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吉備野  作者: SHOW。
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嫌悪の拘束

 (いびつ)な鉄ブロックと成り果てた扉が、鵜久森(うぐもり)の術式を施されたことで、瞬く間に修復されている。


 そんな最中(さなか)吉備野(きびの)は四肢に(かせ)()められ、アクリル板越しに実験用の台座の上で仰向けのまま、(みじ)めな姿で貼り付けにさせられていた。


 拘束されたあと、片手だけ灰色の手袋を装着した綾瀬(あやせ)がその手で、吉備野の身体に直接当てることなく、ゆっくりとなぞり首肯する。


 ついでに吉備野と鵜久森が運んできたスクールバッグに詰められた、異空間の代物にも同様の対応を取る。その姿は真剣だ。


 それから綾瀬は、デスクにある分析機器から(みちび)き出された成分の結果が表示されている画面を眩しく、鬱陶(うっとう)しそうに凝視している。


 暫く放置されていた吉備野は痺れを切らす。

 無駄な抵抗をすることで金具が持ち上がり、どことなく不吉な(いん)を踏んでいる。


「これは……現実のモノの寸分(すんぶん)の狂いもないな。おい鵜久森、取り敢えずここまで運んで貰いご苦労だ」

「……そんなことより俺、ここまでされないといけませんか?」


 理不尽だと吉備野は綾瀬に訴える。


「当たり前だろ。本当ならお前なんかこの部屋にも居て欲しくないんだ。貴重な拷問器具……道具をお前なんかに使いたくもないわ、(けが)らわしい」

「もう拷問器具でもなんでもいいですから、俺はいつまでこうしてたら――」

「――とっくに済んでるぞ。外して洗浄する手間が億劫(おっくう)なだけだ」

「ならすぐに外して下さい。俺が洗いますからお願いします。このままでいるの、結構ストレス溜まるんですから――」


 相変わらず吉備野に見向きもせず、綾瀬は毛嫌いをしたまま呆れたと言わんばかりに眉間を(つま)む。


「――知るか馬鹿。そもそもお前に触れられたくないんだ。おい鵜久森、代わりにそいつのを外して洗え」

「えっと……私、修復作業に手間取ってるので――」

「――そんなの、鵜久森なら秒速で終わるだろうが。お前が連れてきたんだから、そいつの介抱くらいはしてくれ」

「……はいはい、分かりました」


 鵜久森は適当に了承すると、両手を組み合わせて伸ばしながら気怠(けだる)そうに向かう。


 貼り付けにされている吉備野を俯瞰(ふかん)しながら、物珍しそうに嬉々として声を掛けた。


「大丈夫そうだね吉備野」

「この姿を見てその感想とか、性格悪すぎだろ」

「冗談だよ。記念に吉備野の写真や動画に(おさ)めておこうなんて一厘(いちりん)も考えてないよ?」

「それ考えている奴の台詞だから。おい……絶対にやめろよ?」


 鵜久森からの嘲笑を()けながら、吉備野は危うくフラグになりかねない反論をするしかない。


「……」

「……頼む。無言は俺の心が痛くなる」

「分かってるよ。考えてないって言ったでしょ。深読みし過ぎ」

「……信用、するからな」


 鵜久森は自身の頸部(けいぶ)()みながら、双眸を閉じる。そこに痛みはないけど、落ち着かなくてそうしていた。


 そして不恰好(ぶかっこう)拘束姿(こうそくすがた)の吉備野を一旦(いったん)、視界の隅に置いて、綾瀬に()()()く。


「それで綾瀬先生、鍵はどこにあるの?」

「その辺に落ちてるだろ、拾ってくれ」


 綾瀬は猫背のままゴミだらけの地面を指差す。

 余談だがそれは拘束具を外す鍵などではなく普通の丸められた用紙で、一部を目の当たりにした吉備野は愕然(がくぜん)とする。


「あの……もうちょっと丁重に扱ってくれませんか? 俺、一生このままとか絶対に嫌なんで」

「知ったことか」


 冷淡に綾瀬は吐き捨てた。


「どうしてそこまで嫌われてるんだろ? 俺とは初対面のはずですよね?」

「……」


 吉備野の些細な疑問に、綾瀬からの返答は無い。

 その代わりに、実験台の周りを(くま)なく探って鍵を見つけ出そうとしている鵜久森が答える。


「吉備野に好んで話し掛ける術者なんて稀だからね。

 綾瀬先生が特例ではないよ。いずれ他の術者やその関係者と会うときもこんな反応をされるだろうしね」

「……マジ。いやでもそれなら、鵜久森はなんというか、平然としているよな?」

「あれ、私も嫌いだってさっき言わなかったっけ?」

「……言ってた、無茶苦茶遠回しにだけど」


 吉備野及び吉備野家が嫌悪されている理由。

 無地の天井を仰ぎながら、それは何かと呆然と考えていた。


 変わらず坦々と捜索している鵜久森が、先程(さきほど)の補足説明をする。


「吉備野を受け入れるのは……そうだね、私の直接的な関係のある術者が数人いるから、その中には一人ぐらいいるといいね」

「それって――」


 吉備野がどんな人物、術者なのか質問しようとした瞬間、鵜久森の素声(しらごえ)が響く。


「――あ、見つけた鍵」

「ちっ」


 鵜久森はリングに繋がれた四つの鍵を、拳銃を弄ぶときと同様に指先で回転させている。

 鍵同士が()れ弾き合って、鈍い金属音を放っていた。


 これは鵜久森の手癖なんだろうかと吉備野は所感しつつも、(くだん)の鍵が発見されたことに胸を撫で下ろす。


 綾瀬が舌を打ち、あからさまに悪態をついているのが気掛かりだったが、手足の束縛が解放されることの方が優先だ。


「ちょっと待ってね」

「おお」


 鵜久森が全ての施錠を一つひとつ解きに掛かる。

 四分の一、三分の一、二分の一の確率で当たる鍵と穴の組み合わせを(ことごと)く外していたけど、無事に吉備野の解放に成功する。


「よ……さんきゅ」

「いえいえ」


 その後吉備野はすぐに身体を起こして、締め付けられていた手首を確かめる。

 圧迫された痕跡こそあるが痛みは無く、放置しておけば時間の経過によりその皮膚も遜色無くなるだろうと安堵(あんど)を漏らす。


「お疲れさま」

「ああ、全くだよ」


 鵜久森が淡白な感情のまま(ねぎら)う。

 そして外された(かせ)を集めて、一室にある簡易的な洗面台で除菌しながら吉備野に話し掛ける。


「こうでもしないと、有無を言わないまま吉備野に不信感を抱く人ばかりだから、その証明検査の側面もあるんだよね」

「もしかして、鵜久森もこれを経験したのか?」


 その疑問を背に受けた鵜久森は、除菌剤を手に持ったまま有り得ないと苦笑する。


「まさか。吉備野……吉備野家の直系ぐらいだよ。

 忌み嫌われた歴史っていうのはつくづく面倒だから、(うら)むなら御先祖(ごせんぞ)(うら)むんだね」

「また吉備野家関連か……」


 偏頭痛は起きていないが、吉備野は思わず側頭部に手を置いて俯いた。そのまま足場の雑多を払い除けながら、やがて両脚はコンクリートに接地する。


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