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吉備野  作者: SHOW。
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抜け殻と憂慮

 吉備野(きびの)が倒れて意識を失った後にまで遡る。

 結論から言うとそれは、計画通りの所業だった。


 瞳を閉ざす余力もなく、白目を剥いて横たわっている吉備野の元へ先程(さきほど)、部屋を立ち去ったはずの鵜久森(うぐもり)が戻って来て、片方ずつその双眸を閉幕させる。


「私からの供給を断てば吉備野はこうなる身体だったんだよ……」


 淡々と呟いた。

 そこと無く哀愁が漂っている。


「今更言ってももう遅いけどね。こうでもしないと無理しそうだったと思うし」


 絞り出したような寝息が、平均的な呼吸よりも随分のうのうとして、吐き出されて直ぐ霧散していく。


 そんなカーペットから外れた(とこ)に、上半身を投げ出している吉備野を(いつく)しむようにして鵜久森が持ち上げようとする寸前、熟睡中の吉備野が反射的に顔を(しか)めている。


「寝心地が悪そう……いや、違う? 吉備野、疲労困憊なんだから、もう少し自分のことを顧慮(こりょ)してもいいのにね。やっぱり完全に切り離せる存在じゃなかったってことか」


 吉備野が夢裡(むり)でも術者に絡まれていることを鵜久森は察知して、早急に対処を施そうとする。


 そのためにまずは、弟の源の部屋から吉備野の部屋へと移動させ、吉備野の弟妹である(げん)(いおり)の干渉を受けないようにと鵜久森は、吉備野の小脇と膝裏を支点にした横抱きで軽々と持ち上げる。


 それから鵜久森は二階の通路に出てすぐ右折する。

 吉備野家の間取りを事前に把握しているため、迷子になることもなく吉備野の部屋の前までは順調に連れて行くことができた。


「……少し荒いけど、確実性を取ろうか」


 このまま誰にも気付かれずに吉備野の部屋に入室して、内から扉の取手を一時的に破壊しようと考えた。そうすれば部屋の鍵が施錠されているよりも自然に時間稼ぎが出来て、術者の対処が容易に可能だと思ったからだ。


 鵜久森は両手が塞がれているため、吉備野の体重を利用しながら取手を下げようとした。


「……っ」


 すると吉備野家二階にある別の部屋が開かれる。

 鵜久森の背後、先程まで居た源の部屋の正面にある庵の部屋だ。


「誰かまだいるの……」

「……」

「あっえ……――」


 上下寝巻き姿から、有名なブランドロゴが強調されているグレーのフードパーカーとデニムのロングスカートにコスチュームチェンジした庵が、鵜久森に抱き上げられている兄の吉備野を凝視しながら絶句する。


「――随分と御早い着替えでしたね」


 鵜久森が施策行程を狂わされたことに起因する、投げやりの皮肉発言とは庵は露知らず、そそくさと吉備野の元に駆け寄る。


「――何があったんですか?」

「見て分かりませんか? 吉備野はお疲れだったようで、そのまま眠りにまで落ちてしまわれたので自室へと運ぼうかと……」

「さっきまで元気だったじゃないですか。

 ……もしかして一服盛ったりしてませんよね?」


 (いぶか)しむ庵が苦言を呈する。


「……しませんよ。吉備野にそんなことをする利点が私に全くもってありませんしね?」

「念の為聴いたんですよ」

「そう……。それよりすみませんが庵さん。吉備野の部屋、代わりに開けてくれますか? 両手が塞がれているもので」

「……」


 庵は自身の募る感情よりも吉備野の安眠を優先して、図らずも鵜久森に従う形になりながらも、その言う通りに無言で扉を開けた。


「ありがとうございます」

「……上の兄のためです」


 仏頂面な庵は、吉備野の部屋のベッドに視線を移して、暗に鵜久森を促しながらそう言った。

 今度は鵜久森がそれに従い、吉備野をベッドの上にまで運んで、目覚めないように黙々と下す。


 最後に備え付けの布団を掛けて静かに頷く。


 そして鵜久森はその光景に既視感を覚えて苦笑する。

 早朝に吉備野が源に同様の行為をしていたことを、背後から盗み見ていたからだ。


「こうして部屋に入ると違って見えるね」


 束の間に鵜久森は吉備野の部屋を見廻す。

 ノートパソコンやCDラジカセや積まれた教科書などに埋もれていて、ここで勉強していないことが明白な学習机。吉備野が愛好しているパンクバンドのポスターがその近くの壁面に貼られて、その真横に二着目の制服が掛けられている。


