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吉備野  作者: SHOW。
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岐路の先は今に向かう

 嘆き節を吐きながら、吉備野は台座から降りる。

 脇腹に手を当て上体を(ひね)っていると、除菌作業を終えた鵜久森はデスクの前に行く。

 そうしてすぐ、そこに居座る綾瀬の頭上へ軽い鉄槌(てっつい)を下しながら核心に迫る。


「それで綾瀬先生。ここまでしたんですから、何の成果も得られなかったでは済まされませんよ?」

「勝手に触れるな、そして叩くな」


 綾瀬が鵜久森の左手を邪険に払う。

 思いの(ほか)、この二人は信頼関係が出来上がっているんだと吉備野は傍観していた。


「とりあえず見解を教えて貰えますか?」

「……まずお前らが持ってきたモノはさっきも言ったが現実のモノと相違ない。これは本当に別空間の代物なんだよな?」

「そうです」


 鵜久森が首肯したのち、吉備野に目配せをする。

 実際に体験した双方の意見の一致を求めたものだ。


「俺もそれを見ました」

「……なら言わせてもらうが、これらの物品はあまりにも精巧過ぎる。恐らくその空間はゼロから構築したものではなく、現世から複製したと考えるべきだな。

 術式の気配は全くない。隠蔽工作か、はたまた消失したか、どちらにせよそこを問い詰めるのはするだけ無駄だ。だから結論だけ見てくれ」


 綾瀬は飲みかけのペットボトルを手に取り、そのまま飲み干して後方に捨てた。


 そして画面に平手を(かざ)して、右端から左端へと滑らせると、映されていたデータが変化する。

 鵜久森はそれを見て、疑惑から確信になる。


「やっぱりそうか……」

「ああ。お前らが迷い込んだ空間は、吉備野家が千年以上も前に、その後世(こうせい)の継承者を対象にした半永続的な固有の結界によるモノだろう。

 そいつの体内データを照合しても一致する」


 綾瀬は癖毛を弄りながら続ける。


「この結界自体は対処(たいしょ)し切れない事はない。

 後継の吉備野家現当主の呪力が真っ当ならば、容易く無効化可能な強度で設定されているんじゃないかと思う……まあ、その現当主が不甲斐ないばかりの悲劇だろうな」

「……」


 責め立てられている事に勘付いてはいたが、吉備野は、顎を引いて押し黙るしかなかった。

 あまり横槍を入れると綾瀬の癇癪に触れそうだとも、未だ感覚が残留する拘束に従う。


 そんな吉備野を、鵜久森が一瞥(いちべつ)したのち首を振る。

 その意図を完全に把握するには至らなかったが、取り敢えず内心に留めることにした。


「あとそいつにある残滓(ざんし)概算(がいさん)だが、渾天儀(こんでんぎ)から最近では有り得ない流れの呪力供給がなされている。これが鵜久森の報告にあった憑依(ひょうい)の実態だろう」


 綾瀬はデータ表示に被せるような形で別途アプリケーションを開き、キーボードを乱暴に叩くと、計算式を打ち込みながら続きを話す。


「今それを持っていても平気なのは、その僅かな呪力で相対している上、鵜久森も力添えもあるからか?

