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吉備野  作者: SHOW。
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当代候補の同志

 吉備野は薄目で睨んだまま、恨めしい口調を隠さずに淡々と言葉を連ねる。その相手は普通に生きているだけなら絶対に逢わない人物だ。


「こんな()(たら)()なことをするってことは……あんた、鵜久森が言ってた俺の先祖だよな?」

鵜久森(うぐもり)? ああ、あのとんでもない呪力と経験値を伏せ持つ小娘のことだな」


 戦闘時を述懐(じゅっかい)しながら、その名前と類稀な術者の顔を一致させる。時代は異なるとは言え、双方とも寵児(ちょうじ)に相違ない人物だ。


「願わくば吉備野の後継はお前じゃなくて小娘だったら、どんなに安泰(あんたい)だったことだろうな」

「……悪かったな俺なんかで」

「全くだよ」

「それよりその言い回し、本当に俺の先祖らしいな。ならある意味光栄だよ。正直、俺の家族の誰とも面影がなくて驚いているけど」


 ()いて誰かを挙げるとなると弟の(げん)になるが、その装いも相まってか血が繋がっているとは思えない。


「ははっ、お前とは直系の血縁とはいえ、千年以上も離れておるからな。様々な配合があるにつれ希薄になっていくものだろう。吉備野家の術式を殆ど受け継がないお前いるしな」

「わかってるよ、俺が不甲斐ないばかりに……」


 吉備野のことを(あわ)れみつつも、冗談交じりの弄りを兼ねる。朱色を被せた口元を、袖で隠しながら嘲り笑う。


「でも勝手に空間転移して俺の意識まで奪ったのもあんただろ? それはやり過ぎだと思うんだけど」


 吉備野は実行経緯を訊く。


「確かに。だがこちらの主張としては、媒介具に触れただけでお前の核心を晒し、隙だらけの状態になるなんて思いもせなんだからな。

 あれは一定以上の術者ならば、拒絶出来るようにしている。まあ、本当の目的は別にあったのだがな」

「本当の目的?」


 吉備野は間髪入れずに返した。そしてやれやれと言わんばかりに溜息を吐くも神妙に応え始める。


「ああ、実はお前の近辺に傷痕(しょうこん)術式の術者の気配があったからだ」

「傷痕術式……」


 鵜久森が適当にあしらった単語の登場に吉備野は困惑する。続きの言葉に迷っていると即座に修飾した。


「傷痕術式とは読んで字の如く傷の痕による術式だ。

 お前のいる時代では諸共廃れているみたいだが、こちらの時代では当主から次代へと術式の継承をする際に用いられていた常套手法だ。

 そうまでする理由は、その一族の威光や悲願を守護し達成する為の原理の相続すること……なのだが、今回はどうも違うようだな」


 吉備野は辞して聞き耳を立て、そのもう一つの成り立ちに備えている。

 そして呆れるように双眸を長く閉じていた吉備野の先祖は、半ばその人物達を愚弄するように説明した。


「それはこの時代となっては、系統とは全く所縁(しょえん)もない、そして術者でもない人物が絶命覚悟で傷痕術式を埋め込み、無理矢理に術者へ変貌させられた外道な手段がある。

