩道路に映り変わる。

 目的の場所は、灯台下暗しというべき地点だ。


「いままでのは確認事項。吉備野に虚言癖でもなければ大きく外すようなことはないと思うよ」

「そんな(へき)はないはずだけど……。

でもやっぱり、こういう状況に置かれたことが皆無だから、自分で自分を理解していないくらいあるか? 

そういえば鵜久森はこんなことよくあるのか?」

「ない、初めて」

「そっ……か」


 辿々(たどたど)しく首肯する。

 超人的な鵜久森でさえ経験のない虚構の世界。

 それを無知なまま創造した吉備野が人知れず悔悟(かいご)する。


 そんなことを気にする素振りもなく、鵜久森が核心に入りたがるような様子でいる。


「それで鵜久森、こんな俺でも解るように話してくれると助かる」

「……まずは、この空間は吉備野が作り出したもの、だけど吉備野が意識的に生み出したものではない。

 なら考えられるのは、吉備野が無意識に発動する能力または他者の介入。

 これは前者より後者の方が有力だと私は思う。

 仮に後者だとしてその人物は誰か、それを私は吉備野家が関わっていると推測している」

「吉備野家が? どういうことだ?」


 鵜久森は一つ前置きを話す。


「そもそもだけど、吉備野家にも色々種類があるからね?」

「色々……親戚とか遠縁みたいなものか?」

「そんなところ。よく思わない人って、身内でもいるものじゃない?」

「まあ……」


 吉備野は躊躇いながらも肯定的に思う。


 鵜久森はそのあと懇切丁寧に返答する。

 取り敢えずは前提条件からだ。


「例えばだけど所定の年齢を迎えると発動する術式……もはや呪いと同類だけど、それが吉備野の身体に施されていたりね。

 そうだ丁度、誕生日か。だからなくはないかな?

 でもそういう人って自我を著しく消失してたりするものなんだけど、それが顕現してもいないし。

 となるとここ最近で直接、もしくはなんらかの媒介具で吉備野に術を掛けたって方が現実的だね」


 鵜久森は吉備野を観察する。

 術者はある程度、その術式の残滓を追うことが可能だ。


 しかし現状の吉備野は謂わば、幾つもの術式が混在した上に攪拌されている為、判別までつかない。


 そしてそれは鵜久森の疲弊した状態も関与しているが、当人は気付いていない。


「でもそんなものことがあれば俺でも気づくんじゃないか?」

「恐らくそうならないための細工をしているんだろうね。ほぼ一般人の吉備野を欺くことも出来ないと術者失格だから」

「……自然と悪口を言われてるよな?」


 これを華麗に無視して、鵜久森は続ける。

 無視というよりは、反論することが億劫だと言うべきかもしれない。


「だから私が真っ先に疑ったのは、吉備野だよ」

「俺?」


 吉備野が自身に指差す。

 一度だけ頷いた鵜久森が滔々(とうとう)と語る。


「うん、吉備野が自作自演をしていて私を揶揄っているんじゃないかって。

 でも事前調査と一緒にいた時間を加味して出た結論は、そんな芸当は吉備野自身だけだと到底不可能だということだね。家柄の事だって知らなかったし」

「……別にそこら辺にある家庭と代わり映えしないと思うけど?」


 吉備野は些細な疑問を口にしたに過ぎなかった。

 けれど鵜久森にはそれが少し気に触る。

 ある程度、予想はしていた通りとはいえ吉備野の術者としての発現は、あまりにも愚鈍で遅い。


「……結果論でしかないけど本来なら吉備野は今頃、とっくに私達と手を取るか、(たもと)を分かつ状態になっていても不思議じゃなかった。

 なのに、世間一般の十八歳の大半がそうする行動原理で高校に通い、両親と兄弟妹(きょうだい)と睦ましく暮らしていて、のうのうと細道を歩ける。

 吉備野にとっての日常は私たちにとって異常でしかない。それにあんな無防備なんじゃ、いつ殺されたとしても別段おかしくなかったよ?」

「……」


 吉備野は(つぐ)んだまま、生唾を嚥下する。


 県の大都市から離れた、しがない住宅街の一軒家。

 両親は共働きをしないと成立しない家計。

 吉備野が帰宅する頃には、弟と妹が学校通いの気苦労を癒すようにしてソファーで(くつろ)いでいる。

 そんな姿を眺めるのがもはや慣例になっていた。

 それでも不幸せということはなく、寧ろそんな生活に満足すらしていた。


 夕飯の出来栄えにいちゃもんを付けられたり、靴下や髪留めを放り投げているのを注意すると反論されたり、唐突に邪魔者扱いを受けたり、そのくせ面倒事を背負い込まされたりもする。