 なら、吉備野家の当主が武具として利用するモノなのだが……他人に頼るようじゃたかが知れているな」


 嘲笑交じりに吉備野を愚弄する。

 そして、(しば)しの沈黙を嫌うように、更に()し立てる。


「因みにその憑依状態。通常ならものの一分でも耐え難く、後から重篤な後遺症が現れても別段おかしくない性質みたいなんだ。

 なのに精神を病むどころか、身体のダメージも擦り傷程度で実質無いに等しい。

 もしかするとこれが、鵜久森が以前言っていた吉備野家の潜性(せんせい)かもしれんな。立証は怠いからしないが」


 しかし今度は愚弄の掌返しのように、吉備野の五体満足を、綾瀬が天邪鬼にだが感心している。

 評価するべき箇所には、私情を挟まない。


「とにかくここまで幾星霜(いくせいそう)発動し続けた結界の代償としては比較的安価だな。そこは流石あの吉備野家と言うべきか……もっと感謝した方がいいぞ」


 吉備野家を称えつつも、何処か釈然としない綾瀬に、鵜久森はその右隣から確認する。


「綾瀬先生。これは私の独断ですけど、吉備野を術者として私達の団体に歓迎したいのですが――」

「――他の奴らを敵に回す気か?」


 綾瀬の忠告の意味を吉備野は理解出来なかった。

 対して鵜久森はすぐにかぶりを振っていて、考慮した上での進言だと理由を述べる。


「いいえ……でも、そうなるかもしれませんね。

 でも今の吉備野なら、少なくとも私の周りの術者達なら大丈夫だと、せいぜい食わず嫌いといった所で受け入れて貰えると思います。そこに綾瀬先生の口添えがあるならとても心強いですね」


 鵜久森の企図を察して、綾瀬は思わずキーボードの手を止める。同時にその画面越しから、苛立ちを孕んだ怪訝な表情が映し出されている。


 本音と効率は異なる。


「……個人的にはそいつを野放しにしていれば勝手に死んでくれるだろうし、余計なリスクを背負う必要も無くて安泰(あんたい)なんだがな。でも、吉備野家の末裔(まつえい)が所属していると伝播(でんぱ)するだけで雑魚組織を牽制出来るから、こちらの糞仕事が減るんだよな。まあ、正直どっちもどっちだ」


 そう言って綾瀬は決断しかねると髪を(むし)る。

 ふるいに掛けられた皮脂(ひし)が投げ出され、灰色のスウェットに付着していく。


 銭湯の地下にある一室だけど、綾瀬がそこを利用してはいない。不摂生出不精が部屋中を祟ってはいるが、当人は体調を壊す事がほぼない鋼の身体をしている為、皮脂程度で済んでいたと言える。


 そんな綾瀬は、後方で棒立ちしている吉備野に向かい合い、睥睨(へいげい)しながら行く末を(ゆだ)ねる。


「おい……いや、吉備野。大まかに区別すると三択だ」


 綾瀬が三本の指を立てる。

 吉備野と右隣の鵜久森は一先(ひとま)ず静観する。


「一つ、鵜久森の管理下で術者を目指す。

 二つ、今迄(いままで)のことを、吉備野家のことを無視してこれまで通りの生活を送る。その場合、こちらの保護が無くなることを留意してくれ。

 三つ、これはその前のどちらを選んだとしても起こり得るのだが、お前が自らの意思で吉備野家の先代にその身体を譲渡(じょうと)する、だな」


 唐突の三択に吉備野が尻込みしていると、そこに鵜久森が追随して補足する。


「これは私の提案が一、綾瀬先生の願望が二、吉備野家周りの執着が三かな。吉備野がどれを選んだとしても私は尊重はするよ」


 一息を入れて。鵜久森は躊躇いながらも、吉備野に対して必要事項だと更に付け足した。

 ある意味、現実を突き付けるような言葉だ。


「……ただ、いずれかを選択したとしても、吉備野の今後は艱難(かんなん)を極めるだろうし、命も当然狙われるから、天寿を全う出来るとは思わない方がいいだろうね。

 それにその二次災害が両親や兄弟妹(きょうだい)にまで波及することが予想されるから……ね。

 だから私とまた共闘してくれるのなら、既にその素養もあるし、吉備野に抵抗するための手段をなるべく早く授ける。これは断言する」

「……」


 鵜久森が(にご)した部分は、中途半端な立ち位置で彷徨(さまよ)う吉備野の末路(まつろ)を憂いたものだ。


 何も策を打たずのうのうと日常に戻れば、吉備野の家族だけでは無く、実際はこれ以上の災難だってあり得るということになる。


 呪力が底をつき、また憑依されたとしても、鵜久森を含めその団体からの援助はない。

 つまりは受動的に待ち惚けるだけだということだ。


「……」


 吉備野は瞳を閉じて熟考する。

 そうだからと言って鵜久森の案が易々と享受(きょうじゅ)出来る訳ではない。


 本格的に術者になるということは、これまでの人生の常識をかなぐり捨て、幾多の怨嗟(えんさ)を許容した上で、忌み嫌われた悪しき吉備野家の当主になることと同義だからだ。


