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吉備野  作者: SHOW。
104/106

安らかに生を感じる

 暗転とした意識に、微かな陽光が肌に触れる。

 目元に掛かる温暖さが鬱陶しくて、振り払おうとしたのか、はたまた除けようとしたのかは定かじゃないけど、兎角に吉備野は双眸を開く。


「おはよう、よく眠れたかな?」

「んん……っ?」


 視野の明暗に眩み、声主のシルエットが一層ぼやけて見えている。そんな最中でも意識を取り戻した吉備野の五感は段々と冴え渡って行き、身体への負担を最小限にする和らいだ後背と、適度に温めてくれる柔らかな布地が掛けられている。


 吉備野の全てが何か、判明していく。

 背中にはベッド、身体を覆うように羽毛布団、そしてこの抑揚は無いけど穏やかな声色は間違いなく、幾多の守護を請け負ってくれた鵜久森によるものだ。


「寝惚けてる?」

「……いや、理解するのに、時間が掛かった。おはよう、鵜久森」


 吉備野の視界が段々と明確になり、ベッド横で律儀に背筋を伸ばし着席している鵜久森の姿を捉える。


「おはよう」

「……っ」


 淑やかな佇まいだと細めた両眼で吉備野は思う。

 高校のブレザーを乱れなく着用して、藍色に染め上げたような光沢が一層美麗にさせる直毛のロングヘアー。目元から鼻筋に掛け、やがて唇までの配置の黄金比率。正面側からでも判る端正な輪郭には不要な脂肪分は一切無く、平均的な女性の顔幅よりも小さい。


 くどくどとせず、簡潔に言い表すとしたら鵜久森は、殆ど真顔にも関わらず美人だ。脳内に余計な情報が散乱し、僅かな頭痛が襲う最中、纏めて処理をするのも億劫な微睡みの後は、吉備野が鵜久森に対する素直な感想が湧き立つ。


 無論そのように感じただけで、乾燥した咽喉、腹筋に自力を巧く込められず、いつものように寝癖まみれのだらしない格好では安易に告げられないと内情に留める。

 吉備野は鵜久森の強さ、いやその強さ故の畏怖まで知っている。だからこそあの逞しさも相まり、初対面時よりも平穏で綺麗な普通の少女のように映った。


「……何してんの?」

「何って、吉備野がもう少ししたら起きそうだなって待ってた。体調はどんな感じかな?」

「ああ……ちょっと頭と目蓋が重いくらい」

「それは寝起きのせいでなってそう?」

「……多分な。もしかしたら俺の慢性的ヤツかもしれないけど、どちらにせよ大丈夫だよ……んん……」


 そう言いながら、吉備野は徐に上体を起こす。

 何処で寝ていたのかと周囲を軽く見渡してみるとすぐ、そこが吉備野自身の部屋だと悟る。いつものシングルベッドに淡い布団、兄弟妹である源や庵とは色違いの低反発枕。


 身体を起こした正面には、普段から学習を碌にしない学習机がある。鵜久森に隠れて半分くらいしか見えないけど、本棚やCDボックスの位置も変わらない。


 つまりここは吉備野の実家で吉備野の部屋だ。

 けれどどうにも、点と点が繋がらない。


「探し物?」

「いや……俺の部屋だなって」

「それはそうでしょ」

「そういえば俺……どうやって帰ってきたのか全然思い出さないんだが?」


 吉備野の最後の記憶は、敵名前の根城である連峰の帰路で鵜久森から労われた事。恐らくはその後に転移術式を施されたろうという予測は出来るけど、その前に気を失ったので、どうやったのかは吉備野が知る由も無い。


 或いは鵜久森の心象風景で額に銃撃をくらったとき方が正しいのかもしれないけど、あれを記憶と捉えて良いものか否か分からないから、吉備野は下山道を優先して考える。


 どちらにせよ結局鵜久森が絡んでいるのだから、大して差異はないだろう。ベッドの隣でどこから説明したものかと、首を傾げ、右手人差し指を下唇に当て、鵜久森は思案している。吉備野が立ち上がるにはまだ倦怠が残留し、面倒だと数秒間程待機する間に鵜久森が返答する。


「……経緯を掻い摘んで言うと、私の転移術式の前に吉備野が眠り、発動後井手原さんの自動車に全員集合。みんなで来た道を戻り無事到着。その後解散して、私が吉備野を背負って名前家まで連れ帰る。居候とはいえ同じ家に住んでるんだから、私が名前を任されるのは当然だね」

「なんか凄い時が進んでる気がするが……そうか、迷惑かけたな……」

「うん。まあ、私としてはとっくに慣れたものだし、あの抗争で疲れない訳がないし、困ったときはお互い様、だよ」


 吉備野がこうなるのは寧ろ必然だと暗に言う。

 そして仕方のない事だと、鵜久森は密かに微笑む。

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