 別に定紋(ていもん)のいう方法があり、それとは似て非なるものもあるのだが、こちらが現在の主流のようだ」


 一度、呼吸を挟み続ける。

 さらに長々と語る前の準備だ。


「その傷痕術式だが。本来ならば当主から次代への継承にすら成功率は低く後遺症やら、災厄(さいやく)死に至る蓋然性(がいぜんせい)の高い方法だ。

 だからこそ、この術式は廃れる一途を辿ったのだが、偶然にもそれに成功して、(あまつさ)え生き残り続けた変異体がいるようだ。

 もしかしたらお前に刺客を仕向けたのかもしれん。

 そしてあの空間は吉備野家当主の自衛も兼ねて、()わば秘術とでも言っておけば格好もつくであろう、吉備野家最大規模の結界術で()る」


 それは過去から現在、おおよそ千年以上を超えての忠告だった。これが一般人なら、並の術者だとしても不可能だろう。

 そして吉備野は簡潔に、重要事項だけ聞き返した。


「その人物は倒したのか?」

「いや、結果的に兆候を残しただけだったみたいだな」

「まだ生きていると」

「ああ」


 そうして長々と労を凝らした吉備野家先祖は、気晴らしに手を差し出す。その後に中指と小指を立て、余りの指で二つの異なる円形を構築した吉備野家の構えを披露する。


「……」


 見憶えのある立ち姿だ。

 吉備野は鵜久森からその構えで術式を展開するように指導されて訳もわからずそうしていたが、ここでそれが吉備野家の構えだということを知る。


「その手……」

「なんだ知っておるのか? これが吉備野家代々の構え方なのだが、別にこうまでして貰わなくても構わない。時代の変遷というものに敏感でなければ繁栄は皆無だからな」


 皮肉にもそれが本音にも聴こえる。


「実は……鵜久森が教えてくれたんだよな」

「また小娘か……」


 どこからその情報を得たのか吉備野には分からないが、こうして別ルートでも古来の所作が伝わっているのは感慨深いものがあった。


「でも一応。それを実践してみたら、微弱だけど俺の意思で術を放つことが出来たから、少し詳しく教えてくれると有り難いです」

「ほお、そうか。だがここで実際に術式を組むことは憚られる。おそらくあの小娘……鵜久森と言っていたな? さっきから彼奴がここの監視をしている」


 鵜久森ならやりかねないと吉備野は苦笑する。


「ああ……そうなんだ」

「説明をし始めたあとくらいだ。手探りの術式でここに辿り着いたのだろう、全く厄介な小娘だ」


 そうして吉備野の先祖は忌々しく周囲を見回す。

 吉備野もそれに倣うと、古家や庭園の一部が剥がれ落ちて、所々虫喰いのようになっている。


「えっ? これって」

「ああ、もうじきこの心象風景も瓦解する……まだ話したいことがあったのだがな、仕方ない」


 慌てふためく吉備野をよそに、やれやれとかぶりを振る。すぐ抵抗することを諦めているのが分かった。


「もしかしてだけど、これ全部鵜久森の仕業か?」

「それ以外に考えられるものか。小娘の術式がこちらの術式を時間を掛けて破壊しているようだ。恐らくお前に配慮しているんじゃないかな」

「……」


 暫しの沈黙。和装と制服がそこに同居し佇む。

 その所作も装いも吉備野とは感性が異なり、二人が並んでいると時代の価値観と相違点が露わになって、現代基準の固定観念が段々と歪んでいく。


 けれど幾千(いくせん)歳月(さいげつ)を経ても、人類の本質は揺るがないと吉備野は相対してそう思う。


「少し教えてくれと言っていたな?」

「ああ」

「ならば一つ……お前は既にそれを持っている」

「えっ?」


 訳もわからず裏返った声で吉備野は訊ね返す。

 それに苦笑しながら、吉備野の先祖はまたも抽象的にでは在るが所持しているモノを指摘する。


「往々にしても、あの鵜久森という小娘から精々(せいぜい)見限られないことだな」

「ああ、強者を味方にしろってことか」

「それもあるが……個人的に是が非でも吉備野家に引き入れて欲しい逸材だからな。勿論その一存は当代であるお前に任せるが」

「ははっ……善処はしてみる」


 吉備野は所懐(しょかい)なさげに首肯すると、吉備野の先祖は嘆くように再びかぶりを振り、不承知を表している。


 古家は倒壊して一本松は既に消失している。

 足場も立ち行かなくなっていき、吉備野がじたばたして狼狽えている。しかし吉備野の先祖は何もせず、ただその場に静止するよう視線で促していた。


 木材の破片が吉備野の身体を貫通していく。

 しかし痛くも痒くも、怪我をすることなく過ぎ去って行ってしまう。それこそここが夢幻の世界だという事の、一つの証明のように感じる。


 つまりは吉備野本体は未だ熟眠していて、鵜久森の干渉により覚醒しようとしている。

 どんな事象であれ、それが夢裡(むり)だとするなら、得てして儚いものだろう。


 最後に吉備野は歩み寄るように声を掛けた。


「それでその、御先祖様?」

「堅苦しいな。もう少し砕けた呼称で構わんぞ」


 御先祖とは名前の知らない、血族の繋がりのある先人へ向けて言う仮の名だ。他人行儀とも言える。


「そうは言っても俺、あんたの名前すら知らないからどう呼べばいいか……そういえば鵜久森が太郎? とかなんとか言ってたけど、それが本名でいいのか?」

「違う。それはあの小娘が好き勝手に吹聴(ふいちょう)しようとしただけだ……そういえば、まだお前に名乗っておらんかったな」


 再度。一呼吸入れ、その袖を(ひるがえ)す。

 吉備野の視線を捉えたまま、崩壊する心象の中で素性を明かしていく。黄昏(たそがれ)のような(まなじり)と共に。


「では改めて。お初にお目にかかる、吉備野 兆。

 吉備野家初代当主、吉備野(きびの) (もどき)(いささ)滑稽(こっけい)な名前だと揶揄(やゆ)されていたが、存外に気に入ってはいる。是非お見知り置きを、当代」


 吉備野の先祖、もとい吉備野 (もどき)毅然(きぜん)としてかつ静粛(せいしゅく)とお辞儀をしている。狩衣(かりぎぬ)姿(すがた)のせいか、神聖な儀式だとても(さま)になる振る舞いだ。


「それでは……小娘達を大切にな」

「……え、あ――」


 吉備野もそれに応えようとした瞬間。とりつく暇もなく睡眠状態から解放されたのだろう。

 すぐに現実世界へと引き戻されてしまった。

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