 けれど、そんなものは溜息一つ吐いて済む程度に些末な事柄でしかなく、それがもし無くなるとするのならば、どうしようもない怨恨が募る。


 勿論、退屈することはある。

 平凡な人生に嫌気が差すことなんて、下らないほどにある。

 けれど、それを侵されてでも反旗を翻したいかと訊ねられたら、即座に拒絶する。


 吉備野が知る吉備野家はここが不満点だと指摘したくなる内容は幾重にもあるが、そのどれもが欠けることなく、失うこともなく、存在しているからこそ成り立つ、心地の良い肌寒さがある家庭だからだ。


「……もしかして俺の両親や弟と妹にまで、その暗殺の対象になっていたりするのか?」

「嫡男で後継者の吉備野ほどではないにせよ、十二分に考えられる案件だね。

 秘密裏に懸賞金が掛けられたりもしていたんじゃないかな? ちゃんと私の後輩が側にいるのもあるけど、家族揃って生きているのは色んな要因が重なったからだろうしね」


 それを知って吉備野はどうしようもない焦燥に駆られる。思わず言葉を失う。


「……」

「……でも今心配するのは家族じゃなくて自分自身だよ吉備野。私達は二人で生還する方法に着手(ちゃくしゅ)するんだから。覚悟はしておいて」


 そう言いながら鵜久森は愛用の拳銃を装備する。

 回転式のそれに鉛弾を六つ装弾して、浅い呼吸をしつつ集中力を極めている。


「それで吉備野、確認だけど今日は実家と学校の他に寄り道とか、してないよね?」

「……ああ」

「なら学校かな? ……もしかして学校で初めて会った先生や生徒から何か貰ったりしなかった?」


 吉備野は暫し沈黙する。とりとめのない今日一日の学校生活を逡巡しているからだ。


 そうして一つ、思い当たる。


「……うん、でも職員室でプリントを貰っただけで、内容はよく見てないけど。多分地域情報とかじゃないか?」

「それはいつ?」

「放課後だな」

「……そっか、となると転移かな?」


 鵜久森が別件の調整の為に、吉備野の担当から外れていた時間帯の出来事だった。

 別の術者に任せてはいたけど、こういった部類を感知出来るような術者ではないから、致し方ない。


それよりも鵜久森は、吉備野に接触を測った際の油断を心から悔悟(かいご)する。

誤って吉備野を殺めないようにした配慮が、完全に仇となっていたからだ。


 やがて吉備野と鵜久森は、二人が出会した箇所に引き返していた。

 吉備野が鵜久森に無礼ながら投げつけたスクールバッグが、未だ地面に放置されている。

 この時点で空間は形成されていたと言うことを、物質として暗示されている。


「止まって」

「おっと」


 鵜久森の指図で吉備野は急停止する。


 互いに中腰のまま(しば)し静観して、情勢把握に努めていた。


「吉備野はそのまま待機、いいね?」

「ああ、わかった」

「あとバッグには今は触れないように」

「あれ俺のなんだけど、鵜久森がそういうなら」

「よし――」


 狼煙を上げたかのような赴きで、鵜久森は単独行動を敢行する。


 そして吉備野と鵜久森が出会(でくわ)した近辺の一軒家の内庭へと歩みを進める。


「やあ」


 鵜久森が無愛想ではあるものの、柔和な声色で話し掛ける。まるで自身に懐いて欲しいと言わんばかりだった。


「でもちょっとごめんね」


 そう断りを入れると鵜久森は犬小屋の前で、厳戒態勢の柴犬に向けて拳銃を突き付ける。

 柴犬も狂気に触れたせいか、甲高い震声で吠えることしか許されなくなっていた。


「え……」


 吉備野はその姿見を傍観する。

 指示もあったけどそれ以上に、鵜久森が無闇にそんな事をするとは到底思えなかったからだ。


 しかし(くだん)の鵜久森は、まるで執行人のようにせせら笑う。


「この世界では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 冷酷非道すらも(いと)わない形相で、その銃口で頭頂の毛艶(けづや)を愛撫していた。

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