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吉備野  作者: SHOW。
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振り返り通路

 日付が変更されて随分と経ている真夜。

 歩道の白線に沿った内側の細道を、手ぶらの吉備野と鵜久森は足並みを揃えずに進む。

 次第に暗闇が(にじ)んで、やがて黎明(れいめい)を迎える。


「おお……」


 その日の出の秀麗(しゅうれい)さに、自然と吉備野は感嘆を漏らして棒立ちしていた。


 年末年始などは秒針と分針が頂点に達したら、直ぐに毛布へと(くる)まり熟睡するだけの吉備野は、映像ではそれを観たことがあるくらいあったが、初めて直接眺めた日の出の美しさに目を奪われた。


「立ち止まってると家に帰れないよ」

「えっ? ああ、おお……」


 鵜久森に指摘され、吉備野は再び歩みを進める。

 その鵜久森は一人で競歩でもしているのかと吉備野が疑問に思うくらい早足のせいで、段々と小走りになる。


「……色々あったな」


 右も左も判らないまま、吉備野は新米の術者としての決意を告げ、味方と識別して差し支えない鵜久森と綾瀬の両名とひとまず同盟を結んだ。

 正確には同盟と呼ぶのはおこがましいけど、吉備野は心の中でそう表現する。


 そうしてその綾瀬が籠城する施設を後にしようと、また鵜久森から補助系の術式が組み込まれている自動拳銃の一発を被弾する必要があり、少しもたつく。

 そのあとに鵜久森を見失い、(あらかじ)め仕掛けられていた罠に(はま)り、不意に放たれた無数の飛苦無(とびくない)のせいでまた貼り付けになろうとする所を救助される。

 散々鵜久森の足を引っ張りながらもこうして、実家に続く馴染みの通りに帰還することが出来ていた。


 紆余曲折がありながらも実家に帰宅しようとしている吉備野に、未だ鵜久森が同行する。

 それは吉備野の監視。そして吉備野家そのものの安否確認の為だ。


 鵜久森の言い分を吉備野の(つたな)い知識を用いた解釈で抜粋すると、組織の人員が分散したこの機会で小物を操り吉備野自身を狙ったという事実。


 短絡的な目的だとしても、もしくは裏で結託していて別働隊として活動していたとしても、はたまた同一人物の軍師による戦術だとしても、吉備野に危害を加えないか警戒しておくことに越した事はない。


「何ぼんやりしてるの?」

「昨日は鵜久森の邪魔ばかりしてたなって」

「随分と足を引っ張ってくれたしね」

「……悪かったよ」


 鵜久森が一呼吸を挟む。

 気苦労が絶えないと言いたげだ。


「吉備野にはもう少し気を張って欲しいな。仮に今もし、吉備野の空間に入っていた術者が絡んでいたとしたらどうするの?」

「そうだ……すっかり忘れてたけど、そんなやついたな」


 確かにそこは懸念するべきだったと吉備野は思う。

 目紛しい出来事のせいで、気付けばその存在が霞んでいた。

 そんなことを考えていると、鵜久森がのらりくらりと後情報を述べる。


「まあ、その術者……正確には身代わりだったけど、吉備野と別行動をとってた間に仕留めといたよ」

「え、いつの間に……って。いやいや、別行動なんていつしたんだよ?」

「いつだろうね」

「俺が聴いてるんだけど」


 吉備野は長らく連れ添っていた鵜久森が式神だった事実を知らない。

 先祖との交戦の前哨として、本体の鵜久森はその術者を追い、楽々と大勝を収めていた。


 だけどそれは術者の身代わり。鵜久森の式神と同列扱いの操り人形でしかなく、術者は既に雲隠れしていた。つまりはその正体までは掴めていない。


 因みに鵜久森は式神との記憶を統合出来る。

 だから吉備野との出来事の全てを熟知している。

 あと鵜久森が式神だった事実を、吉備野にはひた隠しにするつもりでいた。

 その方が親密な関係を築けると判断したからだ。


「それはいいとして――」

「――いや良くないと思うんだけど……」

「私がなんとかしないと、だって吉備野じゃ倒せないでしょ?」

「……」


 吉備野は無言でシミュレートする。

 鵜久森は術式も使用せず持ち前の身体能力だけで、校庭で簡単に術者を(ほふ)っていたが、そんな体術もなければ、術も辛うじて放出することが可能なだけでコントロールも叶わない。