 そして二丁拳銃を流麗(りゅうれい)に操る鵜久森の圧制の後塵(こうじん)みたいな存在でしかなかったが、吉備野は術者の一端を垣間見ている。


 血筋があるだけの凡人であった吉備野が、いきなり術者になる事へのおこがましさと、知識能力不足が煩雑(はんざつ)としていて、いっそ鵜久森に全てを(たく)して、吉備野家のことに目を背けてなるべく生きていたいという願望すらあったからだ。


 吉備野は岐路の前に屹立していることを自覚する。

 それはその真理の末端に辿り着いた瞬間であった。

 着々と時間は、徐行するトロッコのように急かす。

 段々と焦りが生じる。


「……俺は」


 けれど同時に、それが術者としての明確な自覚と初めて対峙することにも繋がっていると思う。


 そんなときに吉備野の脳裏によぎった事は、(やかま)しく感じていた両親や文句ばかりの弟妹(ていまい)の姿。

 それが失われるかも知れないと想像したときに、なんて事のなかった家族の時間が愛おしくなる。


「鵜久森たち術者が嫌う吉備野家の事は知らないし、そもそもそんな事は関係ない」


 吉備野にとっての吉備野家は、どうしようもなくその五人だった。


「俺の知ってる吉備野家はもっと身近で、他愛のない一般家庭だから――」


 加えて抵抗する手段を授けると言う、鵜久森の台詞を吉備野は思い出した。


「――それが脅かされようとしていて、俺が知っていて、その上で無視して、何もしない訳には、いかないと思った」


 暗澹(あんたん)としている。そして畏怖(いふ)もある。

 振り払う事はどうにも出来そうにない。

 多数派に支持されない路線は、そんな(いさか)いの連戦だ。


 されど吉備野は、みっともなく震えた声で宣言した。


「鵜久森、俺はお前の提案に賭けてみたいと思う。

 だから今の吉備野家を守る方法を教えて欲しい」


 結論は既に出ていた。吉備野がもし英雄ならば随分と頼りないけど、明確な答えではある。


「うん……そうだね」


 鵜久森は苦笑しながら、やれやれと言わんばかりに、吉備野に対して手を差し伸ばした。


「今の吉備野家を守ることは、逆説的に術者としての吉備野家を護る事でもあるよね。

 まあ、その両方を請け負う人がどうしようもないけどね」

「はは……反論出来ねえわ」

「何はともあれ、また宜しく」


 吉備野もそれに応える。


「ああ、いずれは意識を失わず(おとり)にもならず、ちゃんと鵜久森の戦力になってみせるから」

「期待はしないでおく」


仮に吉備野が術者として駄目になったとしても問題ないと言いたかったようだが、その意図は伝わらなかった。


「え……まあ、まだ仕方がないか」


 冗談とも受け取れる会話をしながら、吉備野と鵜久森は互いの手を握る。

 そこにもう一つ。手袋を装着し直していて、清潔さには欠けるが潔癖な右手がやれやれと乗せられる。


「……半端な決断よりはマシだからな。せいぜい鵜久森にこき使われるがいい」

「ありがとうございます……綾瀬、先生」

「気安く呼ぶな、吉備野風情が!」

「ふふ、まずは信頼を勝ち取るところからだね吉備野」

「そうだな……」


 そうして。何も知らされず凡人のまま生きていた吉備野に潜在していた才知(さいち)の行方は、今昔(こんじゃく)どちらの吉備野家の為に戦う術者になるか、決心をするまでの激動の半日が終わる。


 日付変わって、誕生日も終えた早朝四時。

 疲労が蓄積される中、(ようや)く吉備野は実家へと帰宅することが叶う。

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