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吉備野  作者: SHOW。
3/106

共に闘うまで

 逃げ惑う吉備野に対して、もう一発脅しの鉛弾を撃とうとした山田を名乗る少女は、綻んでいた口角を戻す。


 それを一旦後回しにして、拳銃を人差し指の第一関節で回転させ弄んだ。


「もう少し遊んでいたいんだけどね。でもあのまま放置していても面倒だからどうしようか?」


 脇腹に手を当てて溜息を吐くと、制服の袖に忍ばせていた長方形の紙切れを一瞬で指先に移動させて、二本の指で挟んでいる。


「これはあくまで予防線だけど、記念に使うのも悪くないかな」


 呟くと、山田を名乗る少女は姿を晦ます。

 しかし白煙が焚かれて、再生するように舞い戻る。

 そうして自身の身体が正常であるか、双眸を閉じ、啓蒙(けいもう)を伝え聞く。

 

「よし成功」


 その後に遁走する吉備野を追いかけようと、足首を(ほぐ)したあとに前屈をして、山田を名乗る少女は軽い準備運動を終える。


 そして手始めにその場で跳躍すると、杉の木の頂点で物理法則を度外視したまま屹立する。


「うーん、あそこか」


 山田を名乗る少女は十字路を左折して、何もない所で躓いている吉備野の姿を捉える。

 吉備野は、問答無用で銃撃され殺害されることはないと高を括っての行動だった。


 銃口を構えている相手に背中を向ける愚行は、西部劇などの知識で吉備野にも理解出来る。

 けれど僅少でも好転する要素があるのなら、恥も外聞も無い。まだ降参を示すジェスチャーをするには早すぎる。


「殺されないとわかっているなら、諸手を挙げて降伏して欲しいんだけど。まあ、それじゃあ面白くないか。私が生殺しされちゃうし」


 刹那、その杉の木は(にわ)かの暴風に揺さぶられて、無数の青葉が地面に乱れ落ちる。山田を名乗る少女に起因する人工的な産物だ。


 杉の木から対抗車線を超えた先のアパートの屋上に跳躍して移動している。それらから連なる屋根を伝い、吉備野を追尾する。

 

 少女が欠伸をして、集中力を散漫としながら、取るに足らない程の遅速で逃げる吉備野を追い越す。

 振り返える少女は、その標的を眺めて冷笑する。


「高校生男子なら平均より少し上って感じかな」


 一般人の基準ならば吉備野の速度は決して遅いとはいえない。けれど例えば世界最速で走る人類とリニアモーターカーの速度を比較したならば当然、雲泥の開きがある。


 吉備野と少女をそれぞれ当て嵌めたら、無慈悲だが構図はそうなる。


「もういいかな」


 山田を名乗る少女は屋根から降下して直ぐに、吉備野の右隣で並走する。


「お疲れ様です。何処に行くんですか?」

「……っ!」


 喫驚(きっきょう)が勝りすぎて吉備野は発音することが出来なかった。


「答えないの? もっと速く走らないと野兎のように射殺しちゃいますよ?」

「本当……に、人間……かよ」


 気力を振り絞って声を出したせいか、吉備野はつんのめって、平衡感覚を取り戻そうとしたが、身体を制御できずに黄土色の外壁に激突して、その場で膝から崩れ落ちた。


「あれ、大丈夫?」

「はあ……はっ……っ!」

「どうしよう、全然会話になりそうな雰囲気がない」


 屋根から降下したときに逆立った髪を手ぐしで()きながら、少女は嘆く。


「まあいいか。このまま進めよう」


 言葉をまともに発声することのできない吉備野に辟易としながらも、少女は一方的に説明口調で、吉備野の個人情報を捲し立てる。


「実は私、キミのことをよく知っているんだ。

 吉備野 (きざし)。中央町高等学校普通科三年、六月三日生まれ。あ、今日が誕生日か。これはおめでとう、ハッピーバースデー。


 ……それで両親と中学生の弟と妹との五人暮らし。勉強成績はいつも中の下、運動能力はそこそこだけどさっきの走りは良かったかな?


 所謂、一般家庭に分類されているけど、約千三百年くらい前の奈良時代では、その先祖が大臣を務めている程の由緒あった家系の一つ。


 そのせいか否か。得意な料理は和食、特に煮付けの味付けが絶品。


 そして両親が共働きで帰宅が遅い日、または泊り込みの場合には弟さんと妹さんに振る舞っている。


 最近の悩みは知覚過敏と偏頭痛。因みにキミのテストの点数が芳しくないのはキミの先生の悩み。


 好きな音楽はパンクロック。その中でもパープルアーツのファンで、ディスクを見掛けては購入する収集家の側面もある。


 直近で視聴した動画は井根(いね) 真蹴(まける)ダイビングヘッド事件、なんか少し古いね」


資料もなくつらつらと述べるのはおかしいと、吉備野は瞳孔を閉じたまま所感する。


「うる、さい。俺の知らない情報もあるし。

 そもそも最後の方のやつは絶対いらなかっただろ」

「うん、やっと落ち着けたみたいだね」


 長話の間に吉備野は呼吸と心拍を整えて、反論するくらいの余裕があるまで回復した。

 それを見て山田を名乗る少女は、先ほどとは一変させて、神妙な表情で淡々と吉備野と交渉する。


「それでここからが本題なんだけど、私と一緒にとある外敵の掃討の手伝い頼みたいんだけどどうかな? 