 

 当然、勝算などありはしない。


「無理だよね」

「客観的に考えても、そうだな」


あらゆるスペックが不足している。


「せめて体力は付けないとね」

「……ああ」

「あと気付いてないと思うけど、吉備野は今、満身創痍の状態なんだよ?」

「そう……えっ?」


 身体の不調は何処(どこ)にもなかった。

 寧ろ(すこぶ)る快調で、目紛しい半日の中で精神的な急成長もしたくらいだ。

 そんな(いわ)れをされる心当たりがない。


「今、凄く元気なんじゃない? でもそれ、一種のドーピングみたいなものだからね」

「ドーピング?」


 スポーツなどでよく聞く単語だと吉備野は思う。

 後日その使用が発覚して、上位入賞が剥奪(はくだつ)されたりする、あまり良い意味の言葉ではない記憶があった。


「うん、施設内にいるときに二回目を撃ち込んだときにね。気休めでしかないんだよね」

「これが気休め?」


 吉備野の疑問に鵜久森はすぐに頷く。

 そして指折りながら順に例を挙げていった。


「これまでのことを振り返ると……まず媒介(ばいかい)とは言えあんな空間を構築することで、吉備野は術式を展開するための呪力の(ほとん)ど持っていかれてる状態だね。

 それから校庭の練習の時、あの術式展開自体に無駄が多すぎて余計に消費。

 あとは綾瀬先生の検査は、呪力が勝手に吸い取られる仕組みになってるし。

 何より、私の補助術式を二回も受けたことかな。私は加減が苦手だからね」

「……えっと?」


 吉備野が(きゅう)していると、鵜久森がその長話を簡潔な内容にしてくれていた。


「要約すると、色々あって吉備野は呪力も体力も底をついて、私の補助がなければこうして歩くことも不可能な程弱り切ってるのね。早く家に帰って休もうってこと」

「それが本当なら、俺を歩かせない方がいいんじゃないか? 例えばさっき綾瀬さんの部屋をぶち破る時みたいに——」


 吉備野が言い切る前に、鵜久森が否定する。


「——どうかな。私の爆速せいで吉備野の実家が吹き飛んだり、近場に着地した衝撃で意識が飛んでもおかしくないよ。

 それと私の術式の影響を吉備野が受けちゃうから、下手すると吉備野の健康を保っている術と相殺するかもしれないしね。私は加減が出来ないんだよ」

「つまりこのままが一番疲労が少ないってことか」

「そういうことね」


 鵜久森は悠々と歩きながら微笑み、肯定する。

 それと同時に吉備野の身体を(いたわ)る。


「……どうした?」

「ううん、なんでもないよ」


 下校した後からここまで、一般人でもありえないほどの激動な半日。

 人生観が変わるなんて安易に表現されているが、真面目なその生き方が豹変してしまうような、劇的かつ常識の範疇(はんちゅう)逸脱(いつだつ)したことばかりに相対していたから、その気持ちが少し分かった。


 改めて回顧(かいこ)すると、そんな修羅場に吉備野のような平凡な身体が()える事の方が、至極不自然だ。


「……そうか」


 吉備野は納得しないまま俯き歩く。

 現時点での無力さを痛感して、しらず知らずのうちにその速度は緩慢(かんまん)になっていく。


 それに気が付いた鵜久森は、横顔を朝日に照らされながら一言だけ呟く。


「吉備野のご家族にちゃんと挨拶しないとね」


 その台詞は吉備野の鼓膜(こまく)まで届かなかった。周囲の日陰(ひかげ)が、その勢力を喪失していく。


 代わりに街並みも段階的に活気付く。散歩やランニングをする他人(ひと)、ゴミ袋を片手に運んでいる他人(ひと)、体操をしている他人(ひと)などを見掛けたりすれ違うようになる。


 吉備野と鵜久森の会話も周りへの配慮をするように、交わす言葉の回数が少なくなっていった。


 そんな膠着(こうちゃく)が続いて数分後、吉備野と鵜久森は吉備野家の玄関前に辿り着くと、そこにある石畳(いしだたみ)の上で横たわる吉備野の弟がいた。

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