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吉備野  作者: SHOW。
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逃亡者

 歩道の手摺(てす)りを飛び越えて、車道に転がり抜けて遁走する。

 一般人の常識から逸脱した行動をとったほうが、相手の裏をかくことが出来ると、僅かな平然の中で吉備野は判断したからだ。


 記憶を少し遡る。



 両手には何も所持していなかったはずの山田と名乗る少女は、何処からか取り出した拳銃を吉備野の鼻根(びこん)に向けて構え、(あわれ)みの笑みを浮かべる。


 用済みの実行犯はこんな気持ちなんだと、吉備野は逡巡(しゅんじゅん)としながら不思議と口角が引き攣り上がる。


「さて、どこから始めましょうか?」

「……」

「……だんまりを決め込まれるとやりづらいね。私もあまりお喋りが得意ではないのですが――」


 不自然な静寂が包む。

 山田を名乗る少女の照準が全くぶれない事を、吉備野は双眸の焦点を合わせ眺めている。


 いや寧ろ、この膠着(こうちゃく)を安易に破れば命の危険が伴っている為、そうする他ない。


 手を挙げることすら(おこ)がましい。


「――そうですね、分かりました。ではまず今後のことをお話しする前に改めて自己紹介をさせて――」

「……」


 けれど、いつまでもその状況を継続したとしても、先延ばしにしただけで、回避に向かっている訳ではない。

だから遅かれ早かれ、生命を天秤に掛けて博打に出るしかない。


 吉備野は沈黙の間に、なんとか打開策を思案する。

 拳銃に対抗出来る物はない。けれど一瞬だけでもこの対比を壊せばいい。


「――っ!」 

 

 刹那、山田と名乗る不敵な少女にスクールバッグが投げつけられ胴体に直撃する。


 吉備野が右肩からずれ落ちかけていたそれを、提げを握り、振り子の要領で加減せずぶつけたからだ。

 そうして山田を名乗る少女は、拳銃を持った右手を、鳩尾辺りを押さえて身を屈めていた。

 

 吉備野の策略は一先(ひとま)ず成功といえる。


「……うぅ」


 山田を名乗る少女は上手く発声出来ずにいる。

 筋力の伝達がその衝撃で痙攣しているようだ。


 初対面の人に対して行うのは忍びなく無礼なのは吉備野も承知の上だ。

 だけどいきなり拳銃を向けてくる人物には致し方ない事だと吉備野は言い聞かせ、多少の罪悪感を知覚しながらも実行した。


 例えその拳銃から世界の国旗が撃ち出てくる玩具だったとしても悪辣極まりなく、冗談では済ます事は出来ない。


「……油断した」


 募る眼光が吉備野に浴びせられる。

 しかし大したダメージにはならない。


 そうして生み出した状況が、道路交通法を意図的に無視した、車道での逃亡劇だ。


 吉備野がその隙を付いて、飛び出したときに行き交う自動車が一台もなかったこと、環境美観の為の杉並木が幸いして、吉備野は山田と名乗る不審な少女から無事に距離を取り、遮蔽物を用立てることも偶然の産物ではあるが用立てしていた。


 吉備野は安堵混じりに振り返る。


「えっ?」


 瞬く間に銃撃音がして、吉備野の股下のコンクリートが穿たれ、その箇所から硝煙が舞った。

 時間差で思わず尻餅をついてしまう。


「なっ、くそっ!」

 

 それが作為的なモノだと判別するのに、酷く躊躇った数秒を後悔する。

 柴犬の遠吠えがわなないている中で、吉備野は発砲したであろう方角を、動揺しながら(おもむろ)に見る。


 並木の一本に片手を置き銃口を吉備野に向けている山田を名乗る高飛車な少女の様相は、泰然自若(たいぜんじじゃく)としていて、掴み所がまるでない。


「……」

「ハハッ、そんなのダメだろ、おかしいだろ」


 吉備野は空笑いをするしかない。

 その拳銃は正真正銘の本物だった。


 この現代社会では、しがない高校生の吉備野にとっては反則もいいところだ。

 

 思春期少女の悪戯であることを、内心の何処かで切望していた吉備野の祈りは、着弾と共に破られている。


 それは平凡人の日常とは呼称できないものだ。

ある意味合いで、これまでの吉備野の日々が一部、失われた日とも言えるだろう。


「もう諦めたら?」

「……うるさい」


吉備野はかぶりを振りながら、地盤のコンクリートを叩き鼓舞して、寝起きのように張り詰めたまま立ち上がる。


 そして周囲を状況を整理する。

 当然ながら予断なんてものは許されない。


「どうする? 誰も居ないし何もない」


 取り押さえる術もなく、防弾するモノもない状況。

 絶望的な状況に吉備野は、山田を名乗る少女を眺めているうちに一つ思い出す。


 それは少女が、わざわざ吉備野に接触する理由が不透明なままになった、その内容だ。


 「……っ!」


 吉備野は少女の銃口から逃れるように斜行しながら駆け出し、十字路を左折、悲鳴を上げる両脚を奮い立たせながら疾走する。


「逆、にもう、信じるし、か、ないっ」


 乱れた呼吸、汗で張り付いて違和感のあるインナーと前髪、そして初めての銃弾が脳裏にこびりつく。


 その全てを差し置き、吉備野は少女の愛想のあるようでない、それでいて他愛のない邂逅時の台詞の脳内再生をする。


 吉備野に確信なんてものはなかった。

 けれどその言葉に偽りがないのならば、恐らく被弾することはないだろうと結論付ける。


「だって、俺と交渉、したいんだ、よな?」


 荒ぶる呼吸の最中でそう決断した。

 吉備野(きびの)の賭け、それはこの遁走劇の継続だった。


 その吉凶を聖域から見守っている。

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