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吉備野  作者: SHOW。
103/106

郷愁

 其処は家路へと繋がる見慣れた風景。

 幼少期から住まう、街角のアーケードタイル。

 弓状の巨大看板には常連さんから初見さん、赤子から老人まで幅広く迎え入れようとしているが、生憎吉備野が独り彷徨っているだけだ。


「………………ん、あれ? なんで俺ここに居るんだ?」


 そうぼやきながら一歩踏み出すと、たちまち周囲の外観が瞬く間に移り変わる。次に吉備野の視界に映ったのは、幾つもの水田を結ぶ畦道を駆け抜ける五、六歳くらいの幼い少女。その幼き少女は農作業服を着用している大人達を見つけると、片肘に提げていたバスケットをなおざりに諸手を挙げ、大声で秘密基地へ行く事を告げる。


「何処だ、ここ……いやでも、あの子は――」


 それは吉備野が知らない……いや、知り得ない記憶の欠片。幼い少女は何処となく、鵜久森を身体を小さくして、髪型を二つ編みしたらこうなりそうだと吉備野は所感する。


「――……あ、ちょっといいですか?」

「えっ!? な、なにっ?」


 すると突然、吉備野の正面一足分の距離からおずおずと声を掛けられる。それが誰か判別させる間もなく、吉備野は反射的に飛び引く。


「なんか既視感あるね、これ」

「……鵜久森、なんでここに? というか何処……いや、お前なんで拳銃を持ってんだ!?」


 吉備野が逸る思考を冷静にさせ、改めて直視するとそこに、初対面時と同様の格好をした鵜久森が二丁の拳銃を手に所持し屹立していた。


「……なんか、ここに居るとそういう気分になった」

「どういう理屈?」

「じゃあ、私の故郷だから?」

「いや尚更分からないんだけど……」


 吉備野が疑問符を浮かべながら鵜久森を見遣ると、当の鵜久森は地平線上にこじんまりとする幼い少女が駆ける先の森然へと視線が向かう。

 このときの鵜久森が何を思うのか、何を感じているのか、吉備野には到底分かる訳がない。現在とは全く異なるあどけなさを余す事なく振り撒く幼き少女が将来、拳銃を単純所持し、呪力を捻出し、一目置かれる才媛になる気配はしない。


 だけどその眦や鼻筋、藍染めのような髪質、四肢の長さのバランスは鵜久森そのもので、表情を無愛想にして声色を少し低音域にすると鵜久森の面影をより強く反映させられるだろう。


 吉備野は鵜久森が口を開くまで押し黙る事にする。

 吹き抜けた微風が、土濁る水面を(かどわ)かす。


「まだ、何も知らなかったね……」

「鵜久森……――」


 何を知らなかったのか、吉備野には見当が幾つか付いていたけど全部野暮だと放棄する。本来なら知り得ないであろう姿から連想するのは公平じゃないと思ったからだ。


「――うん、もういいか。吉備野、帰るよ」

「……本当にいいのか?」

「ちょっと名残惜しいけどね。このままだと吉備野が私の記憶に呪力ごと取り込まれかねないから――」

「――そっ……今、めちゃくちゃ不穏なこと言わなかったか?」

「不穏じゃなくて事実。さあ、行くよ」


 鵜久森が吉備野に呼び掛けると、両手にある拳銃を吉備野の額に銃口を目掛ける。ここが所謂夢の中だと薄々判別が付いていたけど、流石に銃撃を被る悪寒が神経を迸ると思考が著しく鈍る。


「うぐ……――」

「――うん。また、あとでね」


 辛うじて鵜久森の名前を呼ぼうとした吉備野の前頭に術式で構築した特製の弾丸が音沙汰もなく貫通する。無意識に忌避しようとした身体が、まるで弾圧に押されて後退するような格好のまま吉備野は心象風景で眺める。お互いの幼少期の風土の理由は一体なんだったんだろうと逡巡として不意に意識が途絶える。


「……本当に危なっかしいね、吉備野の術式は――」


 脳天を撃ち抜かれたのに血飛沫を上げる事もなく、忽然と現実世界に戻った吉備野に向け、届かない言葉を苦笑しながら嘆く。まさか鵜久森自身の心象が再現されるとは思いもしなかったからだ。


 しかも、よりにもよって鵜久森の幼い少女の時期。

 朧げながら楽しげに練り歩いた、遠い記憶。


「――またね。私を頼んだよ……宇佐」


 畦道から然程轟かない弾丸が鵜久森の核心へと放たれる。歓喜の銃声は見送った大人達にも、無論幼い少女にも、霊格の主にも、届く事はない。

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