 勿論報酬は弾むし、キミの安全を保障する為に私がいるから」

「……訳が、分からないんだけど?」

「簡単に言えば地球外生命体が侵攻しているから、私とキミで阻止しよう、みたいな感じかな? その方が分かりやすいと思う」

「はあ……」


 吉備野は答えにあぐねる。

 まるで大作映画の設定でありそうな展開が、この現実で起こることなど想像がつかなかったからだ。

 

 けれど先程までの、山田を名乗る少女の身のこなしは人間の範疇を逸脱したものだった。


 仮にアマチュアスポーツの祭典に出場したならば、観客があんぐりとして興醒めすること請け合いだ。

 銃撃に特化した種目もあるから丁度良いのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。


 山田を名乗る少女が吉備野へ述べていることの真偽はどうであれ、その蓋然性を高めることに一役買っているのは明確だった。


 そうして目を丸くしているだけの吉備野の返答を待たずに、山田を名乗る少女はそそくさと話を進行させていく。


「キミがさっき人間かどうか疑ってた私がだよ? それを踏まえた上でどうかな?」


 そこで我に帰った吉備野は迷わず首を振る。


「あんた一人で十分だろ。俺みたいな凡人がいたら逆に迷惑になることぐらい流石に判る」


 今度は少女が首を振る。


「確かに、一般人を巻き込むようなことは私が形だけとは言え所属している、組織の掟に反するものだけど」

「それなら……」

「残念ながら、キミの家系は普通じゃない。その中でも現代の嫡男である吉備野 兆は継承者じゃないかって昔から言われていて、キミの潜在能力は大いに期待されている。

でも私一人だと、その家系の全貌を解決に導くのは難しいから、当人のキミが居ると何かと助かるかな」

「……ははっ」


 仰向けに倒れている吉備野は苦笑して、そのまま地面を揺るがそうと拳を振るった。当然左手の側面に鈍痛が無情に響く。


 地面のコンクリートを破壊することどころか、ヒビの一つすら刻むことができない。


 これがどうしようもない現実である。

 同時に一般人の証のようにも吉備野は感じていた。

 


「継承者? そんなもの俺にあるわけないだろ。

こんな俺が、少なくともあんたと同等レベルになれるとは到底思えないし想像することもできない。

一生涯、俺は一般家庭に生まれた凡人だよ。そこに誇りなんてものはないけど、受け入れるしかないんだ」


 吉備野がそういうと、しばし沈黙が流れる。

 理由は明白で、少女が何も返事をしなくて、吉備野にも起き上がる程度の膂力すらなかったからだ。

 

 そのまま(しば)膠着(こうちゃく)すると吉備野は油断していた。

 

 そこに引き金を引く乾いた音が鼓膜を(つんざ)く。


「えっ? ちょっ、待て、ふざけんな!」


 そんな状態の吉備野がたちまち立ち上がり、少女から距離を取る。


 それもそのはず、どうしようもない沈黙を切り裂いてみせたのは、少女が仰向けになっている吉備野の頭上に一発、上体を起こしたときに黄土色の外壁に二発、そこから飛び引く背後ろに一発の銃撃をお見舞いしたからだ。


 例え命中させるつもりはないと吉備野がわかっていたとしても、生物は反射的に回避しようとするものだ。


「おい、何ぶっ放してんだよ!」

「ああごめん。あまりに腑抜けたことをキミがいうから、つい」


 謝罪や反省の色など微塵も感じさせられないくらいに淀んだ雰囲気を纏う少女は、やがて投げやりな嘆息を吐く。


「キミはまだ気付いていないの?」

「何が?」


 そうして少女が上空に向け発砲する。

 吉備野は図らずも両耳を押さえた。


「だから意味もなく撃つなって」

「意味がない? そんなことはないと思うけど、わからない?」


 吉備野が疑問符を浮かべて、恐るおそる少女を見る。少し怒気を孕んでいる様子だ。

 