 三段仕立ての本棚には、上段から中段を跨いで、幼少期から忌み嫌われていた少年が一人前の忍者を目指して奮闘する長編バトル漫画があり、下段にはその最新刊と申し訳ない程度の小説と占星本に、和食と家庭を主軸にしている料理本がその(すみ)にある。


 そんな本棚の左隣に音楽CDを収納している色違いのケースが二台置かれていて、右隣にはクローゼットがあり、それを塞ぐようにこぢんまりとした円机が存在している。


「……宿命付けられた事だとはいえ、ね?」


 鵜久森は(わび)しい笑みを浮かべる。


 そこは平凡な男子高校生の部屋の域から逸脱していない空間だった。ましてや、その悪名ばかりが独り歩きして、邪術と蔑称された術者の末裔の部屋だとは鵜久森はどうしても思えなかったからだ。


「あれ? 誰もリビングにこないと思ったら兄ちゃんの部屋か。何してんの?」

「お兄ちゃん……兄ちょー、疲れて寝込んじゃったらしくて」


 皆が続いて来ない様子に疑問を持った源がさりげなく合流する。部屋への入り口を()き止めていた庵の背中を押して入室した。


 そのあとなおざりなまま、学習机に備え付けられた椅子を引き寄せて源が座る。人為的にベッド付近まで押し流された庵が観念して、その前方でしゃがむ形になる。


「大丈夫か、それ? もしかして病院とかに行かないと駄目なやつとかじゃないよな?」

「兄……」


 憂いでいる源と庵を眺めて、鵜久森はなんとか安心させようと試みる。


「その心配には及びません。私のせいで寝る間も惜しんだことでしょうから、暫く安静にしておけば何事もなかったかのように目覚めると思われます」


 源と庵の憂慮(ゆいりょ)に対して、まるで機械作業のように滔々(とうとう)と鵜久森は説き伏せる。


「「…………」」


 しかし鵜久森にとってはその二人を気遣ったものであったが、(かえ)って疑心を生んでしまう。


「ほんとに何してたんですか……えっとその、すみません。まだお名前訊いていませんでしたね、何さんですか?」

「……山田と申します」


 鵜久森は吉備野と最初に交わしたやり取りを、源と庵にも行う。


 これが(ほとん)ど無意味だとは先刻承知しているが、それは鵜久森なりの、初対面のままで終わらせないための一種のコミュニケーション術だった。


 つまりは吉備野と、その家族であり弟妹の源と庵に印象付けようと思案した結果だ。


「――随分とありふれた苗字ですね」

「山田さん、下の名前……までは今はいいか」


 そんな苦悩など他の誰もが知る由もない。

 間を空けず。屹立している鵜久森を仰ぐようにして、庵が背筋を伸ばした正座をしたまま質問する。


「その山田さん、上の兄とは一体どのようなご関係なのでしょうか?」

「どのような、とは?」


 分かり切ったことを鵜久森は聞き返した。


「上の兄は、後ろに居る下の兄と違って夜遊びをするような人じゃなくて、同じ学校? の女の人を軽薄に家へと招く人でも、長年一緒に住んでいる私が知る限り違うんです。だからこの現状が信じられなくて」

「……」


 懐疑(かいぎ)(てき)に述べた庵と源も、吉備野の性分(しょうぶん)を誰よりも熟知している自負がある。だからこそ吉備野がいきなり真逆の行動を取り、昨晩帰宅しなかった事で二人は酷く動転していた。

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