 山田を名乗る少女は観念したように、吉備野にこの異様な街路のことを伝える。


「じゃあさっきからキミと私以外の人がこの街から誰もいないのはどういう了見(りょうけん)だと思う?」

「え……?」


 吉備野の辺りを見回す。

 それは道端を利用する他人をたった一人でも発見して下らない与太話だと一蹴するはずだった。


 けれど見れど回せど、目の前の少女しか存在していない。


「どう?」

「そんな馬鹿な……」


 吉備野は偶然だと無理矢理に結論付けようとした。

 しかし、今の時間帯は平日の夕刻。


 下校中の児童や生徒がいないのはあまりにも不自然で、大通りの車道にも若葉マークの付いた車以降は一台も見ていないのも変だった。


ここは県庁所在地と第二都市を繋ぐ経路で、送迎の時間とも被り、行き交いも激甚(げきじん)だ。


 そもそも車道に逃げるという吉備野の判断そのものが本来ならおかしい。


 死から逃れる為に銃撃から忌避(きひ)しているのに、同等かそれ以上に事故の危険性のある車道に飛び出すんじゃ本末転倒だ。


 まるで事前に全容を把握していたかのようだった。


 そして今、発泡音が住宅街に響いているはずなのに、どこからも野次馬が沸く様子もなかった。


 それと潜在能力がどのように結び付くのかまでは吉備野はわからないが、異常であることは理解出来る。


「確かに、おかしいとは思う。けどそれと俺がどんな関係があるっていうんだ?」

「だからね。このフィールドそのものをキミが、吉備野 兆が作り出したものなの」

「はっ?」


 吉備野はそんな生返事をして、自覚がまるでないことを暗に示唆していた。


「正確にはちょっと違うけどね。でも要するに、ここはキミだけの孤高の世界だと思えばいいかもしれないかな。

 因みに私が悠然としてように見えるかもだけど、ここにいるのだって楽じゃないからね。

 そうだね、今の私は水中で素潜りをして浮上の仕方がまるでわからないような状態だから――」


 少女は吉備野を見据えて、核心に迫る。


「――吉備野 兆の潜在能力は既に開花している……いやさせられたというべきかな、そんなに差異はないんだけどね。

それは置いといて、そもそもこんな出鱈目なものを産み出すきっかけを創ったキミが、普通の人間だなんて冗談でも言えないんだよね」


 吉備野に慈悲もなく、淡々と紡いでいく。


「もしも仮に、キミをここで私が殺害したとして、そんなことをしたら私はキミの作った自覚のない異空間に最悪、幽閉されて犠牲者になってしまうかもしれない。だから私との最初の取引は――」


 少女は吉備野を指差して、語勢を強めに宣言する。

 ついでにその本性の一端を開示する。


「私、鵜久森(うぐもり)……讃良(ささら)が吉備野 兆の共にこの閉鎖的な世界から脱出する。

 そして、私は術者と呼んでいる適正がキミには必然のようにあるはずだから、それの確認。

 これが出逢ってすぐ持ち掛けようとした交渉の内容なんだけど……」

「脱出……術者……」


 山田を名乗る少女改め、鵜久森は吉備野を据える。

 吉備野は思考を逡巡とさせて、やがてこうべを垂れながら首筋を摩る。


「一つだけ質問させて欲しい」


 吉備野は俯いたまま訊ねる。

 この場所が一体全体何処なのか、術者とは具体的に何なのか、有識ある鵜久森は何者なのかなど、疑問は塵が積もる程ある。


 しかしそれ以上に、比喩的ではあるが吉備野の心臓を収縮させたのは、その責任の所在だった。


 鵜久森は即座に首肯するが、念のため声にも表す。


「うん、何?」

「こんな状況に陥ったのは、俺のせいって事であっているのか?」


 気楽に山田を名乗っていた頃とは様変わりした鵜久森が、言葉を選別しながら事実を述べる。


「……責め立てるようで申し訳ないけど、端的に言えばそうだね。キミの仕業じゃなければこうして潜入することもなかっただろうから」

「……そういうことなら、答えは決まったも同然だ」


 吉備野は鵜久森と相対して、緊張を隠すように唇を結ぶと、情けない姿かもしれないと自覚しつつも真剣に頭を下げた。


「まだよくわからないけど、図々しいかもだけど。

 俺は俺のことが今まるでわかっていない。だから一緒に俺を救って欲しい」


 それを訊いた鵜久森の口角が上がり、拳銃を再び弄びながら願いを聞き届ける。

 想定内の反応だと鵜久森は釈然とする。


「交渉成立だね。ていうより、そっちがなんとかしてくれないと私が巧く立ち回れないから、こちらこそ宜しく」

「あ、ああ……善処(ぜんしょ)はする」

 

 往来のない街路での同盟。

 お互いに高校の制服を見に纏っているとは思えないような、異質極まりない講釈(こうしゃく)をまだ残したまま、未知の空城に踏み込む。

 

 吉備野と鵜久森。初めての共闘戦線の幕が上がる。

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